Snowflake CEOのシュリダル・ラマスワミ氏が、2026年のエンタープライズAIに関する7つの予測をFortune誌に寄稿した。
第一に、DeepSeekのような新しいトレーニングアプローチにより、ビッグテックのAIモデル支配が緩み、より多くの組織がオープンソース基盤モデルをカスタマイズして独自モデルを作成する。第二に、HTTPのようにエージェントが異なるシステム間で連携できる支配的なAIプロトコルが登場する。第三に、AIを創造性の増幅に使うチームと松葉杖として使うチームの分断が生まれ、前者が業界を支配する。第四に、成功するAI製品はユーザー行動からの継続的学習を組み込む。第五に、企業は大規模展開前にエージェントの正確性測定を要求する。第六に、実行が商品化され、アイデアの質がボトルネックとなる。第七に、従業員が選ぶChatGPTやClaudeなどの無料ツールがボトムアップで企業AI導入を推進する。
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Snowflake CEO Sridhar Ramaswamy: 7 predictions for enterprise AI in 2026

【編集部解説】
Snowflake CEOのシュリダル・ラマスワミ氏による7つの予測は、2026年がAI導入における「実験段階」から「実装段階」への転換点となることを示唆しています。特に注目すべきは、この予測が単なる未来予想ではなく、データクラウド企業のトップが現場で目撃している変化を言語化したものだという点です。
DeepSeekの登場が象徴するように、AIモデル開発の民主化は既に現実のものとなっています。従来は数百億円規模の投資が必要だったAIモデル開発が、Chain of Thought推論やModel Distillationといった効率的な手法により、より少ないリソースで実現可能になりました。これは単なるコスト削減ではなく、AIの主導権がビッグテックから多様なプレイヤーへと移行する構造変化を意味します。
AIエージェント間の連携プロトコル標準化については、2025年にAnthropicのModel Context Protocol(MCP)やGoogleのAgent2Agent(A2A)が既にLinux Foundationに寄贈されており、予測というより進行中の現実です。HTTPがウェブを解放したように、これらのプロトコルは異なるベンダーのAIエージェントを相互運用可能にし、ベンダーロックインを排除します。
一方で「AIスロップ」(AI生成の粗悪コンテンツ)への警鐘は、AI活用における本質的な問いを投げかけています。AIは思考を代替するツールではなく、増幅するツールであるべきです。創造性の源泉が人間にある限り、AIを使いこなす組織と依存する組織の格差は拡大し続けるでしょう。
継続学習とフィードバックループの組み込みは、AIシステムの進化速度を決定的に左右します。Googleの検索アルゴリズムがユーザーのクリック行動から学習したように、ユーザーの受諾・拒否データを取り込むAIは静的モデルより圧倒的に速く改善します。この複利効果により、早期に実装した企業は競合との差を広げ続けることができます。
企業がAIエージェントを本格導入する際の最大の障壁は、信頼性の定量化です。消費者向けAIは多少の誤りが許容されますが、「昨日の売上高」のような業務クリティカルな質問には100%の正確性が求められます。Gartnerは2026年までに企業アプリの40%がタスク特化型AIエージェントを搭載すると予測しており、ドメイン特化型の評価フレームワーク開発が急務となっています。
「アイデアがボトルネックになる」という指摘は、AIが労働市場に与える影響の本質を突いています。実装スキルが商品化される一方で、戦略的思考と適切な問いを立てる能力の価値は上昇します。これは教育システムや人材育成のあり方を根本から問い直す契機となるでしょう。
シャドーAI(従業員による非公式なAIツール利用)については、両面性があります。確かにセキュリティリスク、コンプライアンス違反、データ主権の問題を引き起こす可能性があります。しかし同時に、現場が本当に必要とする機能を示すシグナルでもあります。禁止一辺倒ではなく、従業員が実証したユースケースを正式なAI戦略に取り込む柔軟性が求められます。
2026年は、AIが「持っているか否か」ではなく「どう使いこなすか」で競争が決まる年となるでしょう。評価フレームワークの構築、検証された精度による信頼確立、従業員のAIリテラシー向上——これらの戦略的規律を持つ組織が、次の時代のリーダーとなります。
【用語解説】
AIエージェント
特定のタスクを自律的に実行できるAIシステム。ユーザーの指示を受けて推論・計画・行動を行い、複数のツールやシステムと連携しながら目的を達成する。従来のチャットボットと異なり、複雑な業務プロセスを自動化できる。
オープンソース基盤モデル
ソースコードやモデルの重みパラメータが公開されており、誰でも自由に利用・改変・再配布できるAIモデル。企業は独自データでカスタマイズし、自社専用のAIシステムを構築できる。
HTTPプロトコル
Hypertext Transfer Protocolの略。ウェブブラウザとサーバー間でデータをやり取りするための通信規約。この標準化により、異なる企業のシステム同士が相互接続可能となり、インターネットの爆発的普及を支えた。
ベンダーロックイン
特定のベンダー(供給業者)の製品やサービスに依存してしまい、他社製品への乗り換えが困難になる状態。技術的・経済的な制約により、顧客の選択肢が制限される。
AIスロップ
AIが生成した品質の低いコンテンツを指す俗語。独創性や深い洞察がなく、一般的で画一的な内容が特徴。人間の創造性を伴わずにAIに依存して量産されたテキストや画像を指す。
フィードバックループ
システムの出力結果を入力側に戻し、継続的に改善するメカニズム。AIにおいては、ユーザーの承認・拒否などの反応をモデルの学習データとして活用し、精度を向上させる仕組み。
シャドーAI
企業のIT部門の承認を得ずに、従業員が個人的に使用するAIツールやサービス。ChatGPTなどの無料ツールを業務で非公式に利用することを指し、セキュリティリスクとイノベーション源の両面性を持つ。
Model Context Protocol (MCP)
Anthropicが開発したAIエージェント間の通信プロトコル。異なるベンダーのAIシステムが標準化された方法でデータやコンテキストを共有できるようにする仕様。
Chain of Thought推論
AIモデルが最終的な答えを出す前に、段階的な思考プロセスを明示的に示す手法。複雑な問題を小さなステップに分解することで、推論の精度と透明性を向上させる。
Model Distillation(モデル蒸留)
大規模で高性能なAIモデルの知識を、より小型で効率的なモデルに転移させる技術。教師モデルの出力を学習データとして使うことで、少ない計算資源で同等の性能を実現する。
【参考リンク】
Snowflake(外部)
AIデータクラウドプラットフォーム企業。2024年2月にシュリダル・ラマスワミ氏がCEO就任
DeepSeek(外部)
効率的なトレーニング手法で低コストAIモデルを開発する中国AI企業
Anthropic(外部)
Claude開発企業。2025年12月にSnowflakeと2億ドルのパートナーシップ締結
OpenAI(外部)
ChatGPTとGPT-4を開発。企業シャドーAI導入の主要ツール提供企業
Linux Foundation(外部)
MCPとA2Aプロトコルを管理し、AIエージェント標準化を推進する非営利団体
Gartner(外部)
2026年に企業アプリの40%がAIエージェント搭載と予測するIT調査企業
【参考記事】
DeepSeek Did It Differently: A Breakthrough in AI Training(外部)
Chain of Thought推論とModel Distillationによる効率的AI開発手法を詳述
AIエージェントの公開仕様の現状のまとめとこれから(外部)
MCPとA2Aプロトコルの標準化動向とLinux Foundationへの寄贈を解説
Gartner predicts 40% of enterprise apps will feature AI agents by 2026(外部)
企業アプリの40%がAIエージェント搭載という2026年予測の詳細分析
Shadow AI: Effective Risk Management(外部)
シャドーAIのセキュリティリスクとコンプライアンス課題への対応策を提示
Snowflake Strikes $200M Anthropic Partnership(外部)
2025年12月のSnowflakeとAnthropic間2億ドルパートナーシップ発表を報道
【編集部後記】
あなたの職場では、すでにChatGPTやClaudeを「こっそり」使っている方はいませんか? それがまさにシャドーAIであり、実は組織の未来を示すシグナルかもしれません。
2026年、AIは「持っているか」ではなく「どう使いこなすか」で差がつく時代になります。実行が自動化される世界で、私たちに求められるのは「正しい問いを立てる力」です。AIを松葉杖にするのか、創造性を増幅する翼にするのか——その選択は一人ひとりの手に委ねられています。あなたは今日、AIに何を任せ、何を自分で考えますか?































