2つのNATO加盟国の情報機関は、ロシアがイーロン・マスクのStarlink衛星群を標的とする新型対衛星兵器を開発していると疑っている。AP通信が12月23日に報じた情報によると、この「ゾーン効果」兵器は数十万個の高密度ペレットをStarlinkの軌道上に放出し、複数の衛星を同時に無効化する可能性がある。
ペレットは数ミリメートルの大きさで、地上および宇宙ベースの検出システムを回避できるという。Starlinkの数千機の低軌道衛星は、4年目を迎えるロシアのウクライナ侵攻に対し、戦場通信や兵器の標的設定などでウクライナ軍の生存に重要な役割を果たしている。Starlinkの軌道は地球から約550キロメートルの高度にある。
カナダ軍宇宙部門のクリストファー・ホーナー准将は、このような攻撃による破片が制御不能になり、同じ軌道領域のすべての衛星を破壊する可能性があると警告した。フランス軍宇宙司令部は、ロシアが近年、宇宙において無責任で危険な行動を倍増させていると述べた。
From:
Starlink in the crosshairs: How Russia could attack Elon Musk’s conquering of space
【編集部解説】
従来の対衛星兵器は、2021年にロシアが実施した実験のように、単一の衛星をミサイルで破壊するものでした。しかし今回報じられた兵器は、数十万個の微小なペレットを軌道上に散布することで、広範囲の衛星を同時に無効化することを狙っています。ペレットのサイズが数ミリメートル程度であるため、現在の宇宙監視システムでは追跡が困難になる可能性があります。
この兵器が特に注目される理由は、Starlinkがウクライナ戦争で果たしている役割にあります。2022年2月の侵攻開始直後から、Starlinkは戦場通信の要となってきました。ロシアの攻撃によって地上の通信インフラが破壊された地域でも、低軌道衛星によるインターネット接続が可能になり、ウクライナ軍の指揮統制やドローン運用を支えています。
しかし、専門家たちはこの兵器の実現可能性と実用性について懐疑的な見方を示しています。最大の問題は、宇宙空間に放出されたペレットや破片を制御することが極めて困難である点です。カナダ軍宇宙部門のホーナー准将が「BBの箱を爆発させるようなもの」と表現したように、一度放出された破片は軌道上のあらゆる物体に対する脅威となります。
この兵器がもたらす潜在的なリスクは、敵対国の衛星だけでなく、ロシア自身の宇宙資産にも及びます。Starlinkの軌道は高度約550キロメートルですが、より低い軌道で運用されている国際宇宙ステーションや中国の天宮宇宙ステーションも、落下する破片の影響を受ける可能性があります。ロシアと中国は宇宙開発で協力関係にあり、このような兵器の使用は同盟国にも被害を与えかねません。
さらに重要なのは、宇宙空間全体の利用可能性が損なわれる可能性です。現代社会は通信、気象観測、GPS、地球観測など、数千機の衛星に依存しています。無差別に破片をまき散らす兵器は、特定の国や企業だけでなく、人類全体の宇宙利用を阻害する「宇宙の公害」となる恐れがあります。
一方で、この報道には別の側面も存在します。宇宙安全保障の専門家サムソン氏が指摘するように、このような「脅威」の報道が、米国や西側諸国の宇宙防衛予算の増額を正当化するための材料として使われる可能性もあります。実際に配備される見込みのない実験的な研究が、政治的・軍事的な文脈で誇張されて報じられるケースは過去にも存在しました。
今回の報道で注目すべきは、情報源が匿名の情報機関であり、米国宇宙軍やSpaceXがコメントを拒否している点です。これは情報の機密性を示すと同時に、独立した検証が困難であることも意味しています。
この事案が提起する最も本質的な問いは、宇宙空間の軍事化をどこまで許容するかという倫理的・政策的な問題です。ロシアは国連を通じて宇宙への兵器配備禁止を求める一方で、このような兵器を開発している疑いがあります。この矛盾は、宇宙空間における国際法の整備と執行の難しさを浮き彫りにしています。
長期的な視点で見れば、この報道は宇宙空間がもはや平和的利用だけの領域ではなくなったことを示しています。民間企業が運営する衛星群が軍事的標的となる時代において、宇宙ビジネスと安全保障は切り離せない関係になっています。Starlinkのような民間衛星コンステレーションが今後どのように防御されるべきか、あるいは軍事利用と民生利用の境界線をどう引くべきかという問題は、国際社会が早急に取り組むべき課題となっています。
【用語解説】
対衛星兵器(ASAT: Anti-Satellite Weapon)
軌道上の人工衛星を破壊または無力化するために設計された兵器の総称。ミサイル型、レーザー型、電磁波型など多様な方式が存在する。
ゾーン効果兵器(Zone-Effect Weapon)
特定の軌道領域全体に影響を及ぼす兵器。精密な標的攻撃ではなく、広範囲の物体に無差別に損害を与える特性を持つ。
低軌道衛星(LEO: Low Earth Orbit Satellite)
地球から高度160キロメートルから2000キロメートルの範囲を周回する人工衛星。通信遅延が少なく、地上との通信に適している。
衛星コンステレーション(Satellite Constellation)
特定の目的のために協調して動作する複数の衛星群。Starlinkは数千機規模の大規模コンステレーションである。
スペースデブリ(Space Debris)
宇宙空間に存在する人工的な破片やゴミ。使用済みロケットや衛星の破片、衝突によって生じた微小片などが含まれる。高速で移動するため衝突時の破壊力が大きい。
NATO(North Atlantic Treaty Organization)
北大西洋条約機構。欧州と北米の32カ国が加盟する集団防衛組織。1949年設立。
S-500(プロメテイ)
ロシアが開発した最新の地対空ミサイルシステム。弾道ミサイルや極超音速兵器、低軌道衛星の迎撃能力を持つとされる。
天宮宇宙ステーション(Tiangong Space Station)
中国が独自に建設・運用する宇宙ステーション。高度約400キロメートルの軌道を周回している。
【参考リンク】
Starlink(SpaceX)(外部)
SpaceXが運営する衛星インターネットサービス。低軌道衛星で世界中に高速接続を提供。
SpaceX(外部)
イーロン・マスクが創業した民間宇宙企業。ロケット再利用技術とStarlinkの運営母体。
Secure World Foundation(外部)
宇宙の平和的利用を推進する非政府組織。対衛星兵器システムの年次調査を実施。
Center for Strategic and International Studies(外部)
ワシントンD.C.の安全保障・政策シンクタンク。宇宙安全保障の分析を専門とする。
NASA Orbital Debris Program Office(外部)
NASAのスペースデブリ研究部門。軌道上の破片追跡と衝突リスク評価を実施。
United Nations Office for Outer Space Affairs(外部)
国連宇宙部。宇宙空間の平和的利用に関する国際協力と宇宙法策定を担当。
【参考動画】
How Starlink Satellite Internet Works
Real Engineering(登録者数540万人)がStarlinkの技術的な仕組みを詳細に解説。低軌道衛星の通信方法と従来の衛星インターネットとの違いを視覚的に説明。
The Growing Problem of Space Debris
Kurzgesagt – In a Nutshell(登録者数2300万人)がスペースデブリ問題を視覚的に解説。ケスラーシンドロームのリスクと宇宙開発への影響を説明。
【参考記事】
Intelligence agencies suspect Russia is developing anti-satellite weapon to target Starlink service(外部)
PBS NewsがAP通信報道を詳報。ホーナー准将インタビューとフランス軍声明を掲載。
Russia developing weapon to hit Elon Musk’s Starlink satellites: report(外部)
2021年ロシア実験で1500個以上の破片発生。ペレットのサイズと検出困難性を詳述。
Starlink in the crosshairs: How Russia could attack Elon Musk’s conquering of space(外部)
Starlink軌道高度550km。国際宇宙ステーションと天宮の低軌道リスクを分析。
Is Russia Developing New Weapon To Target Elon Musk’s Starlink Satellites? What We Know(外部)
ロシアのS-500システムの低軌道攻撃能力。商業衛星標的化の警告経緯を説明。
【編集部後記】
宇宙空間が「誰のものでもない場所」から「誰もが依存する場所」へと変わりつつある今、私たちは新たな問いに直面しています。民間企業が運営する衛星が軍事的標的となる時代において、宇宙の平和的利用と安全保障のバランスをどう取るべきでしょうか。
また、一度破壊されれば世代を超えて影響が残るスペースデブリの問題は、地球環境問題と同じく人類全体で向き合うべき課題かもしれません。みなさんは、宇宙空間の軍事化についてどのようにお考えですか。innovaTopia編集部は、この問題の行方を読者のみなさんと共に見守っていきたいと思います。































