EVやPHEVは「静かでクリーンなクルマ」というイメージの一方で、その心臓部であるバッテリーをどう安全に制御するかという新しい課題を抱えています。今回は、中国最大手のひとつであるBYDが約8.9万台規模のリコールに踏み切ったニュースから、「EV時代の信頼性」を一緒に考えてみたいと思います。
中国のBYDが、バッテリー関連の安全上の懸念により、88,981台のプラグインハイブリッド車をリコールすると中国の市場監督当局が2025年11月28日に発表した。
対象となるのは同社の主力PHEVセダン「Qin PLUS DM-i」で、2021年1月から2023年9月に生産されたモデルである。生産過程での動力用バッテリーパックの一貫性の問題により、出力が制限され、極端な場合には純電気モードで走行できなくなる可能性があるとされる。今回の措置は当局が開始した欠陥調査に基づくものである。
BYDは2025年にこれまで21万台超をリコールしており、その中にはプラグインハイブリッドSUV約7,000台が含まれる。10月中旬には2015〜2022年生産のTangおよびYuan Pro計11万5,000台超を別のバッテリー関連の安全リスクでリコールされており、2024年9月のDolphinとYuan Plus約9万7,000台(ステアリング制御ユニットの不具合)に続く大規模な回収措置となる。
BYDの2025年10月の販売台数は前年同月比12%減であり、第3四半期の利益は33%減となった。価格競争の激化による利益率の圧縮が、製造品質やサプライチェーン管理にどのような負荷をかけているのかが注目される。
From:
China’s BYD recalls 88,981 plug-in hybrids over battery safety hazard
【編集部解説】
今回のリコールは、単なる製造不具合という枠を超え、「ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)時代の品質定義」を問いかける事例です。
特に注目すべきは、問題の核心が「一貫性」にある点です。PHEVやEVに搭載されるバッテリーパックは、数百から数千のセルが直列・並列に接続され、一つの巨大なエネルギー源として機能します。個々のセルの品質が高くても、製造時の公差や組み立て精度にばらつきがあれば、もっとも弱いセルがボトルネックとなり、パック全体のパフォーマンスを低下させます。今回の事象は、セル単体の化学的安全性だけでなく、パック化する際のプロセス制御(Process Control)がいかに重要かを浮き彫りにしました。
BYDは今年だけで21万台以上をリコールし、TangやYuan Pro、Dolphin、Yuan Plusなど異なるモデルで設計や製造に起因する不具合に対応してきました。表面上はネガティブに見える一方で、「問題を顕在化させ、規制当局と連動して修正する」プロセスが回り始めているとも読めます。ただし販売と利益の減速が同時進行している状況では、品質対策に必要な投資とコスト競争力のバランスが、今後の事業継続性に直結していきます。
ここで重要なのは、「中国製だから危ない」「リコールが多いからダメ」といった単純なレッテルでは、EV時代の本質をとらえきれないという点だと思います。PHEVやEVが普及すれば、どのメーカーでも一定のリコールは避けられず、その際にどれだけ早く異常を検知し、透明性を持って回収・改善できるかが新しい競争軸になっていきます。
長期的には、今回のような事案が、バッテリーセル設計やBMS(バッテリーマネジメントシステム)、クラウド経由のリモート診断技術の高度化を後押しします。走行データや充放電履歴から異常傾向を早期検知し、リコールに至る前にソフトウェア更新や予防保全で対処する方向へ、モビリティ産業全体がシフトしていくはずです。今回のニュースは、そんな「EV時代の品質と安全の定義」を、私たちがどのようにアップデートしていくのかを考えるきっかけになると感じています。
【用語解説】
動力用バッテリーパック
車両の走行用モーターに電力を供給するバッテリーの集合体で、セルやモジュールをまとめてパッケージ化したものを指す。
純電気モード(pure electric mode)
PHEVがエンジンを使わず、バッテリーとモーターだけで走行するモード。今回の不具合ではこのモードで走れなくなる可能性があるとされている。
【参考リンク】
BYD Co. Ltd. 公式サイト(外部)
中国・深センの自動車兼バッテリーメーカーで、EVやPHEV、商用車、エネルギー貯蔵システムなどをグローバルに展開している。
中国 国家市場監督管理総局(SAMR)(外部)
自動車リコールや製品安全に関する公告や欠陥情報を公表する、中国の市場監督当局の公式サイトである。
【参考記事】
China’s BYD recalls 88,981 plug-in hybrids over battery safety hazard(The Straits Times)(外部)
Qin PLUS DM-iの台数や生産期間、バッテリー一貫性の問題、純電気モードへの影響、中国当局の欠陥調査の流れ、過去の大型リコールとの関連を整理している。
BYD Battery Recall: A Wake-Up Call for the EV Sector(Minipip)(外部)
BYDのバッテリー関連リコールをEV業界全体の品質管理と安全基準見直しの契機として位置づけ、バッテリー一貫性や生産プロセス、ブランド信頼への影響を分析している。
BYD recalls 88,981 Qin Plus DM-i hybrid sedans due to battery issues(CNEV Post)(外部)
中国のリコール公告を基に、88,981台という台数や2021〜2023年の生産期間、出力制限と純電気モードへの影響など、具体的な数値と技術的背景を詳しく伝えている。
BYD Recall 2025: 89,000 Qin PLUS Hybrids Hit By Battery Quality Issues(EVXL)(外部)
約89,000台規模のQin PLUS DM-iリコールを取り上げ、バッテリー品質ばらつきが出力やEVモード走行に与える影響、サプライチェーンや製造プロセスへの示唆を解説している。
BYD recalls 88,981 plug-in hybrids due to battery issues(Investing.com)(外部)
88,981台リコールがBYDの業績や投資家心理に与える影響に触れつつ、生産期間や累計リコール台数、販売と利益の減少といった数字を整理している。
【編集部後記】
PHEVやEVのニュースに触れると、「もし自分のクルマだったら?」とつい想像してしまう方も多いのではないでしょうか。いま各社が進めているバッテリー監視やリコールの仕組みは、単なるトラブル対応ではなく、これから何十年も続くモビリティインフラをどう守るかという大きな実験の途中経過のようにも見えます。
身近にPHEVやEVに乗っている人がいれば、「バッテリーやソフトのアップデートって実際どう?」と聞いてみると、スペック表からは見えないリアルな感覚が共有されるかもしれません。みなさん自身は、次にクルマを選ぶとしたら、エンジン車、ハイブリッド、PHEV、EVのどれに一番心が動きますか。






























