東京大学の戸谷友則氏は日本時間2025年11月26日(プレプリント23日)、Fermi Large Area Telescope の約15年分の観測データを解析し、銀河の |l|≤60°、10°≤|b|≤60° ※のハロー領域でエネルギー約20GeVにピークを持つガンマ線の過剰成分を報告した。
※対称性のある散乱であるということ。
この成分は球対称で、Navarro–Frenk–Whiteプロファイルに整合する暗黒物質ハロー由来の放射と解釈できる可能性があるとし、暗黒物質粒子の質量を約0.5〜0.8TeV、対消滅断面積 ⟨σv⟩ を (5–8)×10⁻²⁵cm³/s と推定している。ただし矮小銀河からの観測上限との緊張があり、暗黒物質起源かどうかは今後の検証に委ねられている。
【編集部解説】
Fermi-LAT が記録した約15年分のガンマ線データから、戸谷友則氏は銀河の |l|≤60°、10°≤|b|≤60° のハロー領域において、エネルギー約20GeVで強調される特徴的なガンマ線過剰を報告しました。スペクトルは2GeV以下と200GeV以上でフラックスがほぼゼロと矛盾せず、空間分布は NFWプロファイルと整合する球対称構造を示すとされています。暗黒物質の対消滅を仮定すると、質量は約0.5〜0.8TeVで、主生成物として b¯b か W⁺W⁻ が適合し、現在の速度領域での断面積は (5–8)×10⁻²⁵cm³/s と推定されます。
ただし、この解釈には慎重な姿勢が求められます。特に、矮小銀河に対する合同解析が示す上限値と比べて、今回の断面積 ⟨σv⟩ は10倍程度(およそ1ケタ)大きい値を必要とするため、複数の専門家が「暗黒物質起源と断定するには時期尚早」と指摘しています。また、Fermi-LAT 本体の解析や地上望遠鏡を含めた過去の多数の探索で明確な信号が見つかってこなかった背景もあり、追加検証が不可欠です。独立グループによる再解析や、他のガンマ線望遠鏡・矮小銀河での検証が次のステップになります。
暗黒物質の対消滅率を正しく表すには、単なる断面積 σ ではなく ⟨σv⟩(断面積×相対速度の熱平均) を用いる必要があります。これは、実際の消滅頻度が粒子の反応確率 σ に加え、どれだけの速さで粒子同士が近づくか(相対速度) と、暗黒物質が持つ 速度分布 に強く依存するためです。初期宇宙では暗黒物質は熱的な速度分布をもち、現在の銀河では光速の約 10⁻³ 程度の低速分布をもつため、これらを平均した ⟨σv⟩ が、凍結過程で暗黒物質密度を決める基本量となります。また、ガンマ線など現在の消滅シグナルも ρ² と ⟨σv⟩ の組で決まり、粒子物理モデルによって σv の速度依存性(s 波・p 波など)が異なる場合でも、⟨σv⟩ を用いることで初期宇宙と現代宇宙の両方を一貫して扱うことができます。
暗黒物質は、歴史上、銀河回転のスピード異常などから指摘されてきた長い経歴があります。最新の Planck 望遠鏡のデータなどからは、今日の宇宙全体のうち、約26.8%が暗黒物質、約68.3%が暗黒エネルギー(ダークエネルギー)※2、私たちが観測している通常の物質はたった約4.9%となっていて、宇宙は「暗黒に支配」されていることが明らかになっています。
※2 宇宙を加速膨張させるエネルギー。平坦宇宙のΛ-CDMモデルの仮定のもとの値。真空のエネルギーやファンタムエネルギーなどの解釈があり、アインシュタイン方程式では宇宙項として表されるが、正体は分かっていない。
SUSY(超対称性)との関係については、今回の結果が直ちに「SUSY を否定」するものではありませんが、WIMP、特にニュートラリーノのシナリオにおける単純な描像では、質量・断面積・背景実験の制約を同時に満たすのが難しい領域もあります。シンプルな構造の SUSY の一部は LHC や MEG(-II) のような稀崩壊探索で既に強い制約を受けていますが、SUSY 全体が排除されたわけではなく、非熱的生成や混合状態を含む広いバリエーションが残されています。その意味で、「シンプルで美しい」理論像の多くが試され続けている一方で、より複雑なモデルや別種の暗黒物質候補も視野に入れた議論が必要になっています。
また、μ→eγ のような希少崩壊は今回のガンマ線過剰とは直接の関連はありませんが、新物理モデルを多方向から検証していくうえで相補的な役割を果たします。暗黒物質、希少崩壊、加速器実験、直接検出実験という複数のアプローチによって、それぞれ異なる角度から理論の可能性が絞られていく構図は、素粒子物理学の特徴でもあります。今回のシグナルがもし暗黒物質由来であるなら、これら異なる実験手法の結果と整合する理論だけが生き残ることになりますし、逆に矛盾が見つかれば新たな修正が求められるでしょう。
今回のシグナルは、長期データに基づいて新たな可能性を提示したという点で重要ですが、結論を急ぐことなく、慎重で段階的な検証が求められています。多くの研究者が慎重な立場を取っている背景には、過去に「暗黒物質の証拠かもしれない」と注目された兆候が、後続研究で否定されてきた歴史があります。慎重さと独立検証こそが、この分野を支えてきた基盤でもあり、今回の結果もその文脈の中で位置づけられるべきだといえます。
【用語解説】
暗黒物質(ダークマター)
通常の電磁相互作用によって観測できないが、重力効果から存在が推測されている物質の総称です。
WIMP
弱い相互作用と重力でのみ普通の物質と相互作用する重い想定上の粒子で、代表的な暗黒物質候補の一つです。
ガンマ線
電磁波の中で最もエネルギーが高い領域の光で、高エネルギー天体現象や宇宙線などで生成されます。
NFWプロファイル
銀河や銀河団の暗黒物質ハローを記述するためによく用いられる、特定の密度分布関数モデルです。
矮小銀河
光度と質量が小さい銀河ですが、暗黒物質比率が高いと考えられ、ガンマ線背景が低いため暗黒物質探索に適します。
μ→eγ
ミューオンが電子とガンマ線に崩壊する過程で、標準模型では起こらず、観測されれば新物理の証拠になります。
【参考リンク】
20 GeV halo-like excess of the Galactic diffuse emission and implications for dark matter annihilation(外部)
Fermi-LAT データ解析による20GeVガンマ線過剰と暗黒物質解釈を詳述した戸谷氏のJournal of Cosmology and Astroparticle Physics (IOPscience)に掲載された論文。
暗黒物質がついに見えた!? ー天の川銀河のハローから高エネルギーガンマ線放射を発見ー(外部)
東京大学によるプレスリリースで、20GeVガンマ線放射の発見と暗黒物質ハローとの関連を日本語で解説している。
MEG / MEG II experiment(外部)
スイスPSIが運営する μ→eγ の探索実験の公式サイトで、MEGおよびMEG IIの概要と最新結果が掲載されている。
東京大学 MEG II チーム(外部)
日本グループによる MEG II 実験紹介ページ。
【参考記事】
Study claims to provide first direct evidence of dark matter(外部)
ガーディアン紙が戸谷氏の結果を紹介しつつ、複数の専門家コメントを交えて慎重な評価と課題を伝えている。
Controversial New Study Points to the Most Promising Dark Matter Signal Yet(外部)
Gizmodo が20GeVシグナルを「物議を醸す有望な候補」と位置づけ、矮小銀河制限や系統誤差を詳しく紹介している。
After nearly 100 years, scientists may have detected dark matter(外部)
EurekAlert! に掲載されたプレスリリースで、20GeV過剰の発見経緯と暗黒物質候補としての位置づけを簡潔にまとめている。
【編集部後記】
今回の研究には、理論の美しさと観測結果の現実がせめぎ合う、物理学らしい魅力があります。多くの専門家が慎重な姿勢を保つのは、過去の経験から学び、確かな一歩を積み重ねてきた歴史があるからです。「理論は本当に美しくあるべきなのか」という問いも含め、この分野の奥行きを一緒に楽しんでいただければ嬉しく思います。






























