トランプ政権が州のAI規制を封じる大統領令を出したわずか6日後、シリコンバレーの盟主a16zが動いた。彼らが描く連邦AI立法の青写真は、スタートアップを守りながら人々の安全も確保するという難題に、どんな解を示しているのか。
12月17日、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)が連邦AI立法のロードマップを発表した。同社は10年から20年のファンドライフサイクルを持つ。提案は9つの柱で構成される。第1はAIを責任の盾として機能させないこと、第2は13歳未満の子どもに親の同意なしのAIサービス使用を禁止すること、第3は国家安全保障リスクの管理、第4は透明性要件の定義、第5は州と連邦の役割の明確化、第6はAI対応労働力の構築、第7は国家AI競争力研究所(NAICI)の設立による競争強化、第8はAI研究への投資、第9は政府サービスへのAI採用である。
著者はジャイ・ラマスワミー最高法務・政策責任者、コリン・マキューン政府関係責任者、マット・ペロー人工知能政策責任者である。
From:
A Roadmap for Federal AI Legislation: Protect People, Empower Builders, Win the Future
【編集部解説】
シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタルa16zが、トランプ政権が州のAI規制を連邦政府が先取りする大統領令を出した直後のタイミングで、この政策提案を公開した点に注目する必要があります。2025年12月11日の大統領令署名からわずか6日後の公開であり、政策議論に影響を与える明確な意図が読み取れます。
この提案の核心は「リトルテック」と呼ばれるスタートアップの保護にあります。現在、米国では州レベルで1,000以上のAI関連法案が提出されており、各州が異なる定義、報告要件、執行メカニズムを持つ規制のパッチワークが形成されています。大企業は法務チームを使ってこの迷路を乗り越えられますが、スタートアップは製品開発ではなくコンプライアンスにリソースを費やさざるを得なくなります。
注目すべきは、国家AI競争力研究所(NAICI)の設立提案です。これはコンピューティングリソース、キュレートされたデータセット、ベンチマーク評価ツールへのアクセスを提供する共有インフラで、資金力で劣るスタートアップが大企業と対等に競争できる環境を整えようとするものです。欧州では厳格なAI法により、開発者の58%が規制による遅延を報告し、30%近くが顧客を失っていることから、米国は異なる道を模索しています。
興味深いのは、この提案が「責任の盾としてAIを使わせない」という原則を最初に掲げている点です。AIを使った詐欺は詐欺であり、技術の背後に隠れることはできないという明確な立場は、イノベーション推進と並行して実害への対処を重視する姿勢を示しています。特に子どもの保護では13歳未満の使用禁止や親のコントロール機能など、具体的な保護措置を提案しています。
しかし、この提案にはa16zの利害関係も反映されています。同社は2025年8月に1億ドル規模の政治ネットワーク「Leading the Future」に参加し、AI政策への影響力行使を強化しています。10年から20年の投資サイクルを持つ同社にとって、長期的に持続可能な規制環境の構築は投資リターンに直結する課題です。
この提案が示す「連邦政府がモデル開発を規制し、州が使用を規制する」という役割分担は、技術的には合理的に見えます。一方で、AI規制を連邦が先取りする動き全般については、州の権限を侵害するものだとして、共和党内や州政府関係者から反発が出ているのも事実です。AI規制をめぐる連邦と州の権限争いは、2026年以降の米国AI産業の競争力を左右する重要な論点となるでしょう。
【用語解説】
リトルテック(Little Tech)
a16zがスタートアップや新興企業を指す際に使用する用語。大規模な既存IT企業(ビッグテック)と対比して、資金力や法務リソースに限りがある小規模な技術企業を指す。規制のコンプライアンスコストが事業存続に直結するため、政策議論では特別な配慮が必要とされる。
ベースモデル
特定のタスクに特化する前の、大規模なデータセットで事前学習された基盤的なAIモデル。GPTやLLaMAなどが該当し、これを微調整して様々な用途に展開する。モデル開発の段階で規制すべきか、使用段階で規制すべきかが政策上の争点となっている。
CBRN
化学(Chemical)、生物(Biological)、放射線(Radiological)、核(Nuclear)の頭文字。AIがこれらの兵器開発や攻撃に悪用されるリスクを評価・管理することが、国家安全保障上の課題として議論されている。
モデルウェイト
AIモデルの学習結果として得られるパラメータ値の集合。企業秘密に相当する重要な知的財産であり、透明性要件の議論では、どこまでの情報開示を求めるかの線引きが焦点となる。
【参考リンク】
Andreessen Horowitz (a16z)(外部)
シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル企業。AI、暗号資産、バイオテクノロジーなど先端技術分野への投資を行う。
National Institute of Standards and Technology (NIST)(外部)
米国商務省配下の国立標準技術研究所。AI技術の標準化やリスク評価フレームワークの開発を担当する。
【参考記事】
President Trump’s Latest Executive Order on AI Seeks to Preempt State Laws(外部)
トランプ大統領が2025年12月11日に署名したAI大統領令について、法律事務所が連邦政府による州規制先取りの法的根拠を分析。
Trump signs executive order aimed at preventing states from regulating AI(外部)
ガーディアン紙による大統領令の報道。州レベルのAI規制に対する連邦政府の介入姿勢を批判的に検証している。
AI Regulation and Startup Growth: Europe’s Lessons for the U.S.(外部)
欧州のAI法施行後、開発者の58%が遅延を経験し、30%近くが顧客を失ったデータを紹介。米国への教訓を分析。
Andreessen Horowitz Joins $100 Million Effort to Shape AI Regulation(外部)
a16zが2025年8月に1億ドル規模の政治ネットワーク「Leading the Future」に参加したことを報じる記事。
What to Watch as White House Moves to Federalize AI Regulation(外部)
法律事務所による分析。連邦政府によるAI規制の連邦化が州の権限、既存の消費者保護法に与える影響を検討。
【編集部後記】
AI規制をめぐる米国の議論は、決して対岸の火事ではありません。日本でも政府のAI戦略会議で同様の論点が浮上しています。スタートアップを守りながら人々の安全も確保する、このバランスをどう取るべきでしょうか。
私たち自身も、日々ChatGPTやClaude、Geminiといったツールを使いながら、「このAIは本当に信頼できるのか」「子どもが使っても大丈夫なのか」と疑問を感じることがあります。同時に、規制が厳しすぎて新しいサービスが生まれなくなることへの懸念もあります。
みなさんは、AIを使う立場として、どんな保護や透明性を求めますか。そして、未来の可能性をどこまで開いておきたいと考えますか。ぜひコメント欄で教えてください。































