2025年12月、Ethereum共同創設者のVitalik Buterinが、トランザクション手数料であるガス代に特化したオンチェーン先物市場の構想を示した。
この「Ethereum gas futures market」は、EIP-1559で導入されたBASEFEEを前提に、将来のガス価格を先物契約としてロックし、ユーザーや開発者がガス代急騰リスクをヘッジできるようにする狙いがある。
提案はまだ実装段階には至っていないが、NFTミントやDeFiローンチなど大量トランザクションが発生する場面で、手数料を事前に予算化しやすくする仕組みとして期待されている。
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Vitalik Buterin Proposes Ethereum Gas Futures Market to Aid Fee Planning
【編集部解説】
今回の提案は、「ガス代を下げる」こと以上に、「ガス代という不確実性をどう設計に組み込むか」をめぐる試みとして見ると輪郭がはっきりしてきます。 EthereumではEIP-1559によってBASEFEEが導入され、ある程度の予測可能性は高まりましたが、DeFiやNFTのピーク時にガスが極端に跳ね上がった記憶は、多くの開発者やユーザーに残っているはずです。
オンチェーンのガス先物市場というアイデアは、この「読めないコスト」を金融工学で扱える指標に変換しようとするものです。 中央集権取引所が提供するデリバティブではなく、BASEFEEに紐づく先物契約をスマートコントラクトで直接扱うことで、Ethereum自体に長期的なコストシグナルを埋め込もうとしています。 これはL2やロールアップが当たり前になった時代において、「どのレイヤーでどの程度のガスリスクを取るか」を考える新しい設計軸にもなり得ます。
実務的なインパクトとしては、大規模なNFTミント、オンチェーンゲームのイベント、エアドロップ、DAOガバナンス投票など、トランザクションが一時的に集中するユースケースで真価を発揮しそうです。 事前に一定期間分のガスを先物として確保できれば、「本番当日にガスが高騰して企画が破綻する」という典型的なリスクへの備えがしやすくなりますし、事業サイドの予算策定も、従来のインフラコストに近い感覚で見積もりやすくなります。
一方で、先物市場である以上、投機や価格操作のリスクは避けて通れません。 清算メカニズム、オラクルの設計、流動性確保のためのインセンティブなど、これまでDeFiプロトコルが直面してきた課題が、そのまま「ガス先物」という新たなマーケットに持ち込まれる可能性があります。 手数料を安定させるための仕組みが、逆にボラティリティを増幅させるような設計にならないかどうかは、コミュニティ全体で慎重に検証していく必要があるでしょう。
規制の観点から見ると、ガス先物は多くの国でデリバティブ商品として扱われる余地があります。 完全に分散化されたオンチェーンプロトコルであっても、フロントエンドを提供する事業者や、マーケットメイカーとして関与するプレイヤーは、既存のデリバティブ規制の枠組みの中で解釈される可能性があります。 ただ、透明なルールに基づくオープンなガス市場が整備されれば、「ブラックボックスな手数料体系」よりも、規制当局との対話や説明が行いやすくなる側面も期待できます。
長期的に見ると、この提案はEthereumを「計算を実行するレイヤー」から「ネットワーク利用コストそのものを金融インフラとして提供するレイヤー」へと拡張する布石にもなり得ます。 ガス代のヘッジ手段が標準化されれば、機関投資家やWeb2企業がオンチェーンで本格的なサービスを展開する際の心理的なハードルは下がり、XRP現物ETFに見られるような伝統金融マネーの流入とも相まって、ブロックチェーンの位置付け自体を変えていくかもしれません。 まだ提案段階の構想ではありますが、「ガスをどう読むか・どう扱うか」を考え直すきっかけとして、今後の議論を追いかけていく価値は高いと感じます。
【用語解説】
Ethereum gas futures market
Ethereumのトランザクション手数料であるガス代に連動する先物契約をオンチェーンで取引し、将来のガス価格をヘッジする市場構想を指す。
Gas fee(ガス代)
Ethereumネットワーク上でトランザクションやスマートコントラクトを実行する際に支払う手数料であり、ネットワークの混雑状況に応じて変動する。
BASEFEE
EIP-1559で導入された、ブロックごとに需要に応じて自動調整される基礎ガス料金で、支払い後にバーンされる仕組みを持つ。
EIP-1559
Ethereumの手数料メカニズムを刷新し、BASEFEEとチップを導入することで、ガス代の予測可能性とネットワーク安定性の向上を目指した改善提案である。
Hedging(ヘッジ)
価格変動リスクを抑えるために、先物やオプションなどの金融商品を利用して損失を相殺する取引手法を指す。
Spot XRP ETF
XRPを現物で裏付けとする上場投資信託で、証券市場を通じてXRP価格へのエクスポージャーを提供する金融商品である。
【参考リンク】
Ethereum Foundation(外部)
Ethereumプロトコルの研究開発と教育を支援する非営利組織で、EIP-1559など技術ドキュメントを公開している。
Ethereum(外部)
スマートコントラクトと分散型アプリケーションを実行するパブリックブロックチェーンで、ガス代とEIP-1559の対象となるネットワークである。
XRP Ledger(外部)
XRPをネイティブ資産とする分散型台帳で、複数のXRP現物ETFの裏付け資産として利用され、高速決済を特徴としている。
Trust Wallet – What is EIP-1559?(外部)
EIP-1559後のガス料金構造やBASEFEEとチップの仕組みを図解し、ユーザー視点で解説している技術ブログである。
XRP Spot ETFs Hit $1 Billion Inflows Milestone(外部)
XRPスポットETFの総流入額が10億ドル規模に達した状況と、機関投資家の需要継続を伝えるレポート記事である。
【参考動画】
【参考記事】
Vitalik Buterin’s Vision for an On-Chain Gas Futures Market(外部)
Vitalik Buterinによるオンチェーンガス先物市場構想を解説し、ユーザーが将来必要なガスを現在価格でロックする仕組みと、そのヘッジ効果や市場設計上の論点を整理している。
Vitalik Pushes for On-Chain Gas Futures(外部)
ガス手数料が低水準にある現在でも将来の変動は読めないとするVitalikの問題意識と、信頼不要なガス先物市場がもたらす価格シグナルや手数料予測の意義を紹介している。
Ethereum’s On-Chain Gas Futures: A New Hedging Tool for Crypto Investors(外部)
Ethereumガス先物を、投資家や開発者がガス代ボラティリティを管理するための新たなヘッジ手段として位置付け、その活用シナリオと想定されるリスク要因を簡潔にまとめている。
Ethereum’s Gas Fees: A New Era with EIP-1559(外部)
EIP-1559によるガス料金モデルの変化を、BASEFEE・チップ・バーンの3要素から説明し、手数料ボラティリティとETH供給への影響を分析している技術解説記事である。
Understanding Ethereum Gas Fees in 2025(外部)
2025年時点のEthereumガス代の計算方法や、ユーザーがコストを抑えるための基本的な戦略、EIP-1559以降のネットワーク状況を概説している。
EIP 1559: A transaction fee market proposal(外部)
EIP-1559の設計思想と数理モデルを詳述し、BASEFEE調整アルゴリズムやブロックサイズターゲットなど、Ethereumの手数料市場最適化の理論的背景を示している技術ドキュメントである。
【編集部後記】
ガス代の先物市場という話題は、一見するとトレーダー向けの難しい金融プロダクトのようにも聞こえます。ただ、少し視点を変えると「オンチェーンで何かおもしろいことを仕掛けたい人が、どこまでリスクを読める世界にしたいか」という問いでもあると感じます。
もしあなたが、NFTコレクション、オンチェーンゲーム、DAOガバナンス、あるいは企業としての新規サービスなど、何かしらEthereumの上で企画を動かす立場だとしたら、ガス代をどう扱いたいでしょうか。完全に読めないカオスな変数として付き合うのか、それともヘッジという選択肢も含めて「設計できる不確実性」として組み込むのか。この提案が本格的に議論されることで、そうした問いを一緒に考えていけたらうれしいです。






























