人の目に頼ってきた食品検品が、ついにAIの領域へ。
マルハニチロとロビットが挑むのは、カット野菜検査の自動化――現場を変える最前線の技術とは。
12月17日公開の資料によるとマルハニチロ株式会社は、株式会社ロビットと共同でカット野菜の検査工程を自動化するAI検査装置を開発し、2025年4月から導入を開始した。マルハニチロは工場で野菜を受け入れる際に目視検品を実施しているが、規格外品や不良品、自然由来の異物などは種類や状態が多様なため、従来の画像検査機では期待通りの検出が困難で、熟練作業者の対応が不可欠だった。深刻化する労働力不足を背景に、AIを活用した高精度な検査装置の実用化に向けて検証を進めてきた。
業界トップレベルの高速AI画像検査技術を持つロビット社との共創で本装置を導入し、主力冷凍食品「横浜あんかけラーメン」などを生産するマルハニチロ大江工場において、カット野菜の検査工程の自動化に成功した。検査基準の統一や精度の向上に加えて、選別作業の省人化、労働負荷の軽減、処理能力の向上などの効果が見込まれ、今後マルハニチログループ全体への展開を検討している。
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AIを活用したカット野菜用外観検査装置を導入
【編集部解説】
今回マルハニチロが導入したAI検査装置「TESRAY Gシリーズ」は、食品製造業が直面する構造的課題への一つの解答を示しています。
食品製造業界では現在、深刻な人手不足が続いています。農林水産省の資料によれば、飲食料品製造業の有効求人倍率は3.15倍と全産業平均の1.31倍を大きく上回り、75%以上の企業が人手不足を感じているという状況です。特に目視検品のような熟練作業者の技能に依存する工程では、後継者の育成が追いつかず、属人化が大きな課題となっていました。
このTESRAY Gシリーズが注目に値するのは、単なる「色の違い」を検出する従来型の画像検査機とは一線を画す点です。ロビット社が開発したこのシステムは、検査対象が空中を落下する僅かな時間にAIが判定を行い、着地前に不良品を排出する「空中落下選別技術」を採用しています。カット野菜の変色や形状の歪み、さらには野菜と同系色の異物まで検出できるのは、AI技術に最適化された独自の撮像環境と画像処理アルゴリズムを組み合わせているためです。
興味深いのは、この装置が「軽微な変形なら出荷する」といった柔軟な選別基準を設定できる点です。従来の機械検査では難しかった「官能的な評価」をAIが学習することで、歩留まりの最適化も可能になりました。これは単なる効率化ではなく、食品ロス削減という社会課題への対応にもつながります。
処理能力については、1時間あたり数百キログラムから数トンという大量処理が可能とされており、人手による検査と比較して大幅な時間短縮を実現しています。マルハニチロは2025年4月からこのシステムを大江工場に導入し、主力商品である「横浜あんかけラーメン」の生産ラインで運用を開始しました。
今後、マルハニチロはこのシステムをグループ全体に展開する計画を示しています。これは単一工場での実験的導入ではなく、企業グループ全体のDX戦略の一環として位置づけられている点が重要です。食品製造業全体で見れば、こうしたAI検査技術の普及は、労働環境の改善、品質の均一化、そして持続可能な生産体制の構築という多面的な価値を生み出す可能性を秘めています。
一方で、AI検査装置の導入には初期投資や既存ラインとの統合、AIモデルの学習データ準備といった課題も存在します。ロビット社は導入前にAIに学習させる方式を採用し、注文から納品まで数カ月程度を要するとしていますが、これは裏を返せば、各企業の製品特性に合わせたカスタマイズが必要ということを意味しています。
【用語解説】
AI外観検査装置
人工知能を活用して製品の外観を自動的に検査する装置。従来の画像検査機では困難だった微細な欠陥や、色彩が類似した異物の検出が可能。熟練作業者の経験や勘に頼っていた官能的な判断をAIが学習することで、検査工程の自動化と品質の均一化を実現する。
空中落下選別技術
検査対象物が空中を落下する僅かな時間に撮像・AI判定・選別を行う技術。着地前に不良品を排出することで、高速かつ効率的な全数検査を可能にする。食品や農作物など不定形物の検査に適している。
歩留まり
製造工程において、投入した原材料に対して良品として出荷できる製品の割合。歩留まりが高いほど廃棄が少なく、生産効率とコスト効率が良い。AI検査装置では選別基準を柔軟に設定できるため、歩留まりの最適化が可能となる。
DX(デジタルトランスフォーメーション)
デジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセス、組織文化を変革すること。製造業では、AIやIoTなどの先端技術を導入し、生産性向上や労働環境改善を図る取り組みを指す。
有効求人倍率
求職者1人に対して何件の求人があるかを示す数値。数値が高いほど人手不足が深刻で、求職者にとっては就職しやすいが、企業にとっては人材確保が難しい状態を意味する。
【参考リンク】
マルハニチロ株式会社(外部)
水産品や冷凍食品を手がける総合食品企業。AIなどの先端技術を活用した高度な検査体制の構築を進めている。
株式会社ロビット(外部)
AIロボティクスベンチャー企業。外観検査ソリューション「TESRAY」シリーズで食品から工業製品まで幅広く対応。
TESRAY(テスレイ)(外部)
独自のハードウェア技術とAI画像処理アルゴリズムにより、人間の感性に頼る検査を自動化するソリューション。
【参考記事】
野菜が”落下中”にAI検品 マルハニチロとロビット、「カット野菜のAIモデル」開発(ITmedia NEWS)(外部)
空中落下中にAI検査を実施し、着地前に異常品を排出する仕組みを詳細に解説している記事。
食品製造業は深刻な人手不足|データから見る現状と4つの解決法を紹介(外部)
有効求人倍率3.15倍、製造業就業者数20年間で157万人減少など具体的データを提示。
食品業界(食品製造業)の人手不足の原因とは?企業として取り組む対策を解説(外部)
正社員不足51.7%、就業者数147万人減少など、2024年の調査データを報告。
食品製造業における人手不足の実態調査(富士電機株式会社)(外部)
75.8%が人手不足、離職率の高さが42.3%で最多という詳細な調査結果を掲載。
【編集部後記】
食品製造の現場で、AIが人の目を超える精度で検品を行う時代が始まっています。マルハニチロの取り組みは、労働力不足という社会課題に対する一つの解答かもしれません。
皆さんが普段何気なく手に取る冷凍食品の裏側では、こうした技術革新が静かに進んでいます。製造業のDXは、私たちの食卓の安全と、現場で働く人々の労働環境、両方を守るための挑戦です。AIと人間が協働する未来の工場について、一緒に考えてみませんか。































