脳波測定の常識が変わります。従来の頭皮全体に電極を配置する煩雑さから解放され、耳に貼り付けるだけで高精度な測定が可能になりました。CyberneXの新製品「XHOLOS Free Flex Patch」は、25%の小型化と銀電極採用により精度を向上させ、引っ張り強度も10%改善しています。ブレイン・コンピューター・インターフェイス(BCI)技術が、ついに日常へと降りてきます。
株式会社CyberneXは2025年10月14日、貼り付け式脳波計の新製品「XHOLOS Free Flex Patch」を発表した。同社は東京都大田区に本社を置き、代表取締役は馬場基文である。本製品はXHOLOS Ear Brain Interfaceシリーズの新モデルで、Works with XHOLOSパートナーシッププログラム会員企業向けに提供を開始する。従来電極と比較して25%の小型化を実現し、サイズは幅16mm、高さ53mm、厚さ1mm(最薄部)である。電極材料には銀フィルムと導電性ジェルを採用し、従来のカーボン電極から変更することで脳波取得精度が向上した。スリット構造により肌への密着性が高まり、引っ張り強度試験では従来電極比で約10%剥がれにくいことが確認された。左右を問わず装着できるシンメトリーデザインを採用している。
From: 装着がさらに簡単に!貼り付け式脳波計 XHOLOS Free Flex Patch 登場
【編集部解説】
CyberneXが発表した「XHOLOS Free Flex Patch」は、ブレイン・コンピューター・インターフェイス(BCI)技術の実用化において重要な一歩を示す製品です。同社は2020年設立のスタートアップで、富士フイルムビジネスイノベーション(旧富士ゼロックス)での研究をルーツとし、2021年には横河電機からの投資も受けている注目企業です。
今回の新製品の最大の特徴は、従来モデルから25%の小型化を実現した点にあります。これにより、小柄な女性や子どもでも装着可能になり、ユーザー層が大きく広がることが期待されます。さらに注目すべきは、電極材料をカーボンから銀フィルムへと変更したことです。銀は電気抵抗が低く、脳波信号をより高精度に捉えることができます。従来のカーボン電極では電極-電解質間の電位差が大きく、長時間使用時に電圧ドリフト(信号の漂流)が発生しやすいという課題がありましたが、銀電極の採用によってこの問題が大幅に改善されます。

スリット構造の導入も巧妙な設計です。電極に柔軟性が生まれることで肌への密着性が向上し、引っ張り強度試験では従来品比で約10%剥がれにくくなったことが確認されています。これは日常的な動作や汗、長時間測定といった実用シーンでの安定性を意味します。

耳から脳波を測定するというアプローチ自体も先進的です。従来のEEG(脳波計)は頭皮全体に多数の電極を配置する必要があり、装着に時間がかかり、見た目も目立つという課題がありました。耳からの測定は、外耳道が脳の側頭葉に近接しているという解剖学的利点を活かしたもので、目立たず快適な装着感を実現します。2025年のCES(世界最大のテクノロジー見本市)でも、複数の企業が耳からの脳波測定デバイスを発表しており、この分野は急速に発展しています。
BCI市場全体も拡大の一途をたどっています。複数の市場調査によれば、グローバルBCI市場は2024年の約20〜30億ドルから、2030年には30〜120億ドル規模に成長すると予測されており、年平均成長率は10〜16%に達します。この成長を牽引しているのは、アルツハイマー病やパーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)といった神経変性疾患の増加です。世界保健機関(WHO)の2020年での調査によれば、認知症患者は2030年までに8,200万人、2050年には1億5,200万人に達すると予測されており、BCIによる新たな治療・支援方法への期待が高まっています。
XHOLOSシリーズは、リラックス度計測ソフトウェア「α Relax Analyzer」などと連携することで、脳波の取得から活用までをワンストップで提供します。これは医療分野だけでなく、ウェルネス、メンタルヘルス、さらにはゲーミングやVR/AR体験の向上など、幅広い応用が期待されます。
ただし、現時点では「Works with XHOLOS」パートナーシッププログラム会員企業向けの提供となっており、一般消費者が直接購入できる段階ではありません。BCI技術の本格的な社会実装には、さらなる技術検証とユースケースの確立が必要です。それでも、小型化と高精度化を両立したこの新製品は、「脳情報活用前提社会」の実現に向けた着実な前進と言えるでしょう。
【用語解説】
BCI(Brain-Computer Interface / ブレイン・コンピューター・インターフェイス)
脳とコンピューターを直接接続する技術。脳波などの神経活動を測定し、それをコンピューターが解釈可能な信号に変換することで、思考による機器操作やコミュニケーションを可能にする。医療分野では麻痺患者の支援、消費者分野ではゲーミングやメンタルヘルスケアなど幅広い応用が期待される。
EEG(Electroencephalography / 脳波計)
脳の電気的活動を測定する検査方法。頭皮に電極を配置し、脳内のニューロンが発する微弱な電気信号を記録する。非侵襲的で安全性が高く、睡眠研究、てんかん診断、認知機能評価などに広く用いられる。
Ear Brain Interface(耳型ブレイン・インターフェイス)
耳や外耳道から脳波を測定する技術。側頭葉に近い位置から信号を取得できるため、従来の頭皮全体に電極を配置する方式と比べて装着が簡単で目立たない。イヤホン型やパッチ型など様々な形態がある。
電極材料(銀フィルム vs カーボン)
脳波測定に使用される電極の素材。銀/塩化銀(Ag/AgCl)電極は電気抵抗が低く、安定した信号取得が可能で医療用途で標準的に使用される。カーボン電極は軽量で快適だが電極-電解質間の電位差が大きく、長時間測定時に信号ドリフトが発生しやすい。
α波(アルファ波)
8〜13Hzの周波数帯の脳波。リラックスした覚醒状態や瞑想時に現れ、目を閉じているときに増加する。ストレス管理やマインドフルネスアプリケーションで広く活用される指標である。
神経変性疾患
神経細胞が徐々に損傷・死滅していく疾患群の総称。アルツハイマー病、パーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などが含まれる。高齢化に伴い患者数が増加しており、BCI技術による支援や治療法の開発が期待されている。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
脳波測定がイヤホンのように気軽に装着できる時代が、すぐそこまで来ています。かつてSF作品で描かれた「思考でデバイスを操作する未来」は、もはや空想ではなく、実用化へ向けた最終段階に入りつつあるのかもしれません。この技術が本当に日常に溶け込んだとき、私たちの働き方、学び方、さらにはコミュニケーションのあり方はどう変わるのでしょうか。それとも、脳情報という極めてプライベートなデータを取り扱うことへの不安や懸念も同時に考えるべきなのでしょうか。技術の進歩と社会の受容のバランスを、皆さんと一緒に見守っていきたいと思います。