Music×Tech #03「千本桜」——技術が日常になった時、何が起きたのか

[更新]2025年11月28日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

「いつも通り」が時代を変えた日——千本桜が生まれた2011年9月17日

「10万再生いくといいねー」

その日、音楽プロデューサーの黒うさPは、仲間たちとSkypeでそんな会話を交わしていました。ニコニコ動画に新しい曲を投稿したばかりの彼らにとって、それは「いつも通り」の制作風景でした。特別な技術を使ったわけでもなく、革新的な手法を試したわけでもない。ただ、次に作りたい曲のイメージを絵師と共有し、音と絵を同時に作り上げていく——それだけのことだったのです。

しかし、投稿からわずか2日後、予想外の事態が起きます。「歌ってみた」の動画がすごい数出始めたのです。そして翌年、2012年度カラオケランキングでボカロ曲史上初となる総合3位を獲得します。ニコニコ動画の外、リアルな街角のカラオケボックスで、この曲は鳴り響き始めました。

この曲の名前は「千本桜」。2011年9月17日、今日からちょうど14年前のことです。

「いつも通り」になるまでの4年間

2011年9月17日の「いつも通り」を理解するには、4年前に遡る必要があります。

2007年8月31日、クリプトン・フューチャー・メディアがVOCALOID2技術を使った音声合成ソフト「初音ミク」を発売しました。誰でも「歌声」を作れる時代の幕開けです。楽器が演奏できなくても、歌が歌えなくても、パソコンとソフトウェアがあれば音楽を作れる——そんな可能性が、突如として開かれたのです。

最初の数ヶ月、ユーザーたちは試行錯誤を繰り返しました。2007年9月20日に投稿された「みくみくにしてあげる♪」は、初音ミクというキャラクター自身を題材にした楽曲で、初期のボカロ文化を象徴しています。この時点では、まだ「初音ミクで遊ぶ」という色彩が強かったと言えるでしょう。

しかし、わずか3ヶ月後、大きな転換点が訪れます。2007年12月7日に投稿されたsupercellのryo作曲「メルト」は、16歳の少女の恋心を歌った普遍的なラブソングでした。この曲は「メルトショック」と呼ばれる現象を引き起こします。初音ミクは「遊び道具」から「楽器」へと変わり始めたのです。

2008年から2010年にかけて、ボカロシーンは急速に成熟していきます。2010年8月にハチ(米津玄師)が投稿した「マトリョシカ」は、ダークでハイテンションな世界観を持つ楽曲で、ボカロPたちに格段に強いインパクトを与え、何度も繰り返し再生してしまう中毒性がありました。そして2011年12月、JOYSOUNDのカラオケチャートで「マトリョシカ」が、ボカロ曲として初めて総合ランキング1位を獲得します。

この4年間で何が起きたのでしょうか。技術は進化したのでしょうか?いいえ、使われたのは同じVOCALOID2でした。変わったのは技術ではなく、人々の習熟度だったのです。初音ミクは「新しい技術」から「日常の道具」になっていました。

だからこそ、黒うさPは「特別なことはしていない」「いつも通り」と言えたのです。

音と絵の同時創作

千本桜の制作プロセスには、もう一つの重要な要素がありました。音楽と視覚の同時創作です。

黒うさPは「曲作りと絵作りを同時進行して、できあがってきた絵に影響を受けて、曲が変わることはよくあります」と語っています。千本桜も例外ではありませんでした。「千本桜というキーワードは決まっていましたが、他の歌詞は絵を見ながら考えました」

イラストを担当した一斗まるは、明確なビジョンを持っていました。「今回は和風と言う事で、衣装や背景に愛国心をこれでもかってぐらいにぎゅうぎゅうに詰め込んでみました。初音ミクさんには軍服着物、鏡音姉弟にはセーラー着物と、学ラン着物をデザインしてみました」。大正浪漫——明治維新後、西欧文化を取り入れながらも日本らしさを保とうとした時代の雰囲気を、2011年の視点から再解釈したのです。

歌詞は、明治維新後の西欧文化を取り入れた時代を舞台とし、現代を諷刺する暗喩的な内容となっています。「光線銃」「ICBM」「断頭台」といった言葉が、桜と着物の美しい世界に並置される——その違和感こそが、この曲の魅力でした。

一人の作曲家が音楽を作り、後からイラストレーターが絵を描く。従来の音楽制作ではそれが一般的でした。しかし千本桜は違いました。音楽家、イラストレーター、そして映像作家が、ほぼリアルタイムで影響し合いながら一つの作品を作り上げていく——これは、CGM(Consumer Generated Media)文化が成熟したからこそ可能になった制作手法だったのです。

2011年という時代

千本桜が投稿された2011年9月17日は、東日本大震災から約6ヶ月後のことでした。

千本桜は、震災を直接的に歌った曲ではありません。しかし、時代の空気を吸わずに音楽が生まれることはあり得ません。大正時代——関東大震災を経験した時代——をモチーフに選んだことは、偶然だったのでしょうか。

2011年は、ボカロシーンにとっても転換期でした。この年はハチとwowakaがボカロシーンを去った年であり、同時に次世代を担うボカロPが投稿を始めた年でもあります。成熟と世代交代が同時に進行していました。

そしてニコニコ動画自体も、CGMプラットフォームとして全盛期を迎えていました。私たちは今、その時代を振り返りながら、一つの文化が最も輝いていた瞬間を目撃しています。

爆発する創造性

千本桜が本当に特別だったのは、曲そのものの質だけではありません。それは、この曲が引き起こした文化的連鎖反応にあります。

投稿からわずか2日後には「歌ってみた」の動画がものすごい数出始めました。技術のハードルが下がったことで、誰でも参加できるようになっていたのです。歌い手たちは、録音機材とニコニコ動画のアカウントさえあれば、自分のバージョンを世界に発信できました。

そして2012年度、千本桜はカラオケランキングで総合3位を獲得し、2014年においてもJOYSOUNDカラオケランキング2位を記録します。ボカロ曲が、ネットの外のリアルな場所で、J-POPやアニメソングと肩を並べて歌われるようになったのです。

やがて、プロのアーティストたちも参加し始めます。和楽器バンド、小林幸子、さらには陸上自衛隊中央音楽隊まで、それぞれの解釈で千本桜をカバーしました。アマチュアとプロの境界は溶け、一つの曲を中心に、多様な表現者たちが集まってきたのです。

さらに驚くべきは、メディアミックスの広がりです。一斗まるが執筆した小説「千本桜」は、2013年春にオリコンの文芸部門1位を記録し、第4巻の発売時点で累計35万部を突破しました。ミュージカル「音楽劇 千本桜」が2013年に上演され、2016年には中村獅童主演の超歌舞伎「今昔饗宴千本桜」として、日本の伝統芸能とも融合します。

一つの曲が、小説になり、舞台になり、歌舞伎になる——それは、黒うさPが「いつも通り」作った曲から始まった、制御不能な文化の自己増殖でした。

14年目の今日

2025年5月22日、千本桜は「MUSIC AWARDS JAPAN 2025」で「最優秀ボーカロイドカルチャー楽曲賞」を受賞しました。投稿から14年。この曲は今も、多くの人々に歌われ、聴かれ続けています。

技術が日常になった時、人は「何を作るか」だけを考えられるようになります。黒うさPにとって、初音ミクは4年間の成熟期を経て「いつも通り」使える道具になっていました。技術的制約から解放された時、表現者はアイデアと世界観だけに集中できるのです。

2025年現在、私たちは新たな技術の成熟期に立っています。AI、生成技術——それらもまた、いずれ誰かの「いつも通り」になるのかもしれません。その時、何が生まれるのでしょうか。

【Information】

黒うさP-千本桜

MUSIC AWARDS JAPAN 2025 受賞情報

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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