Amazon関連データセンター、アリゾナ州ツーソンで頓挫。年間6億ガロンの水消費計画に住民反発

[更新]2025年10月16日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

アリゾナ州ツーソン郊外で計画された36億ドル規模のデータセンター「プロジェクト・ブルー」が地域住民の反対に直面している。

サンフランシスコを拠点とする開発業者ビール・インフラストラクチャーが、ピマ郡の290エーカーの土地に建設を提案した。6月17日にピマ郡監督委員会が土地売却と再区画を承認したが、市への併合が必要だった。

プロジェクトは年間1,900エーカー・フィート(6億2000万ガロン、約23億リットル)の水を使用し、これはゴルフコース4つ分以上に相当する。ビール社は180人の永続雇用と3,000人の建設雇用を約束し、処理水輸送用パイプラインに1億ドルを投資するとした。地元メディアは7月21日、アマゾン・ウェブ・サービスが資金調達するとの報道を行った。

8月6日、ツーソン市議会は全員一致でビール社との協議打ち切りを決定した。9月中旬、ビール社は空冷式システムの新設計を提案し、最大286メガワットの電力供給を申請した。これは最大25万世帯に電力を供給できる規模である。

From: 文献リンク‘A city that draws a line’: one Arizona community’s fight against a mega data center

【編集部解説】

AIブームの陰で、アメリカの各地で静かに進行していた資源争奪戦が、ついに地域住民の反乱によって表面化しました。アリゾナ州ツーソンで起きた「プロジェクト・ブルー」をめぐる攻防は、テクノロジーの進化と地域社会の持続可能性という、21世紀最大の課題の一つを浮き彫りにしています。

この事案で最も注目すべきは、開発業者ビール・インフラストラクチャーと地方自治体が2022年から秘密保持契約を結んでいたという点です。選出されたリーダーたちでさえ、2025年になるまでプロジェクトの詳細を知らされていませんでした。この透明性の欠如こそが、住民の怒りに火をつけた最大の要因といえるでしょう。

プロジェクトが計画していた年間1,900エーカー・フィート(約6億2000万ガロン)という水使用量は、ゴルフコース4つ分以上に相当します。しかし問題の本質は、単なる量ではありません。ツーソンは長年にわたり水資源の保全に取り組んできた都市であり、下水を処理してサンタクルーズ川に放流し、絶滅危惧種を含む生態系を維持してきました。そこに突如として現れた巨大な「水の消費者」は、この地域の環境保護への努力を根底から覆しかねない存在だったのです。

データセンターの水消費問題は、ツーソンだけの話ではありません。国際エネルギー機関の報告によれば、平均的な100メガワットのデータセンターは1日約200万リットルの水を消費し、これは約6,500世帯分に相当します。全米では2023年に約175億ガロンの水がデータセンターで消費され、2028年までにこれが2倍から4倍に増加すると予測されています。

さらに深刻なのは電力消費です。ローレンス・バークレー国立研究所の報告書によれば、データセンターは2023年時点で米国総電力の4.4%を消費していますが、2028年までに6.7%から12%に増加する可能性があります。プロジェクト・ブルーが申請した286メガワットという電力は、最大25万世帯に供給できる規模です。

この電力需要の急増は、AIサーバーの爆発的な増加によるものです。2017年から2023年の間に、データセンターの電力需要は2倍以上に増加しました。ChatGPTのような生成AIは、通常のGoogle検索の約10倍の電力を消費し、画像生成に至っては数千倍ものエネルギーを必要とします。

ツーソン市議会が全員一致でプロジェクトを拒否したのは、単なる環境保護の勝利ではありません。これは、テクノロジー企業が約束する「雇用創出」と「経済発展」という美辞麗句の裏側にある真実を、地域住民が見抜いた結果です。プロジェクトが約束した180人の永続雇用は、25万世帯分の電力とゴルフコース4つ分の水を消費する代償として、あまりにも少ないものでした。

興味深いのは、開発業者が市議会の拒否後も諦めず、9月に空冷式システムという新設計を提案した点です。水使用量を削減できる一方で、空冷システムは水冷システムよりもはるかに多くの電力を消費します。特に日平均最高気温が29℃にもなる砂漠地帯では、その非効率性は顕著です。

全米各地で同様の反対運動が起きています。バージニア州北部、ミズーリ州セントチャールズ、インディアナ州の複数の町で、地元住民の反発によりデータセンター計画が延期または中止されました。メンフィスではイーロン・マスクのxAIが大気汚染の懸念を引き起こし、フェニックスでは騒音公害と水利用をめぐる条例が増加しています。

しかし一方で、多くの場所ではデータセンター建設が秘密裏に進行しています。7月21日に地元メディアがAWSの関与を報じるまで、プロジェクト・ブルーの最終顧客は不明でした。AWSは「標準的なデューデリジェンスを実施した」と述べましたが、将来的な関与については回答を拒否しています。

市の管理者を務めるティム・ソミュール氏は、当初プロジェクトの水利用について「ウォーター・ポジティブ」になると主張しましたが、水生生態学者のマイケル・ボーガン氏は、これが実際には地下水資源の純減につながると批判しました。レジーナ・ロメロ市長と市議会は、最終的に住民の声に耳を傾け、プロジェクトの拒否を決定しました。

ツーソン副市長レーン・サンタ・クルーズ氏の言葉が、この問題の本質を突いています。「全国の都市が、雇用、イノベーション、そして進歩という同じ約束を売りつけられている。しかし、本当に誰が恩恵を受け、私たちにどんな損失をもたらすのかについては、議論されていない」

この事案は、AIブームの持続可能性に根本的な疑問を投げかけています。データセンターが消費する水の80%は蒸発し、地域の水循環から失われます。電力需要の急増は化石燃料への依存を高め、気候変動を加速させる可能性があります。そして最も重要なのは、これらのコストを負担するのは地域コミュニティであり、利益を得るのは巨大テック企業だという構造的な不公平です。

ツーソンが「線を引く都市」になることを選んだのは、未来への重要なメッセージです。テクノロジーの進歩は歓迎すべきですが、それは地域社会の資源を枯渇させ、環境を破壊し、透明性を欠いた形で進められるべきではありません。市議会はデータセンターを規制する新しいガイドラインの策定を進めており、これは他の都市にとってのモデルケースとなるでしょう。

【用語解説】

エーカー・フィート(acre-foot)
水量を表す単位で、1エーカーの土地を1フィート(約30cm)の深さまで満たす水の量を指す。1エーカー・フィートは約123万リットル、または約32万6000ガロンに相当する。

ウォーター・ポジティブ(water positive)
企業や施設が使用する水の量よりも多くの水を地域に還元または保全する状態を指す概念。プロジェクト・ブルーは当初この状態を主張していたが、実際には地下水を消費するだけで還元されないと専門家から批判された。

蒸発冷却(evaporative cooling)
水を蒸発させる際の気化熱を利用して冷却する方式。データセンターでは冷却塔に水を流し、蒸発させることで熱を除去する。使用した水の70〜80%が蒸発し、地域の水循環から失われる。

空冷システム(air cooling system)
水を使わずに空気で冷却するシステム。水使用量は削減できるが、水冷システムよりも多くの電力を消費し、特に高温の砂漠地帯ではエネルギー効率が低い。

サンタクルーズ川(Santa Cruz River)
アリゾナ州を流れる川で、ツーソンでは処理済み下水を放流することで流れを維持している。絶滅危惧種を含む多様な生態系を支えており、ツーソンの水資源保全活動の象徴的な存在となっている。

秘密保持契約(NDA / Non-Disclosure Agreement)
契約当事者間で情報を秘密にすることを約束する契約。プロジェクト・ブルーでは2022年から開発業者と自治体の間でNDAが結ばれ、選出された議員でさえ詳細を知らされていなかったことが大きな批判を招いた。

【参考リンク】

Beale Infrastructure(外部)
サンフランシスコを拠点とするデータセンター開発会社。プロジェクト・ブルーの開発業者で世界的なテック企業向けに大規模インフラを手がける。

Amazon Web Services (AWS)(外部)
アマゾンのクラウドサービス。プロジェクト・ブルーの最終顧客として報じられたが、将来的な関与については回答を拒否している。

No Desert Data Center Coalition(外部)
プロジェクト・ブルーに反対する地域住民連合。多様なメンバーで構成され水資源保護と持続可能な経済発展を訴えている。

City of Tucson – Project Blue Information(外部)
ツーソン市の公式サイト。市議会は2025年8月に全員一致でプロジェクトとの協議打ち切りを決定した。

Pima County – Project Blue FAQ(外部)
ピマ郡の公式情報ページ。2025年6月に290エーカーの土地を売却することを承認した。

Tucson Electric Power (TEP)(外部)
ツーソン地域に電力を供給する民間電力会社。最大286メガワットの電力供給を申請している。

Tucson Water(外部)
ツーソン市の公営水道事業。長年にわたり水資源保全に取り組み革新的な水管理を実施している。

【参考記事】

The AI Boom Is Draining Water From the Areas That Need It Most(外部)
平均的な100MWデータセンターは1日約200万リットルの水を消費。過去3年で160以上のAIデータセンターが水ストレス高地域に建設。

DOE: Data centers consumed 4.4% of US power in 2023, could hit 12% by 2028(外部)
ローレンス・バークレー国立研究所報告。データセンター電力消費が2023年4.4%から2028年最大12%に増加予測。

Data Centers and Water Consumption(外部)
大型データセンターは1日最大500万ガロンの水を消費。米国5,426のデータセンターで年間約1,637億ガロン消費。

The Real Story on AI Water Usage at Data Centers(外部)
2023年の米国データセンター直接水消費量は約175億ガロン。50%消費比率で350億ガロン引出は米国公共水供給の0.3%に相当。

Tucson City Council rejects Project Blue data center amid intense community pressure(外部)
ツーソン市議会が全員一致でプロジェクト・ブルー拒否。最大1,000人が参加した公開集会の詳細を報道。

Arizona city defeats massive data center project over water, energy concerns(外部)
プロジェクトは2.5億ドル税収と3,000人建設雇用を約束したが完成後はゴルフコース4つ分以上の水と膨大な電力が必要と判明。

Artificial Intelligence: Big Tech’s Big Threat to Our Water and Climate(外部)
2022年にGoogle、Microsoft、Metaは5,800億ガロンをデータセンター冷却等に使用。これは1,500万世帯の年間需要に相当。

【編集部後記】

私たちが何気なく使っているChatGPTやクラウドサービス。その裏側で何が起きているのか、考えたことはありますか?ツーソンの住民たちが声を上げたのは、自分たちの未来を守るためでした。彼らは「AIの進化は必要だが、それは地域の犠牲の上に成り立つべきではない」という明確な線を引いたのです。

この物語は遠い国の出来事ではありません。日本でも同様のプロジェクトが水面下で進行している可能性があります。私たちが便利さを享受する一方で、誰かが代償を払っているかもしれない。テクノロジーの恩恵を受ける私たち一人一人に、その在り方を問う責任があるのではないでしょうか。ツーソンの住民が示した「ノー」という選択肢があることを、私たちも忘れてはいけないと思います。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…