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ASUS、DRAM自社製造の噂を公式否定――深刻化するメモリ危機の背景とは

[更新]2025年12月29日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

台湾のAsusが2026年までに独自のDRAM製造に参入する可能性があると、ペルシャのIT専門媒体Sakhtafzarmagが報じた。世界的なメモリ不足とPC用RAMの価格急騰を受けた動きとされる。

Samsung、Micron、SK Hynixの3大メモリメーカーが高利益のAIデータセンター向けに生産をシフトしているため、DDR4およびDDR5の供給が逼迫し価格が高騰している。Asusはこの状況に対処するため、Dell、Frameworkと同様にノートパソコンの価格引き上げを計画している。

ただしAsus側は自社RAM生産計画を公式に否定しており、DRAM製造には莫大なコストと高度な技術が必要で、現在の業界リーダーは数十年のアドバンテージを持つことから、実現には懐疑的な見方も多い。

From: 文献リンクAsus might build its own RAM because everyone else is too busy

【編集部解説】

今回のAsusによるDRAM自社製造の噂は、PC業界が直面している深刻なメモリ危機を象徴する出来事です。結論から言えば、Asusは台湾の国営メディアCNA(Central News Agency)に対し「メモリウェハー工場への投資計画はない」と公式に否定しました。しかし、この噂が広まった背景には、業界全体を揺るがす構造的な問題が存在します。

現在、DRAM市場は前例のない供給危機に陥っています。2025年9月から12月のわずか3か月間で、DDR5メモリの価格は242%から294%も上昇しました。具体的には、16Gb DDR5チップのスポット価格は9月20日の平均6.84ドルから12月には27.20ドルへと約4倍に跳ね上がっています。Samsungに至っては、DDR5の契約価格を100%以上引き上げ、7ドルだったものを19.50ドルにまで値上げしました。

この危機の根本原因は、AI需要の爆発的な増加です。業界アナリストによると、AI関連需要が2026年には全DRAM生産の20%を消費すると予測されており、一部の報告では40%に達する可能性も指摘されています。特に問題なのは、AI向けのHBM(High Bandwidth Memory)生産には、同じビット数のDDR5を製造する場合の3倍ものウェハー容量が必要という点です。

Samsung、SK Hynix、Micronの3大メモリメーカーは、市場シェア90%以上を占める寡占状態にあります。これらの企業は、利益率の高いAIデータセンター向けHBMや高容量DDR5の生産にリソースをシフトしており、消費者向けのDDR4やDDR5の供給が犠牲になっています。MicronはすでにコンシューマーブランドCrucialからの撤退を発表しており、市場の競争環境はさらに悪化しています。

Asusがこの状況で自社製造を検討するという噂が出たのは、ある意味で自然な流れでした。同社はROGやTUFブランドのゲーミングノートPC、デスクトップ、マザーボード、グラフィックカードなど、大量のメモリを必要とする製品を展開しています。Dell、Framework、Lenovoといった競合他社がすでに価格引き上げを発表する中、安定した供給を確保することは死活問題です。

しかし、DRAM製造への参入は現実的ではありません。最新の半導体工場の建設には数十億ドルの投資と最低3~5年の期間が必要です。さらに、クリーンルーム設備の維持、プロセス技術の開発、歩留まりの最適化など、数十年にわたる専門知識が求められます。Asusはシステム設計と組み立てには長けていますが、半導体製造の経験はありません。仮に工場を建設できたとしても、それが稼働する2029年頃には市場環境が大きく変わっている可能性があります。

業界専門家の見解も厳しいものです。Tom’s Hardwareの分析では、Asusが独自にチップを製造できたとしても、基本的なDRAMモジュールは結局Samsung、SK Hynix、Micronから購入せざるを得ず、短期的なコスト削減効果は限定的だと指摘しています。

現在の供給不足は、2027年末から2028年まで続くと予測されています。SK Hynixの内部分析では、HBMとSOCAMMを除く汎用DRAMの供給は2028年まで制約されるとしています。Team Groupのゼネラルマネージャーは「メモリ危機は始まったばかり」と警告し、2026年第1四半期と第2四半期にディストリビューターの在庫が枯渇すると、状況はさらに悪化すると予想しています。

一方で、中国のメモリメーカーCXMTが市場シェア5~10%まで成長する可能性があり、これが供給の一助となる期待もあります。ただし、米国の輸出規制や技術的な課題により、短期的な影響は限定的です。

この危機は単なる価格高騰にとどまりません。IDCの分析では、2026年の平均PC価格が最大8%上昇すると予測されており、スマートフォンやゲーム機、さらには自動車産業にまで影響が及ぶ可能性があります。DRAM、NAND、HDDの3種類のメモリ・ストレージが同時に不足するのは、過去30年間で初めてのことです。

Asusの噂は否定されましたが、この騒動は業界の深刻な脆弱性を浮き彫りにしました。3社による寡占状態、AI需要への過度な集中、新規参入の困難さ――これらが組み合わさって、消費者とメーカーの双方を苦しめる構造的な問題が生まれています。

【用語解説】

DRAM(Dynamic Random Access Memory)
コンピュータやスマートフォンで使用される揮発性メモリの一種。電源を切るとデータが消えるが、高速なデータアクセスが可能。DDR4、DDR5、LPDDR、GDDR、HBMなどの規格がある。

HBM(High Bandwidth Memory)
AI加速器やハイエンドGPU向けに開発された高帯域幅メモリ。チップを垂直に積層する3D構造により、通常のDRAMよりも高速なデータ転送が可能。同じビット数を生産するのにDDR5の3倍のウェハー容量が必要。

DDR5
最新世代のDRAMメモリ規格。DDR4と比較して高速化と省電力化を実現しているが、2025年のメモリ不足により価格が急騰している。

ウェハー
半導体チップを製造するための円盤状のシリコン基板。メモリチップはこのウェハー上に数百個単位で作られる。

スポット価格
長期契約ではなく、その時点の市場需給に基づいて取引される価格。契約価格よりも変動が激しい。

歩留まり(Yield)
半導体製造において、ウェハーから製造された全チップのうち、品質基準を満たす良品の割合。技術難易度が高いほど歩留まりは低下する。

【参考リンク】

ASUS公式サイト(外部)
台湾の大手PC・PCパーツメーカー。ROG、TUFブランドでゲーミング製品を展開。

Tom’s Hardware(外部)
PC業界の専門メディア。DRAM市場の最新動向を詳細に報道している。

Wccftech(外部)
テクノロジー専門メディア。AsusのDRAM製造噂を最初に英語圏で報道。

Samsung半導体(外部)
世界最大級のDRAMメーカー。市場シェア90%超の3大メーカーの1社。

SK Hynix(外部)
韓国の大手メモリメーカー。HBMとDDR5の主要サプライヤー。

Micron Technology(外部)
米国の大手メモリメーカー。コンシューマーブランドCrucialからの撤退を発表。

【参考記事】

No, Asus isn’t going into memory manufacturing | Tom’s Hardware(外部)
Asusが台湾CNAに対しDRAM製造への投資計画がないと公式に否定したことを報道。

RAM Shortage 2025: How AI Demand is Raising DRAM Prices | IntuitionLabs(外部)
2025年のDDR5価格が約50%上昇し、2026年初頭にさらに50%の上昇が予測される分析。

RAM price crisis LIVE | Tom’s Guide(外部)
SamsungがDDR5契約価格を100%以上引き上げ19.50ドルに。SK Hynixは2028年まで供給が制約される分析。

Global Memory Shortage Crisis: Market Analysis | IDC(外部)
2026年の平均PC価格が最大8%上昇すると予測。主要メモリメーカーがAI向けに生産をシフト。

DRAM shortages, AI demand, and rising prices | TechRadar(外部)
HBM生産には同じビット数のDDR5の300%のウェハー容量が必要。Frameworkが50%の価格引き上げを発表。

Memory Crisis & RAM Shortages | Wccftech(外部)
AI需要が2026年にDRAM生産の20%を消費すると予測。Dell、Lenovoが価格引き上げを計画。

The RAM pricing crisis has only just started | Tom’s Hardware(外部)
16Gb DDR5チップ価格が9月6.84ドルから12月27.20ドルへ約4倍に上昇。2027年末まで不足が続く見通し。

【編集部後記】

PC自作やアップグレードを検討されている方にとって、今回のメモリ危機は他人事ではありません。3か月で価格が3倍になるという異常事態は、私たち編集部も予想していませんでした。専門家の多くが「2027年末まで状況は改善しない」と見ています。もし近い将来にメモリのアップグレードやPC購入を計画されているなら、今一度タイミングを見直す価値があるかもしれません。ただし、慌てて購入する必要もありません。むしろこの機会に、本当に必要なスペックは何か、既存のシステムでもう少し頑張れないか、冷静に考えてみることも大切です。業界全体がこの危機にどう対応していくのか、innovaTopia編集部も引き続き注視していきます。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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