Amazon Prime Video、AI生成アニメ吹き替えを批判受け削除―BANANA FISHなどで声優から猛反発

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Amazonは2025年12月1日、Prime Videoで配信していた複数のアニメ作品に対するAI生成英語吹き替えを削除した。対象となったのは「BANANA FISH」「ノーゲーム・ノーライフ ゼロ」「ヴィンランド・サガ」などの作品である。

これらのAI吹き替えは先月Prime Videoに追加され、音声言語オプションで「AI beta」とラベル付けされていた。声優のDaman Mills、Briana Whiteらが批判の声を上げ、全米声優協会(NAVA)も声明を発表した。

BANANA FISHは2018年にリリースされた24話のアニメ作品で、ノーゲーム・ノーライフ ゼロとヴィンランド・サガにはSentai Filmworksによる既存の人間の声優による英語吹き替えが存在している。

Amazonは英語AI吹き替えを削除したが、スペイン語AI吹き替えは記事執筆時点で残っており、声優らは全ての言語での削除を求めている。Amazonは2025年3月にAI生成吹き替えのパイロットプログラムを発表していた。

From: 文献リンクAmazon removes AI-generated anime dubs after uproar

【編集部解説】

Amazonが実施したこのAI吹き替えは、ストリーミング時代における技術と芸術の衝突を象徴する出来事として記録されることになるでしょう。

2025年3月、AmazonはPrime Videoで「AI支援吹き替え」のパイロットプログラムを発表しました。当初は「El Cid: La Leyenda」や「Mi Mamá Lora」など12のライセンスタイトルに限定され、英語とラテンアメリカ・スペイン語での展開とされていました。このプログラムは「ローカライゼーション専門家とAIの協働」というハイブリッドアプローチを謳っていましたが、実際にアニメに適用された結果は、プロフェッショナルの関与が十分でなかったことを示すものでした。

今回の騒動で最も問題視されたのは、BANANA FISHという作品の特殊性です。1985年から1994年にかけて連載された吉田秋生の原作漫画は、LGBTQ+コミュニティにとって極めて重要な作品として位置づけられています。2018年のアニメ化は、MAPPAスタジオによって現代に設定を移した意欲作でしたが、長年にわたって英語吹き替えが存在しませんでした。ファンは何年も公式英語吹き替えを待ち望んでいたのです。

そのような背景を持つ作品に対して、感情のニュアンスを欠いたAI音声を適用したことは、単なる技術的失敗を超えた文化的な侮辱と受け止められました。声優のDaman Mills氏が「クィアのトラウマ物語を機械に任せたのか」と批判したように、この作品が扱う重層的なテーマ—性的虐待、トラウマ、LGBTQ+の表象—を理解するには、人間の解釈と感情表現が不可欠だったのです。

さらに深刻なのは、ノーゲーム・ノーライフ ゼロとヴィンランド・サガには既にSentai Filmworksによる人間の声優による英語吹き替えが存在していた点です。つまり、Amazonは「吹き替えが存在しないタイトルのみ」という当初の方針を逸脱し、既存の人間による芸術作品を事実上「上書き」しようとしたことになります。これは単なるコスト削減ではなく、過去の創造的労働の価値を否定する行為として映りました。

この事件は、声優業界が直面している構造的な危機を浮き彫りにしています。全米声優協会(NAVA)をはじめとする世界中の声優組織は、AIによる声のクローン化と雇用の脅威に対して警鐘を鳴らし続けてきました。声優のBriana White氏が指摘したように、AIの学習に使用された声優たちが同意も補償も受けていない可能性があるという倫理的な問題も存在します。

Amazonが英語版のみを削除し、スペイン語版を残したことも批判を集めています。これは英語圏の声優コミュニティの抗議に対する場当たり的な対応であり、スペイン語圏の声優やファンを軽視していると受け止められました。声優のLandon McDonald氏やDaman Mills氏が「全ての言語で削除すべき」と訴えたのは、この問題が特定の言語圏だけの問題ではないという認識からです。

技術的な観点から見ても、AI吹き替えの品質は容認できるレベルに達していませんでした。平坦なイントネーション、不自然な間、感情表現の欠如—これらは単なる技術的未熟さではなく、人間の声優が何年もかけて習得する微妙な技術の重要性を証明するものでした。

この事件は、より広範なAIと創造産業の対立における一つの転換点となる可能性があります。消費者の激しい反発と声優コミュニティの団結した抗議により、Amazonは迅速に撤回を余儀なくされました。これは、品質と倫理の両面で許容できないAI適用に対して、市場が明確な拒絶反応を示した事例として記録されるでしょう。

しかし問題は解決していません。AI技術は日々進化しており、質的な改善は時間の問題かもしれません。だからこそ、今回のような初期段階での強い反発が重要なのです。それは技術企業に対して、AIの導入には適切な透明性、同意、補償、そして何よりも人間の創造性への敬意が必要だというメッセージを送るものだからです。

【用語解説】

BANANA FISH
吉田秋生による漫画作品で、1985年から1994年まで「別冊少女コミック」で連載された。ニューヨークを舞台に、少年ギャングのリーダー、アッシュ・リンクスと日本人写真家助手の奥村英二の関係を描く。LGBTQ+表象の観点から高く評価され、2018年にMAPPAによってアニメ化された。累計発行部数は1200万部を超える。

MAPPA(マッパ)
2011年設立の日本のアニメーション制作スタジオ。「ユーリ!!! on ICE」「呪術廻戦」「チェンソーマン」など人気作品を多数手がける。BANANA FISHのアニメ化も担当し、高い作画品質で知られる。

NAVA(National Association of Voice Actors)
全米声優協会。アメリカの声優を代表する業界団体で、声優の権利保護とAI技術による雇用への脅威に対する活動を行っている。AI生成音声に対する規制と声優の労働条件改善を訴えている。

Sentai Filmworks
アメリカのアニメライセンス・配給会社。日本のアニメ作品の北米向けローカライゼーション、特に英語吹き替え制作を専門としている。ノーゲーム・ノーライフ ゼロやヴィンランド・サガの英語吹き替えを制作した。

AI吹き替え(AI dubbing)
人工知能技術を用いて生成された音声による吹き替え。テキストを音声に変換するTTS(Text-to-Speech)技術や音声クローン技術を使用し、人間の声優を使わずに多言語展開を可能にする。感情表現やニュアンスの再現が課題とされる。

【参考リンク】

Amazon Prime Video(外部)
Amazonが運営する定額制動画配信サービス。オリジナル作品と豊富なライセンス作品を提供し、今回AI吹き替えが問題となったプラットフォーム。

MAPPA(外部)
「BANANA FISH」のアニメ化を担当した日本のアニメーション制作スタジオ。高品質な作画と意欲的な作品展開で知られる。

National Association of Voice Actors (NAVA)(外部)
全米声優協会の公式サイト。声優の権利保護とAI技術への対応についての情報を発信している業界団体。

Sentai Filmworks(外部)
アメリカのアニメライセンス・配給会社。日本アニメの英語吹き替え制作を専門とし、高品質なローカライゼーションを提供。

【参考記事】

After widespread criticism for the use of AI voice actors, Amazon removes AI dub from anime series Banana Fish(外部)
GamesRadarによる報道。12月1日時点で英語吹き替えが削除されたこと、声優やファンからの批判の詳細を報じている。

Amazon’s Atrocious AI Anime Dubs Are a Dark Sign of Things to Come(外部)
Gizmodoによる分析記事。AI吹き替えの品質問題と、既存の人間による吹き替えを上書きする問題点を指摘している。

Amazon Removes Controversial AI English Dubs for Banana Fish & No Game, No Life Zero(外部)
Anime Cornerの詳細報道。声優Daman Millsらの抗議活動と、Prime会員キャンセルの動きについて報告している。

Amazon Quietly Pulls Disastrous AI Dubs For Popular Anime After Outcry(外部)
Futurismによる報道。BANANA FISHのファンが何年も英語吹き替えを待っていた背景と、AI版への失望について詳述。

Prime Video Launches AI-Assisted Dubbing Of Movies And Series In Pilot Program(外部)
Deadlineによる2025年3月の報道。AmazonがAI吹き替えパイロットプログラムを開始した当初の発表内容を伝えている。

European Voice Actors Rally Against AI Dubbing, Push For New EU Protections(外部)
Poniak Timesによる欧州での動向報告。フランスやドイツの声優たちがAI吹き替えに対する規制を求めている状況を紹介。

Japanese LGBTQ+ fans talk about the legacy of Banana Fish(外部)
Anime Feministによる分析記事。BANANA FISHがLGBTQ+コミュニティにとって持つ文化的重要性について、日本のファンへのインタビューを通じて解説。

【編集部後記】

今回のAmazonの判断は、テクノロジーの進化と人間の創造性の境界線について、私たちに重要な問いを投げかけています。効率化とコスト削減は確かに魅力的ですが、それが芸術作品の本質を損なうとき、私たちは何を選ぶべきでしょうか。声優という職業は単なる「声の提供」ではなく、キャラクターに命を吹き込む解釈者であり、文化の橋渡しをする翻訳者でもあります。AI技術の発展は止められませんが、その導入方法については、私たち消費者の声が大きな影響力を持つことが今回証明されました。皆さんは、どのような未来を望みますか?ぜひご意見をお聞かせください。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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