「バスが来ない、タクシーもいない」――。人口8,200人の小さな町から始まる公共ライドシェア実証運行が、日本中の過疎地域が抱える交通課題に一石を投じる。自動運転へとつながる段階的発展モデルの第一歩だ。
キヤノンビズアテンダ株式会社は2025年12月25日、イツモスマイルデジタルソリューションズ株式会社とともに、徳島県海陽町の宍喰地区(那佐、竹ケ島を除く)で公共ライドシェアサービスの実証運行を2026年1月5日から開始すると発表した。本サービスは海陽町の公用車を使用し、利用者が乗車地点から目的地までを自由に設定できる。
予約は海陽町の地域アプリ「ふるるんアプリ」で24時間受け付けるほか、電話でも可能である。キヤノンBAのコールセンターが電話予約と問い合わせ対応を行う。海陽町は今後、本サービスを町内全エリアに展開する予定で、将来的には日本版ライドシェアや電動車両を活用した自動運転も検討する。
キヤノンBAはイツモDSと資本業務提携契約を締結し、本サービスを全国の自治体に展開していく方針である。
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キヤノンBAが徳島県海陽町宍喰地区で公共ライドシェアサービスの実証運行を開始


【編集部解説】
今回の実証運行は、単なるライドシェアサービスの試験運用というだけではありません。人口約8,200人、高齢化率47.8%という海陽町が直面する「交通空白」問題への、極めて現実的なアプローチです。
注目すべきは、この取り組みが国土交通省の「交通空白解消に向けた取組方針2025」の文脈の中で実施されている点です。政府は3か年で300市町村に公共ライドシェアを展開する目標を掲げており、海陽町はそのモデルケースとなる可能性を秘めています。
実証運行の具体的な内容も明らかになっており、2026年1月5日から2月28日までの約2か月間、月曜から金曜の8時から17時まで運行されます。運賃は100円から400円で、予約時に確定する仕組みです。海陽町が所有する5名乗りコンパクトカーを使用するため、新たな車両投資が不要な点も持続可能性の観点から重要でしょう。
キヤノンBAとイツモDSの連携体制も興味深い構造です。キヤノンBAは2025年12月にイツモDSと資本業務提携を締結し、自治体向けDX支援SaaSの独占販売権を獲得しました。イツモDSが開発した「まちのクルマ」という公共交通ライドシェアシステムと、海陽町の地域アプリ「ふるるんアプリ」が統合され、24時間予約可能な環境が整備されます。
電話予約の受付をキヤノンBAのコールセンターが担当する点は、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の実践例として注目に値します。自治体職員の業務負担を軽減し、創出された時間を他の住民サービス向上に充てられる仕組みは、人口減少社会における自治体運営の一つの解答かもしれません。
一方で、日本版ライドシェアの現状を見ると、地方での「稼働ゼロ」が続くエリアも報告されており、制度導入だけでは課題解決にならないことも明らかになっています。海陽町では実証運行前に、交通空白地域でのヒアリング調査や地域交通ワークショップを実施し、町民の要望を丁寧に把握するプロセスを経ています。この地域密着型のアプローチが、実証運行後の本格展開を左右するでしょう。
将来的には宍喰地区だけでなく町内全域への展開、さらには自家用車・一般ドライバーを活用する日本版ライドシェアや、電動車両による自動運転も視野に入れています。過疎地域の交通課題解決における「段階的発展モデル」として、全国の自治体が注視する実証実験となりそうです。
【用語解説】
公共ライドシェアサービス
公用車や自治体が管理する車両を使い、利用者が乗車地点と目的地を自由に設定できる交通サービス。タクシーやバスとは異なり、民間の一般ドライバーではなく自治体や事業者が運営する。過疎地域の交通空白を解消する手段として注目されている。
交通空白
鉄道駅やバス停から遠く、公共交通機関を利用しにくい地域のこと。人口減少に伴う路線廃止や運行便数の削減により、日常的な移動が困難な状況を指す。国土交通省は2025年から3年間で300市町村への公共ライドシェア導入を目指している。
BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)
企業や自治体の業務プロセスの一部を、企画・設計から実施まで一括して専門業者に外部委託すること。本事例ではキヤノンBAのコールセンターが電話予約や問い合わせ対応を担当し、海陽町職員の業務負担を軽減する。
日本版ライドシェア
自家用車と一般ドライバーを活用して有償で旅客を運送する仕組み。2024年に限定的に解禁されたが、地方では稼働ゼロのエリアも報告されている。公共ライドシェアとは異なり、民間の自家用車を活用する点が特徴である。
資本業務提携
企業間で資本関係を結びつつ、技術やノウハウを共有して事業を推進する契約形態。キヤノンBAはイツモDSと資本業務提携を締結し、自治体向けDX支援SaaSの独占販売権を獲得した。
【参考リンク】
キヤノンビズアテンダ株式会社(外部)
キヤノンマーケティングジャパングループの企業。BPOサービスを中心に自治体や企業の業務効率化を支援している。
イツモスマイルデジタルソリューションズ株式会社(外部)
自治体向けの地域アプリや公共交通ライドシェアシステム「まちのクルマ」を開発する企業。
徳島県海陽町(外部)
徳島県南部に位置する人口約8,200人の町。「海陽町地域公共交通計画」を策定し持続可能な公共交通ネットワークの実現を目指す。
【参考記事】
自治体・地域DXを推進するイツモスマイルデジタルソリューションズ社と資本業務提携(外部)
キヤノンBAとイツモDSの資本業務提携を発表。イツモDSの自治体向けDX支援SaaSの独占販売権を獲得した内容が記載されている。
海陽町 第1回地域公共交通活性化協議会資料(外部)
海陽町の人口約8,200人、高齢化率47.8%という具体的なデータが記載された公式資料。地域の交通課題と公共交通計画の詳細を示す。
「交通空白」解消に向けた取組方針2025(案) 概要(外部)
国土交通省の公式資料。3か年で300市町村に公共ライドシェアを展開する政府目標が明記されている。
限定解禁の岸田版ライドシェア、結局「稼働ゼロ」の地方も(外部)
日本版ライドシェアの現状を報じる記事。地方での「稼働ゼロ」が続くエリアがあり制度導入だけでは課題解決にならない実態を指摘。
【編集部後記】
今回の海陽町の取り組みは、遠い地方の話ではなく、私たちの住む地域でもいずれ直面する可能性のある課題への挑戦です。高齢化が進む中、移動の自由を維持することは生活の質を左右する重要な問題ではないでしょうか。
注目したいのは、公用車とデジタル予約システムを組み合わせた「身の丈に合った」アプローチです。自動運転や大規模なライドシェアではなく、既にある資源を活用する現実的な解決策が、地方の交通空白にどこまで有効なのか。この実証運行の結果は、全国300市町村への展開を目指す政府の方針にも影響を与えるでしょう。皆さんの地域ではどのような移動手段が必要だと感じますか。































