連続成功で軌道に乗り始めたはずのH3ロケットに、再び試練が訪れました。今回明らかになったのは、「確立された技術」とされてきた衛星フェアリング分離での想定外の異常—日本の宇宙輸送システムが直面する新たな課題の全容をお伝えします。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構は2025年12月25日、宇宙開発利用部会 調査・安全小委員会第58回において、H3ロケット8号機の打上げ失敗原因究明状況を報告した。2025年12月22日10時51分30秒に種子島宇宙センターから打ち上げたH3ロケット8号機は、準天頂衛星システム「みちびき5号機」の軌道投入に失敗した。
第2段エンジン第2回燃焼が正常に立ち上がらず早期停止したことが直接の原因である。衛星フェアリング分離時、打上げ後225秒に従来の号機とは異なる大きな加速度が検出され、その後第2段液体水素タンク圧力が低下した。第1回燃焼では燃焼圧力が通常の約80%で開始し約65%まで低下、液体水素ターボポンプ回転数は定格を40%以上超過した。
山川宏理事長を本部長とする対策本部を12月22日に設置し、三菱重工業と連携して原因究明を進めている。
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H3ロケット8号機の打上げ失敗原因調査状況について(宇宙開発利用部会 調査・安全小委員会(第58回))

【編集部解説】
今回のH3ロケット8号機の失敗は、日本の宇宙開発にとって深刻な意味を持ちます。特に注目すべきは、衛星フェアリング分離という、ロケット打上げでは「確立された技術」とされてきた部分で異常が発生した点です。
フェアリングとは、打上げ時に人工衛星を保護する”鼻先のカバー”のことで、大気圏を抜けた後に左右に分離されます。H3ロケットのフェアリングは、直径5.2m、全長約10.4mという日本最大級のもので、火工品(導爆線)を使って数百本のボルトを瞬時に切断する仕組みです。この技術自体はH-IIロケットから同一設計を踏襲してきた実績のあるものでした。
しかし今回、分離時の加速度データに2つの異常が現れました。従来は18Hz程度の高周波で小さな振幅だったものが、8号機では6〜7Hzの低周波で振幅が大きく、しかも1.5秒ほどかけてゆっくり収束するという特徴を示しています。この「想定外の衝撃」が何を意味するのか、現時点では断定できません。
問題はこの直後から始まりました。第2段の液体水素タンク圧力が急速に低下し、エンジンは極めて厳しい条件下での運転を強いられます。燃焼圧力が通常の65%まで落ち込み、液体水素ターボポンプの回転数は定格を40%以上も超過しました。これは設計認定範囲を完全に逸脱した異常事態です。
それでもLE-5B-3エンジンは計画より24秒も長く燃焼を続け、第1回燃焼を完遂しました。この「粘り強さ」は、日本のロケットエンジン技術の高さを示すものといえるでしょう。しかし第2回燃焼では、さらに悪化した条件下で正常な燃焼に至ることができませんでした。
今回の失敗が特に重要なのは、H3ロケットがようやく軌道に乗り始めた矢先だったという点にあります。2023年3月の初号機失敗から立ち直り、2024年2月の2号機で成功を収めて以降、3、4、5、7号機と成功を重ねてきました。8号機は「安定運用期」に入ったはずのH3にとって、予想外の挫折となります。
準天頂衛星システム「みちびき」は、GPSを補完・補強する日本独自の測位システムです。5号機の喪失により、システム拡張計画に遅れが生じることは避けられません。測位精度の向上は、自動運転やドローン配送、防災など、社会インフラの基盤となる技術です。
JAXAは現在、カメラ映像とテレメータデータの詳細解析、故障の木解析(FTA)、製造記録の調査を進めています。フェアリング分離時の異常な挙動がなぜ発生したのか、それがタンク圧力低下にどう結びついたのか、メカニズムの解明には時間を要するでしょう。
H3ロケットは日本の宇宙輸送の中核を担う存在であり、ここでの失敗は国際的な信頼性にも影響します。原因究明と再発防止策の徹底が、今後の宇宙開発の命運を握っているといっても過言ではありません。
【用語解説】
衛星フェアリング
ロケット先端部に取り付けられる保護カバー。打上げ時の空気抵抗や熱、音響から衛星を守る役割を持つ。大気圏を抜けた後、火工品(導爆線)で分離される。H3ロケットでは直径5.2m、全長約10.4mのショート型と約15mのロング型、ワイド型が存在する。
第2段エンジン(LE-5B-3)
H3ロケットの上段に搭載される液体水素・液体酸素エンジン。推力14トン。宇宙空間での軌道投入を担当する。LE-5Bエンジンの改良型で、H-IIAロケットから続く信頼性の高いエンジン系統に属する。
液体水素(LH2)タンク
第2段に搭載される極低温の液体水素を貯蔵するタンク。マイナス253度の液体水素を保持し、エンジンへ供給する。タンク内の圧力管理が極めて重要で、圧力低下はエンジン性能に直結する。
ターボポンプ
液体燃料を高圧でエンジンに送り込む回転式ポンプ。超高速回転(数万回転/分)で作動し、ロケットエンジンの心臓部とされる。定格を大幅に超える回転は機械的破損のリスクを伴う。
FTA(故障の木解析:Fault Tree Analysis)
システムの故障や事故の原因を論理的に分析する手法。トップの事象(今回は打上げ失敗)から、考えられる原因を木の枝のように展開し、根本原因を特定していく。
H3-22S形態
H3ロケットの機体構成を示す呼称。最初の数字「2」は第1段エンジン(LE-9)の基数、2番目の「2」は固体ロケットブースタ(SRB-3)の本数、「S」はショート型フェアリングを意味する。
準天頂軌道
日本の天頂付近を長時間通過する特殊な軌道。衛星が常に高い仰角で見えるため、ビルや山に遮られにくく、高精度な測位サービスを提供できる。
【参考リンク】
JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う中核機関。ロケット開発、人工衛星、国際宇宙ステーション運用、惑星探査など幅広い分野を手掛ける。
H3ロケット8号機の打上げ失敗に関する対応状況(外部)
JAXAによる今回の失敗に関する公式情報ページ。対策本部の設置、調査状況、関連資料などが随時更新されている。
準天頂衛星システム「みちびき」公式サイト(外部)
内閣府が運用する日本版GPS補完システムの公式サイト。測位精度や利用方法、対応機器情報などを提供している。
種子島宇宙センター(外部)
鹿児島県南種子町にある日本最大のロケット打上げ施設。大型ロケットの組立棟や発射台を擁し、H3ロケットの打上げ拠点。
【参考動画】
H3ロケット8号機打上げライブ配信(JAXA公式)。打上げ当日のライブ配信アーカイブ。リフトオフから異常発生までの一連の様子を確認できる。
【参考記事】
Excessive Fairing Separation Impact Found in H3 Rocket Failure(外部)
フェアリング分離時の過大な衝撃を報告。従来の18Hz程度の振動が6〜7Hzの低周波に変化し、振幅も大幅増大した技術的詳細を伝える。
Japan-style GPS faces delay after H3 rocket’s failed bid to deliver satellite(外部)
毎日新聞英語版の報道。みちびき5号機の喪失により準天頂衛星システムの拡張計画に遅れが生じることを指摘している。
Launch Failure of the 8th H3 Launch Vehicle and Setting up Investigation Committee(外部)
JAXA公式の英語版プレスリリース。山川宏理事長を本部長とする対策本部の設置と調査体制について詳述している。
【編集部後記】
失敗から学び、再び立ち上がる——その過程こそが、技術進化の本質かもしれません。今回のH3ロケットの課題は、これまで「確立されていた」とされる技術にも未知の領域があることを示しています。
みなさんは、宇宙開発における「失敗」をどう捉えますか? 挑戦を続けることの意味、そして日本の宇宙輸送技術がこれからどのような道を歩むのか。原因究明の続報とともに、一緒に見守っていければと思います。もしご意見やお考えがあれば、ぜひお聞かせください。































