The Registerは2025年12月26日、Wi-Fi 8についてIntel公式サイトのカルロス・コルデイロ氏の「Wi-Fi 8が速度向上ではなく信頼性の向上に焦点を当てた規格になる」とする発言を取り上げた。
Wi-Fi 8はWi-Fi 7と比較してピークデータレートの増加や、より広いチャネル、高次の変調方式は導入しないが、同じ範囲でより高いデータレートを実現する。また、検討されている仕様には、アクセスポイント間のハンドオフ遅延を大幅に低減するためのシームレスローミング機能、各空間ストリームが最適なコーディング方式を使用できるMIMOの改良や、Wi-Fi 7よりも長いLDPCコードワードを用いたエラー訂正の強化が含まれる。優先EDCAにより高優先度トラフィックを優先処理する機能も追加予定だ。
Wi-Fi 8は2.4GHz、5GHz、6GHzの帯域で動作し、320MHzチャネル帯域幅を使用する。Wi-Fi 5、6、7デバイスとの後方互換性を持つ。チップメーカーのBroadcomはWi-Fi 8シリコンを発表済みだが、Intelは認証完了まで待つ方針である。
なお、Wi-Fi 8(IEEE 802.11bn)は現在も標準策定が進行中であり、ここで紹介している技術要素や性能目標は、現時点で公表されている情報や関係者の発言に基づくもので、最終仕様で変更される可能性がある。
From:
Coming Wi-Fi 8 will bring reliability rather than greater speed
【編集部解説】
Wi-Fi規格の進化は、これまで一貫して「より速く」を追求してきました。Wi-Fi規格は世代を重ねるごとに理論上の最大速度を引き上げ、数字上のスペック競争が続いてきたのです。しかしWi-Fi 8は、この流れを大きく転換します。
今回Intelが示した方向性は、ピーク速度の向上ではなく「実効速度の安定化」です。これは技術的な成熟を意味しています。Wi-Fi 7で到達した320MHzチャネル幅や最高変調方式をそのまま維持しながら、実際の使用環境でいかに安定したパフォーマンスを発揮するかに焦点を移したのです。
特に注目すべきは、MIMOの各ストリームが独立したコーディング方式を選択できる仕組みです。従来は全ストリームが同じ方式を使うため、一つでも信号が弱いストリームがあると全体のパフォーマンスが低下していました。Wi-Fi 8ではストリームごとに最適化されるため、電波環境が不均一な実環境でも速度低下を抑えられます。
ローミング性能の改善も実用上の大きな進化です。現在の数十ミリ秒から一桁ミリ秒への短縮は、Wi-Fi通話やビデオ会議の途切れを解消します。企業のキャンパスネットワークや大規模オフィスでは、この改善が生産性に直結するでしょう。
優先EDCAによるトラフィック制御は、家庭内の多様なデバイス利用を想定したものです。ビデオ会議、オンラインゲーム、動画ストリーミングが同時に行われる環境で、重要な通信を優先的に処理できます。
一方で、Wi-Fi 8の普及には時間がかかる見込みです。Broadcomが2024年10月にチップセットを発表している一方、Intelは認証完了を待つ慎重な姿勢を示しています。実際にデバイスに搭載されるまでには数年を要するでしょう。
またIntelが強調する「環境センシング」機能は、プライバシーへの配慮が必要です。電波で人の存在や動きを検知する技術は便利ですが、同意なき監視にもつながりかねません。この点については今後の議論が必要です。
AI時代のインフラとしてWi-Fiを位置づけるIntelの戦略は理にかなっています。クラウドベースのAIサービスが普及する中、ネットワークがボトルネックになれば、どれほど強力なクラウド資源も活用できません。Wi-Fi 8は、この課題に対する一つの回答と言えるでしょう。
【用語解説】
Wi-Fi 8
IEEE 802.11bnと呼ばれる次世代無線LAN規格。速度向上ではなく信頼性と安定性の向上に焦点を当てた規格で、2027年頃の実用化が見込まれている。
MIMO(Multiple Input Multiple Output)
複数のアンテナを使って同時に複数のデータストリームを送受信する技術。空間多重化により通信速度と信頼性を向上させる。
MCS(Modulation and Coding Scheme)
変調およびコーディング方式。無線通信において、電波の状態に応じてデータの符号化方法と変調方式を選択する仕組み。
LDPC(Low-Density Parity Check)
低密度パリティチェック。誤り訂正符号の一種で、ノイズの多い通信路でもデータを正確に復元できる技術。
EDCA(Enhanced Distributed Channel Access)
拡張分散チャネルアクセス。Wi-Fiにおいて、トラフィックの種類に応じて優先度を設定し、重要な通信を優先的に処理する仕組み。
IEEE P802.11bi
Wi-Fiの管理フレームやハンドシェイクプロセスに対するセキュリティ強化を定める規格。なりすまし攻撃からの保護を向上させる。
【参考リンク】
Intel(外部)
半導体チップの設計・製造を行う米国企業。Wi-Fi 8の技術開発を主導している。
Broadcom(外部)
米国の半導体メーカー。2024年10月にWi-Fi 8対応シリコンを発表した。
Wi-Fi Alliance(外部)
Wi-Fi規格の認証と普及を推進する業界団体。製品の相互運用性を保証する。
【参考記事】
Broadcom Introduces Industry’s First Wi-Fi 8 Silicon Ecosystem Powering the AI Era(外部)
Broadcomが発表した業界初のWi-Fi 8チップセットの公式リリース。AI時代に対応する高性能・低遅延な仕様の詳細。
IEEE SA – P802.11bn Standard for Information technology–Telecommunications and information exchange between systems Local and metropolitan area networks–Specific requirements(外部)
IEEEによる公式規格概要。スループットや遅延改善の具体的数値目標(25%向上など)が定義された一次情報。
Wi-Fi 8: Advancing wireless through ultra-high reliability(外部)
Qualcommによる解説記事。ピーク速度競争から「超高信頼性(UHR)」へシフトした戦略的背景と実環境でのメリット。
【編集部後記】
Wi-Fiの進化は、数字上のスペック競争から実用性の追求へと舵を切りました。みなさんは、ビデオ会議中に別の部屋へ移動したときの途切れや、家族が同時にネットを使うときの遅延にストレスを感じたことはありませんか。
Wi-Fi 8が目指すのは、まさにこうした日常的な不満の解消です。数年後、私たちの働き方や暮らし方は、この「見えないインフラ」の進化によってどう変わるでしょうか。AIサービスが当たり前になる時代に、ネットワークの信頼性がどれほど重要になるか、一緒に考えてみませんか。































