キングス・カレッジ・ロンドンのネッサ・ケド上級講師は、ChatGPTが広告分野に与える影響について論じた。OpenAIのChatGPTは週間8億人のユーザーを抱え、同社は広告モデルの導入を検討している。2025年10月、OpenAIは購入を自動化できる検索ブラウザーChatGPT Atlasを導入した。
エージェントモードでは、ブラウザー履歴を保存し、過去に閲覧した商品をバスケットに追加できる。米国ではShopifyとEtsyと提携したインスタントチェックアウト機能も提供されている。OpenAIの最高財務責任者サラ・フライアーは広告モデルを検討中と述べ、MetaやGoogleから広告専門家を採用している。一部ユーザーからの批判を受け、ショッピング機能は2025年12月に一時的に削除された。ケド氏は、透明性の欠如と脆弱なユーザーへの影響を懸念している。
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How ChatGPT could change the face of advertising, without you even knowing about it
【編集部解説】
OpenAIが広告ビジネスへの参入を本格的に検討していることは、AI業界にとって重要な転換点を意味します。週間8億人のユーザーを抱えるChatGPTに広告が組み込まれることで、デジタル広告の概念そのものが変わる可能性があります。
この記事で触れられている「ChatGPT Atlas」は、2025年10月21日に発表されたChatGPT統合型のウェブブラウザーです。現在はmacOSのみで利用可能で、WindowsやiOS、Android版は近日公開予定とされています。Atlasは単なる検索機能を超え、ユーザーの閲覧履歴と連携し、プロアクティブな推奨を行う点が特徴です。
注目すべきは、OpenAIの広告戦略が従来のバナー広告やポップアップとは根本的に異なるアプローチを目指している点です。The Informationなど複数の報道によると、同社は「インテント・ベースのマネタイゼーション」と呼ぶ戦略を検討しており、AIが生成する回答の中にスポンサードコンテンツを自然に織り込む形式を模索しています。
具体的には、ユーザーが「どのマスカラが良いか」と質問した際に、Sephoraなどの協賛ブランドの製品が優先的に推奨される仕組みです。内部のモックアップでは、サイドバーに広告を表示する案や、会話が一定段階に達した後に関連する有料ツアーなどのスポンサードリンクを提示する案が検討されています。
そこで注目されているのが、会話履歴やブラウザーメモリーを活用したより高度なターゲティング広告です。OpenAI CEOのサム・アルトマンは以前、会話履歴に基づく広告を「ディストピア的な未来」と批判していましたが、現在同社が開発を進めているのはまさにその仕組みです。Atlasの「ブラウザーメモリー」機能は、訪問したサイトから重要な情報を記憶し、後の会話で文脈を提供します。この技術は広告のパーソナライゼーションにも応用可能です。
財務的な圧力も無視できません。OpenAIの最高財務責任者サラ・フライアーは広告モデルを検討中と公言し、GoogleやMetaから広告専門家を採用しています。同社の急速な成長には莫大なインフラ投資が必要であり、広告は有料サブスクリプションやAPI収益を補完する重要な収益源となり得ます。
一方で、ユーザーからの反発も現実のものとなっています。2025年12月には、ユーザーが「販売されている」と感じたショッピング機能が一時的に削除されました。透明性とユーザー体験の維持は、OpenAIにとって最大の課題です。
記事が指摘する東アジアのプラットフォーム、特にWeChatとの比較は示唆に富んでいます。WeChatはeコマース、ゲーム、メッセージング、通話、SNSを統合し、広告を中核に据えたスーパーアプリです。西洋のプラットフォームはこのモデルに遅れをとっており、Atlasのような統合ブラウザーが同様の方向性を示唆しています。
技術的には可能であっても、倫理的な問題は残ります。広告がAIの回答に組み込まれると、ユーザーは何が客観的な情報で何が有料のプロモーションなのか判別が困難になります。特に医療や金融など、重要な意思決定が関わる分野では、この曖昧さが深刻な影響をもたらす可能性があります。
規制面でも動きがあります。GoogleはGeminiに2026年に広告を導入すると広告主に伝えており、AI広告市場の競争が激化しています。各国の規制当局もAIプラットフォームにおける広告の透明性に注目し始めています。
innovaTopiaの読者の皆さんにとって重要なのは、この変化が単なる広告手法の進化ではなく、情報へのアクセス方法そのものの変容を意味するという点です。従来の検索エンジンでは、広告とオーガニック結果が明確に区別されていました。しかし、対話型AIでは、その境界線が曖昧になります。
この新しいパラダイムは、デジタルリテラシーの再定義を迫るものです。私たちは、AIアシスタントからの情報を批判的に評価し、その背後にある経済的インセンティブを理解する能力を身につける必要があります。
【用語解説】
リターゲティング
一度ウェブサイトを訪問したユーザーに対し、その後も繰り返し同じ広告を表示するマーケティング手法。ユーザーが閲覧した商品の広告が他のサイトでも追いかけてくるような体験を生み出す。消費者調査では、過度なリターゲティングは不快感を与えることが示されている。
消費者ジャーニー
顧客が商品やサービスを認知してから購入に至るまでのプロセス全体を指すマーケティング用語。認知、興味・関心、比較検討、購入、購入後といった各段階で、企業は異なるアプローチを取る。AIはこのジャーニー全体に介入し、各段階を自動化する可能性がある。
エージェントモード
ChatGPT Atlasに搭載された機能で、AIが自律的にウェブページを操作し、タスクを実行する。例えば、ユーザーの指示に基づいて商品を検索し、カートに追加するなど、複数ステップの作業を代行できる。現在はPlus、Pro、Business向けのプレビュー機能として提供されている。
ブラウザーメモリー
ChatGPT Atlasが訪問したウェブサイトの内容や文脈を記憶する機能。ユーザーは後から「先週見ていた求人情報を全部見つけて、業界トレンドのサマリーを作成して」といった質問ができる。プライバシー設定で管理可能で、閲覧履歴を削除すると関連メモリーも削除される。
インスタントチェックアウト
ChatGPTがShopifyやEtsyと提携して提供する機能。ユーザーがプラットフォームを離れることなく、ChatGPT内で直接商品を閲覧・購入できる。現在は米国のみで利用可能。小売業者は売上に対して少額の手数料を支払い、これがOpenAIの収益源となる。
インテント・ベースのマネタイゼーション
OpenAIが内部で使用している用語で、ユーザーの意図(購買意欲など)に基づいて収益化を図る戦略を指す。単に答えを提供するだけでなく、適切なタイミングで商品やサービスを推奨し、そこから収益を得る仕組み。
サブリミナル広告
意識下で作用する広告手法。明示的に「広告」と認識できない形で、ブランドメッセージや商品推奨が組み込まれる。透明性が低く、消費者が広告と気づかないまま影響を受ける可能性がある。
スーパーアプリ
単一のアプリケーション内で、メッセージング、決済、eコマース、ゲーム、SNSなど複数のサービスを提供するプラットフォーム。WeChatが代表例で、ユーザーは一つのアプリで日常生活のほぼすべてのデジタルタスクを完結できる。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTを開発する人工知能研究企業。2025年10月時点で週間8億人のユーザーを抱える。
ChatGPT Atlas(外部)
OpenAIが2025年10月21日に発表したChatGPT統合型ウェブブラウザー。macOS版のみ提供中。
WeChat(微信)(外部)
中国Tencentが運営するスーパーアプリ。メッセージング、決済、eコマースなど多機能を統合。
Shopify(外部)
カナダ発のeコマースプラットフォーム。ChatGPTのインスタントチェックアウト機能と提携。
Etsy(外部)
ハンドメイド品やヴィンテージ商品に特化したオンラインマーケットプレイス。2005年設立。
The Conversation(外部)
学術専門家が一般読者向けに記事を執筆する非営利メディア。2011年設立。
King’s College London(外部)
1829年設立の英国を代表する研究大学。本記事の著者ネッサ・ケド氏が所属。
【参考記事】
Sam Altman says ChatGPT has hit 800M weekly active users | TechCrunch(外部)
OpenAI CEOサム・アルトマンが2025年10月6日のDev Dayで週間8億ユーザーを発表。
OpenAI discusses an ad-driven strategy | Search Engine Land(外部)
OpenAIがAI生成回答内に広告を表示する計画を模索中。GoogleやMetaと競合する可能性。
Report: OpenAI may embed sponsored content | THE DECODER(外部)
OpenAIがChatGPTの回答にスポンサードコンテンツを直接組み込む方法を検討中と報告。
Introducing ChatGPT Atlas | OpenAI(外部)
OpenAI公式によるChatGPT Atlasの発表記事。エージェントモードやブラウザーメモリー搭載。
OpenAI launches an AI-powered browser | TechCrunch(外部)
TechCrunchによるChatGPT Atlas発表の詳細報道。Googleの検索市場に挑戦する一歩。
OpenAI explores conversational ads | SiliconANGLE(外部)
OpenAIが「インテント・ベースのマネタイゼーション」戦略を検討中。推奨機能が進化。
ChatGPT to Add Ads? | AIbase(外部)
OpenAIの従業員が消費者の質問に対してスポンサー情報を優先表示する方法を研究中。
【編集部後記】
AIアシスタントからの情報が、客観的な回答なのか、それとも広告なのか。この境界線が曖昧になる未来は、もうすぐそこまで来ています。皆さんは、ChatGPTのような対話型AIに何を求めていますか。便利さと引き換えに、透明性を失うことは許容できるでしょうか。
私たちも、この問いに明確な答えを持っているわけではありません。ただ、テクノロジーの進化が私たちの情報環境をどう変えるのか、一緒に考え続けたいと思っています。皆さんがAIツールを使う際に感じる違和感や、逆に便利だと感じる瞬間があれば、ぜひ共有していただけると嬉しいです。































