2026年のファッション業界は、「低成長」と「テクノロジーシフト」が同時進行する少し不思議な局面に入ろうとしています。
その中で、AIエージェントやリセール、ジュエリーの台頭は、私たち一人ひとりの「欲しい」のかたちを静かに書き換え始めています。
マッキンゼーとThe Business of Fashionは2025年11月17日、「The State of Fashion 2026」レポートを発表した。
グローバルファッション業界は2026年も低い一桁台の成長にとどまる見込みである。調査対象のエグゼクティブの46%が2026年の状況悪化を予想し、36%が北米市場を有望でないと見ている。
一方で25%は業界状況の改善を見込んでおり、中国市場への悲観的見方は41%から28%に減少した。米国の関税が最大の障壁として挙げられ、消費者は価値を重視した支出を継続している。
AI活用では35%以上のエグゼクティブが既にオンラインカスタマーサービスや画像作成などで生成AIを使用している。
ジュエリーカテゴリーはユニット販売成長で全ファッションカテゴリーを上回り、衣料品の4倍以上の成長率を示す。リセール市場は2027年まで一次市場の2〜3倍の速度で成長する見通しである。
From:
The State of Fashion 2026: When the rules change
【編集部解説】
このレポートが示すファッション業界の2026年予測は、単なる景気循環の問題ではなく、産業構造そのものの転換点を迎えていることを明確にしています。特に注目すべきは、業界リーダーたちの意識変化です。これまで「不確実性」という言葉で表現されていた未来への不安が、「困難」という言葉に置き換わったことは、彼らが変動を前提とした経営へと舵を切ったことを意味しています。
米国の関税政策が最大の障壁として挙げられていますが、これは単にコスト増の問題にとどまりません。サプライチェーン全体の再編成を迫られる中で、大規模サプライヤーは拠点最適化やデジタル化で対応できる一方、小規模事業者には生き残りをかけた厳しい選択が突きつけられています。この二極化は、業界全体のプレイヤー構成を大きく変える可能性があります。
AIの活用状況も興味深い局面を迎えています。既に35%以上の企業が生成AIを実務に導入していますが、マッキンゼーの分析では特にマーケティングと販売機能において大幅な生産性向上が見込まれています。さらに注目すべきは「エージェントAI」の台頭です。消費者が価格比較や商品選択をAIエージェントに任せるようになると、これまでのSEO戦略は根本から見直しを迫られます。ブランドはAIに選ばれる存在になる必要があり、それには意味的に豊富なデータ構造とAPI対応が不可欠となります。
消費者行動の変化も見逃せません。ラグジュアリーブランドが価格主導の成長を続けた結果、ミッドマーケットが最も成長する市場セグメントとなり、価値創造の中心が移動しています。これは単なる価格帯のシフトではなく、消費者が求める「価値」の定義そのものが変わりつつあることを示しています。
ジュエリー市場が衣料品の4倍以上の成長率を示している背景には、消費者の「長期的投資」志向があります。ファストファッションの対極にある、時間の経過に耐える価値への回帰とも言えるでしょう。同様にリセール市場の急成長も、サステナビリティへの関心だけでなく、賢明な消費を求める価値観の表れです。
ウェルビーイング領域への消費シフトは、ファッション業界にとって脅威であると同時に機会でもあります。マッキンゼーが2017年から追跡してきたこのトレンドは、単なる一時的な流行ではなく、ライフスタイル全体の再定義を伴う構造的変化です。ファッションブランドがこの領域にどう参入するかは、ブランドアイデンティティとの整合性が問われる難しい判断となります。
【用語解説】
エージェントAI(Agentic AI)
ユーザーに代わって自律的にタスクを実行するAI技術。単なる情報提供や推奨にとどまらず、価格監視、商品比較、購入判断、実際の取引実行まで、一連のプロセスを自動化できる。ファッション分野では、スタイルコンサルタントとして機能し、ユーザーの好みや予算に基づいて最適な商品を探索・購入する役割を担う。
エージェントコマース(Agentic Commerce)
AIエージェントが消費者に代わって商取引を行う新しい商業形態。従来のeコマースでは消費者自身が検索・比較・購入を行うが、エージェントコマースではAIがこれらのプロセスを代行する。2020年代後半に本格化すると予測されている。
リセール市場(Resale Market)
中古品やセカンドハンド商品の再販売市場。ファッション業界では、ラグジュアリーブランドから一般ブランドまで幅広い商品が取引される。サステナビリティ意識の高まりと、価値を重視する消費者行動により急成長している。
トレードダウン
消費者がより低価格帯の商品やサービスへ購買行動をシフトすること。経済的不安や価値意識の変化により、これまで購入していたブランドや価格帯から、より手頃な選択肢へ移行する消費行動を指す。
ミッドマーケット
高級ブランドと低価格帯の中間に位置する市場セグメント。手頃な価格でありながら、デザイン性や品質にこだわった製品を提供するブランドが属する。現在、ファッション業界で最も成長が速いセグメントとなっている。
【参考リンク】
McKinsey & Company – State of Fashion(外部)
マッキンゼーとThe Business of Fashionが共同発行する年次レポート。2016年から10年間、業界トレンドを分析。
The Business of Fashion(外部)
ファッションビジネスに特化したグローバルメディア。マッキンゼーと共同でState of Fashionレポートを発行。
【参考記事】
The agentic commerce opportunity: How AI agents are ushering in a new era(外部)
AIエージェントが消費者と販売者に新時代をもたらす「エージェントコマース」について分析した記事。
Seizing the agentic AI advantage(外部)
エージェントAIの可能性と企業の活用方法を論じた記事。働き方への影響と組織再評価の必要性を解説。
From blueprint to breakthrough: How AI can transform the consumer enterprise(外部)
AIと自動化が消費財企業をどう変革するかを分析。高付加価値なクリエイティブ業務へのシフトを論じる。
【編集部後記】
ファッション業界がAIによって根本から変わろうとしている今、私たち消費者の買い物体験も大きく変化していきます。AIがあなたの代わりに商品を探し、比較し、提案してくれる未来は、もうすぐそこまで来ています。では、その時ブランドはどう選ばれるのでしょうか?価格だけでなく、データの透明性やストーリーがより重要になるかもしれません。
皆さんは、AIエージェントに買い物を任せてみたいと思いますか?それとも自分の目で選び続けたいですか?この変化の波をどう捉えるか、一緒に考えてみませんか?






























