慢性疲労症候群の「見えない病気」を可視化、エピジェネティクス技術で診断へ前進

[更新]2025年10月15日09:06

慢性疲労症候群の「見えない病気」を可視化、エピジェネティクス技術で診断へ前進 - innovaTopia - (イノベトピア)

イーストアングリア大学とバイオテクノロジー企業オックスフォード・バイオダイナミクスの研究者たちは、慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎、CFS/ME)を診断する新たな血液検査を開発したと2025年10月8日に発表した。

この検査は数百に及ぶ血液中のエピジェネティックなマーカーを解析するもので、疾患を持つ人を正しく陽性と判定する感度が92%、健康な人を正しく陰性と判定する特異度が98%であったと報告している。

研究チームは重度のCFS/ME患者47人と健康な個人61人の血液中のエピジェネティック調節因子をEpiSwitch®というプラットフォームで検査した。主任研究者ドミトリー・プシェゼツキー氏は、初めて信頼できる血液検査ができたと述べている。しかし退職医師アラステア・ミラー氏や応用統計学者ケビン・マッコンウェイ氏を含む複数の独立専門家は、この研究が中等度・軽度の患者や類似症状を持つ他疾患の患者を分析していない点を指摘し、慎重な姿勢を示している。

ME Association UKは、適切な診断検査のためにさらなる研究が必要だと表明した。研究はJournal of Translational Medicineに掲載された。

From: 文献リンクNew Chronic Fatigue Syndrome ‘Blood Test’ Raises Hope And Skepticism

【編集部解説】

慢性疲労症候群(ME/CFS)は、長年にわたり「見えない病気」として患者を苦しめてきました。診断に客観的な指標がなく、症状の訴えだけでは医療従事者に理解されにくいという問題がありました。今回の研究は、そうした状況を変える可能性を秘めています。

エピジェネティクスとは、DNA配列自体は変わらないものの、遺伝子の発現パターンが環境や生活習慣によって変化する現象を指します。この研究では、その変化を200個ものマーカーで包括的に捉えることで、病気の「指紋」を見つけ出そうとしているのです。従来の1〜2個のバイオマーカーに頼る方法とは一線を画すアプローチといえるでしょう。

ただし、専門家たちが懸念を示しているのは、研究の対象が「重度」の患者のみだった点です。ME/CFSは症状の程度が人によって大きく異なり、初期段階や軽度・中等度の患者でも同じシグネチャーが検出されるかは未知数です。また、線維筋痛症や自己免疫疾患など、似た症状を示す他の疾患との区別ができるかも検証されていません。

診断検査として実用化されるには「感度」と「特異度」の両方が高水準でなければなりません。感度とは病気の人を正しく陽性と判定する能力、特異度とは健康な人を正しく陰性と判定する能力のことです。今回は健康な人との比較で96%の精度を示しましたが、実際の臨床現場では様々な疾患を持つ患者が混在しており、その中でどれだけ正確に判別できるかが鍵となります。

それでも、この研究がもたらす希望は決して小さくありません。もし実用化されれば、患者は「気のせい」と言われることなく適切な医療支援を受けられるようになり、社会的な理解も深まるでしょう。さらに、客観的な診断基準ができることで、治療法の開発も加速する可能性があります。

EpiSwitch®プラットフォームはすでに前立腺がんの検査で実績があり、技術的な信頼性は高いと考えられます。今後、より大規模で多様な患者群を対象とした検証研究が行われることで、この技術の真価が明らかになっていくはずです。

【用語解説】

慢性疲労症候群(CFS/ME)
Chronic Fatigue Syndrome / Myalgic Encephalomyelitisの略。原因不明の激しい疲労が6か月以上続き、日常生活に支障をきたす疾患である。休息しても改善せず、身体活動後に症状が悪化する特徴を持つ。客観的な診断基準がなく、患者は理解されにくい状況に置かれてきた。

エピジェネティクス
DNA配列そのものは変化しないが、遺伝子の発現パターンが環境や生活習慣によって変わる現象を指す。メチル化やヒストン修飾などの化学的な修飾により、遺伝子のオン・オフが制御される。この変化は疾患の診断マーカーとして注目されている。

バイオマーカー
生体内の生物学的変化を定量的に測定できる指標のこと。血液、尿、組織などから検出され、疾患の診断、予後予測、治療効果の判定などに用いられる。客観的な評価が可能となるため、医療現場で重要な役割を果たす。

感度と特異度
診断検査の性能を示す指標。感度は病気の人を正しく陽性と判定する割合、特異度は健康な人を正しく陰性と判定する割合である。両方が高い検査ほど信頼性が高く、臨床現場での実用性が高まる。

【参考リンク】

University of East Anglia(外部)
英国ノーリッジに拠点を置く研究大学で、今回のCFS/ME血液検査研究を主導した教育機関

Oxford BioDynamics(外部)
エピジェネティクス技術を用いた診断プラットフォームEpiSwitch®を開発する英国のバイオテック企業

ME Association UK(外部)
慢性疲労症候群患者支援団体で、患者への情報提供や研究支援、政策提言活動を実施

Journal of Translational Medicine(外部)
基礎研究と臨床応用をつなぐ医学研究を掲載する国際的な査読付きオープンアクセスジャーナル

【参考記事】

UEA develops blood test for ME/CFS with 96% accuracy(外部)
イーストアングリア大学の研究詳細を報じる記事。108人の参加者を対象に実施された研究の詳細を説明

【編集部後記】

この記事を読んで、もしかしたら身近に説明のつかない疲労感に悩んでいる方がいることを思い出された方もいらっしゃるかもしれません。「見えない病気」は、本人も周囲も理解に苦しむことが多く、孤立を深めてしまいがちです。

もし客観的な診断基準ができたとしたら、その人の苦しみが可視化され、適切なサポートへとつながっていくかもしれません。テクノロジーが人間の尊厳を守り、理解を広げるツールになる——そんな未来を、皆さんはどう思われますか。医療技術の進歩が、誰かの「見えない痛み」に光を当てる日が来ることを、私も願っています。

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Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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