米中の技術覇権争いが激化する中、韓国が放った一手が世界の注目を集めている。SK Telecomが発表した519Bパラメータの超大規模AIモデル「A.X K1」は、単なる技術デモンストレーションではなく、国家主導で推進する「AI主権」戦略の具現化だ。
SK Telecom(NYSE: SKM)は2025年12月27日、5190億(519B)パラメータを持つ韓国初のハイパースケールAIモデル「A.X K1」を発表した。このモデルは韓国政府の「ソブリンAI基盤モデル」プロジェクトの一環であり、特に70Bスケール以下の小規模モデルへ知識を転移する「ティーチャーモデル」として機能する。
SK Telecom主導のコンソーシアムには、SK Telecom、Krafton、42dot、Rebellions、Liner、SelectStar、ソウル大学校、KAISTの8組織が参加している。A.X K1は、1000万人以上の加入者を持つA.や、1100万人以上の加入者を持つLinerのサービスを通じて提供される。
コンソーシアムは2018年からLLM開発に取り組んでおり、SK hynix、SK Innovation、SK Broadbandなど20以上の機関が参加意向書を提出済みである。
A.X K1は韓国のAIエコシステム全体にオープンソースとしてリリースされる予定だ。
From:
SK Telecom Unveils A.X K1, Korea’s First 500B-Scale Hyperscale AI Model
【編集部解説】
今回のA.X K1発表は、単なる大規模AIモデルのリリースではありません。韓国が国家戦略として掲げる「AIソブリンティ(AI主権)」の実現に向けた、きわめて政治的かつ技術的な一手と言えます。
519Bパラメータという規模は、GPT-4o や Claude 3.5 Sonnet と同等クラスと見られる超大規模モデルに位置づけられます。ただし、これら米国製モデルのパラメータ数は公式には公開されておらず、単純な数値比較は推定に基づくものである点には留意が必要です。
特筆すべきは「ティーチャーモデル」としての位置づけです。これは知識蒸留(Knowledge Distillation)という技術を前提にしたもので、大規模モデルの知識を小規模モデルに転移させることで、エッジデバイスやモバイル端末でも高性能なAIを動作させることが可能になります。
韓国は米中の技術覇権争いの狭間で、独自のAI基盤を構築する必要性に迫られています。SK Telecomを中心とした8組織のコンソーシアム体制は、半導体からサービスまでの「フルスタック」を国産技術で賄う意図が明確です。これは単なる技術開発ではなく、データ主権やサプライチェーンの自律性を確保する国家戦略の一環と言えるでしょう。
オープンソース化の方針も興味深い点です。競争優位性を保ちながら、国内のAIエコシステム全体を底上げするという戦略は、韓国が「グローバルトップ3」を目指す上で、単独企業ではなく国家として競争する姿勢を示しています。
リスクとしては、実際の性能がベンチマーク上でどこまで既存の主要モデルと競合できるかが未知数である点、また1000万ユーザー規模のサービス基盤を持つとはいえ、グローバル展開における言語的・文化的な障壁が存在する点が挙げられます。
【用語解説】
ハイパースケールAIモデル
数千億パラメータ規模を持つ超大規模な言語モデルのこと。高度な推論能力や多言語処理能力を持つが、膨大な計算資源と電力を必要とする。
パラメータ
AIモデルが学習によって獲得する内部変数の数。この数が多いほどモデルの表現力が高まるとされるが、必ずしもパラメータ数と性能が比例するわけではない。
ティーチャーモデル(教師モデル)
知識蒸留において、小規模な「生徒モデル」に知識を転移させる役割を担う大規模モデル。A.X K1は特に70B以下の小規模モデルへの知識転移を想定している。
知識蒸留(Knowledge Distillation)
大規模AIモデルが持つ知識やパフォーマンスを、より小規模で軽量なモデルに転移させる技術。モバイルデバイスやエッジ環境での高性能AI実行を可能にする。
AIソブリンティ(AI主権)
自国のデータや技術基盤を他国に依存せず、独自のAI開発・運用能力を保持する国家戦略。米中の技術覇権競争の中で、韓国などが重視している概念である。
フルスタック
半導体、データセンター、AIモデル、サービスまで、技術開発のあらゆる層を垂直統合して自前で構築する体制のこと。
エッジデバイス
クラウドに依存せず、端末側(スマートフォン、IoT機器など)で直接データ処理や推論を行うデバイスのこと。
【参考リンク】
SK Telecom 公式サイト(英語)(外部)
韓国最大手の通信事業者。AIインフラ、AI変革、AIサービスの3分野に注力し、AI企業への変革を進めている。
Krafton 公式サイト(外部)
『PUBG』で知られる韓国のゲーム開発企業。A.X K1コンソーシアムでマルチモーダル研究開発の経験を提供。
Rebellions 公式サイト(外部)
韓国のAI半導体スタートアップ。国産NPU技術の開発を手がけ、A.X K1の効率性向上に貢献している。
Liner 公式サイト(外部)
世界中で1100万人以上のユーザーを持つ専門知識検索サービス。A.X K1により多言語での高精度検索を目指す。
KAIST(韓国科学技術院)公式サイト(英語)(外部)
1971年設立の韓国を代表する理工系大学。A.X K1コンソーシアムに参加し技術研究面で貢献している。
SK hynix 公式サイト(英語)(外部)
世界第2位のメモリ半導体メーカー。A.X K1の検証と活用に参加意向を示している20以上の機関の1つ。
【参考記事】
Parameter Size of GPT-4o and Claude 3.5 Sonnet – Reddit(外部)
GPT-4oやClaude 3.5 Sonnetのパラメータ数に関する技術コミュニティでの議論。A.X K1の519Bと比較する参考情報。
Knowledge distillation: a way to make a large model more efficient(外部)
知識蒸留技術の詳細な解説記事。A.X K1のティーチャーモデルとしての役割を理解する上で重要な情報源。
South Korea’s Sovereign AI Gambit: A High-Stakes Experiment in Autonomy(外部)
韓国のAI主権戦略に関する分析記事。米中技術覇権争いの中での韓国の戦略的意図が解説されている。
Beyond ambition: LG charts Korea’s path to AI sovereignty(外部)
LGなど韓国企業のAI主権への取り組みを報じる記事。国家戦略として複数企業が協力する構図が描かれる。
【編集部後記】
韓国が国を挙げてAI主権を追求する姿勢は、私たちにとっても他人事ではありません。日本もまた、米中の技術覇権争いの狭間で独自の立ち位置を模索する必要があるからです。
519Bパラメータという数字の大きさだけでなく、「ティーチャーモデル」として小規模モデルに知識を転移させる戦略に注目してみてください。これは単なるスペック競争ではなく、エコシステム全体を育てる設計思想です。みなさんは、AIの「主権」という概念をどう捉えますか。一緒に考えていきたいテーマです。































