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ispace、JAXAと月着陸船の電動ポンプ式推進系の契約締結―2028年シリーズ3ランダーで実用化へ

[更新]2025年12月23日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

月着陸船が大型化すればするほど、従来技術の限界が露呈する。高圧タンクは重くなり、効率は悪化する。ispaceとJAXAが選んだ解は「電動ポンプ式推進系」だ。2回の失敗から学んだ教訓を武器に、2028年のシリーズ3ランダーで真価を問う。


株式会社ispaceは2025年12月23日、JAXAと「電動ポンプを用いた月着陸用推進系のリソース最適化検討」に関する契約を締結した。

従来の探査機や人工衛星では推進薬タンクを高圧に維持するタンク加圧方式が採用されてきたが、高圧に耐えるためのタンク肉厚化により重量が増加し、大型宇宙機では適用が難しい課題があった。

ispaceとJAXAは電動ポンプ式を月着陸船の推進薬供給系に適用することで、航行中の電力使用増加を最小限に抑えつつ推進系全体の軽量化を実現するための最適化検討を共同で実施する。

ispaceはミッション1および2で月周回までの輸送能力やランダーの姿勢制御、誘導制御機能を実証した。JAXAが研究してきた電動ポンプ技術の適用可能性を広げることで日本の宇宙開発における成果の最大化に貢献する。

ispaceは2027年にミッション3、2028年にシリーズ3ランダーを用いたミッション4の打ち上げを予定している。

From: 文献リンクispace、JAXAと月着陸船の推進薬供給系に関する契約を締結

【編集部解説】

月を諦めない挑戦者ispaceが、また一つ新たな技術の扉を開こうとしています。今回の契約は、月着陸船の推進系を根本から見直す挑戦であり、失敗を糧に前進を続ける同社の姿勢を象徴するものです。

従来の宇宙機では、推進薬タンクを高圧(約10〜20MPa)に維持し、その圧力だけでエンジンへ燃料を送り込む「タンク加圧方式」が主流でした。これはシンプルで信頼性の高い仕組みですが、高圧に耐えるためにタンクの壁を厚くする必要があり、機体が大型化するほど重量増加が顕著になります。ispaceが開発中のシリーズ3ランダーは従来機の約3倍、乾燥重量で約1,000kgという大型機です。この規模では、タンク加圧方式では効率が悪くなりすぎるという課題がありました。

そこで注目されるのが「電動ポンプ式」です。バッテリーで駆動するモーターがポンプを回転させ、推進薬を加圧してエンジンに送り込む仕組みです。タンク自体は低圧で済むため軽量化でき、システム全体の効率が向上します。ニュージーランドのRocket Lab社の小型ロケット「Electron」がすでに実用化しており、中国のスタートアップも再使用可能ロケットへの適用を進めています。荏原製作所は2025年9月に液体メタンと液体酸素を用いた実液試験に成功し、2028年の実用化を目指しています。

JAXAはこの電動ポンプ技術の研究を長年進めてきましたが、今回ispaceとの契約により、実際の月着陸船への適用という具体的な目標が生まれました。ispaceはミッション1(2023年4月)とミッション2(2025年6月)で月着陸に挑戦しましたが、いずれも着陸直前で失敗しています。しかし両ミッションを通じて月周回までの輸送能力、姿勢制御、誘導制御の技術は実証されました。

この経験値こそがispaceの最大の資産です。袴田武史CEOが掲げる”Never Quit the Lunar Quest”(月探査を諦めない)の精神のもと、同社は2027年のミッション3(米国法人主導)、2028年のミッション4(シリーズ3ランダーの初飛行)と、着実に次の挑戦に向けて前進しています。ミッション4では経済産業省のSBIR補助金最大120億円を活用し、本格的な商業化モデルとしての月面輸送サービスを目指します。

今回の電動ポンプ式推進系の最適化検討は、単なる技術改善ではありません。民間企業とJAXAの技術を融合させ、より効率的で経済性の高い月面輸送システムを構築する試みです。この成果は、NASAのアルテミス計画をはじめとする国際的な月探査プログラムにも貢献し、日本の宇宙開発における存在感を高めることでしょう。

失敗を重ねながらも前進を続けるispaceの挑戦は、宇宙開発が国家だけでなく民間企業の手によっても実現可能であることを証明しつつあります。電動ポンプという新技術の採用は、その道のりをより確実なものにするための重要な一歩なのです。

【用語解説】

タンク加圧方式
推進薬タンクを高圧に維持し、その圧力でエンジンへ燃料を供給する方式である。シンプルで信頼性が高いが、高圧に耐えるためタンクの肉厚化が必要で、重量が増加する課題がある。

電動ポンプ式推進系
電動モーターでポンプを駆動し、推進薬を加圧してエンジンに供給する方式である。タンクは低圧で済むため軽量化でき、推力の精密な制御も可能だ。ニュージーランドのRocket Lab社が小型ロケット「Electron」で実用化している。

シリーズ3ランダー
ispaceが2028年打ち上げ予定の大型月着陸船(仮称)である。高さ約3.6m、幅約3.3m、乾燥重量約1,000kg。従来機の約3倍の規模で、最大数百kgのペイロードを搭載可能だ。経済産業省のSBIR補助金最大120億円を活用して開発中である。

SBIR制度
Small Business Innovation Research(中小企業イノベーション創出推進事業)である。政府が中小企業の研究開発を支援する制度で、ispaceはミッション4開発で最大120億円の補助を受けている。

HAKUTO-R
ispaceが運営する民間月面探査プログラムである。2010年設立時のGoogle Lunar XPRIZEチーム「HAKUTO」の名を継承している。ミッション1、2を経て、現在ミッション3、4の開発を進めている。

【参考リンク】

株式会社ispace 公式サイト(外部)
「人類の生活圏を宇宙に広げる」をビジョンに月面資源開発に取り組む日本の宇宙スタートアップ企業

JAXA 宇宙航空研究開発機構(外部)
日本の宇宙開発を担う研究開発機関で、ロケット、人工衛星、月・惑星探査など幅広い活動を展開

経済産業省 SBIR制度(外部)
中小企業の研究開発を支援する制度で、ispaceはミッション4開発で最大120億円の補助金を獲得

荏原製作所 電動ターボポンプ開発(外部)
ロケットエンジン用電動ターボポンプの開発を進める日本の大手ポンプメーカー、2028年実用化目標

【参考記事】

月をあきらめない。ispace、新大型ランダーで2028年高精度月着陸へ(外部)
三菱電機DSPACEによるシリーズ3ランダー熱構造モデル公開記者会見の詳細レポート

ispaceが大型化した新型月着陸船の熱構造モデル公開(外部)
マイナビニュースによるシリーズ3ランダーの大型化とペイロード容量の技術解説記事

荏原製作所、宇宙輸送の新段階に向け電動ターボポンプの実液試験に成功(外部)
SPACE CONNECTによる電動ターボポンプ技術解説と液体メタン・液体酸素実液試験成功の報告

ロケットエンジンターボポンプの電動化(外部)
日本機械学会誌によるJAXA島垣満氏の電動ポンプ技術に関する専門的解説論文

ispace HAKUTO-R ミッション2 着陸失敗 – レーザー測距の遅延と減速不足が原因(外部)
2025年6月6日のミッション2失敗の経緯と原因分析、そして次への挑戦を伝えるレポート

【編集部後記】

月への挑戦は、一度や二度の失敗で諦めるようなものではありません。ispaceは2回の着陸失敗を経験しながらも、その度に学び、技術を磨き、次の挑戦へと歩を進めています。今回の電動ポンプ式推進系という新技術の採用は、より効率的で経済性の高い月面輸送を実現するための重要な一歩です。

宇宙開発はもはや国家だけの領域ではありません。民間企業が主導し、失敗から学びながら前進する時代が到来しています。みなさんは、この挑戦をどのように見守りますか?2028年のシリーズ3ランダー打ち上げまで、ともに応援していきましょう。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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