advertisements

世界最大の会計士団体ACCA、リモート試験廃止を決定—ビッグ4不正スキャンダルとAI時代の資格試験

[更新]2025年12月29日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

世界最大の会計士団体である勅許公認会計士協会(ACCA)は、AI技術を用いた不正行為の増加を受け、2026年3月からリモート試験を原則停止すると発表した。

ACCAは約26万人の会員と50万人以上の学生を抱える。最高経営責任者のヘレン・ブランド氏は、不正システムの高度化が安全対策を上回り、転換点に達したと説明した。リモート試験は新型コロナウイルスのパンデミック中に導入されたが、監視が困難になったという。

2022年には英国の財務報告評議会(FRC)が専門試験の不正を問題視し、KPMG、PwC、デロイト、EYなどビッグ4を含むティア1監査法人でも不正が発覚している。EYは2022年に倫理試験の不正で米国規制当局に1億ドルを支払った。

From: 文献リンクUK accounting body to halt remote exams amid AI cheating

【編集部解説】

世界最大の会計士団体であるACCAが下したこの決断は、AI時代における専門資格試験のあり方を問う重要な転換点といえます。

2026年3月から実施されるこの方針転換は、単なる一時的な措置ではなく、AI技術の急速な進化が教育・資格認定システムに与える構造的な影響を示しています。リモート試験はコロナ禍で導入された際、アクセシビリティの向上という点で歓迎されましたが、わずか数年で監視技術を凌駕する不正手法が登場したのです。

具体的には、ChatGPTのようなLLMツールに加え、Cluelyのような「透明ウィンドウ」で画面共有に映らずに回答を表示するツール、音声入力で質問を送信して回答を受け取るイヤホン型デバイス、さらにはディープフェイク技術を使った替え玉受験まで、不正の手口は驚くほど高度化しています。2024年の調査では、62%の学生がオンライン試験でChatGPTの使用を試みたというデータも報告されています。

この問題は学生だけのものではありません。会計業界では2017年から2022年にかけて、オランダのビッグ4会計事務所全社で組織的な試験不正が発覚しました。KPMGは2024年に過去最高額の2,500万ドルの罰金、EYは2022年に倫理試験の不正で1億ドル、そして2025年6月にはDeloitte、PwC、EYのオランダ法人に合計850万ドルの罰金が科されています。パートナーレベルの幹部も関与していたこれらの事件は、業界全体の信頼性を揺るがしました。

一方で、この決定には重要な懸念も存在します。妊娠中の受験者、障害を持つ候補者、介護責任を負う人々にとって、リモート試験は資格取得への重要な機会でした。試験会場への往復に6時間以上かかる地域の受験者もいます。多様性と包摂性を推進してきた会計業界にとって、この方針転換は逆行と受け取られる可能性があります。

ACCAは試験センターが存在しない国や地域では引き続きリモート試験を提供するとしていますが、インフラが整備された国の受験者は、利便性よりも資格の信頼性を優先せざるを得ない状況に置かれました。

興味深いのは、10年ぶりのシラバス大幅改訂が実施される点です。新カリキュラムではAI、ブロックチェーン、データサイエンスが重点化されます。皮肉なことに、受験者はAIについて学びながら、AIツールの使用が禁止された環境で試験を受けることになります。これは「AIをどう使うか」ではなく「AIに依存せずに考える力」を重視する姿勢の表れかもしれません。

2026年3月の合格率が注目されています。不正なしでの真の実力が問われることで、合格率が大幅に低下する可能性があり、それ自体がリモート試験時代の不正の規模を示す指標となるでしょう。

この決定は他の専門資格団体にも波及する可能性があります。イングランド・ウェールズ勅許会計士協会(ICAEW)は現在も一部のオンライン試験を認めていますが、業界全体として対面試験への回帰が進む兆しが見えています。

【用語解説】

リモート監督試験(Remote Proctored Exam)
受験者が自宅などから試験を受けられるオンライン試験形式。Webカメラやマイクを通じて監督者が監視し、AI技術で不正行為を検知する。コロナ禍で急速に普及したが、AI技術の進化により監視を回避する手法も高度化している。

財務報告評議会(FRC: Financial Reporting Council)
英国の会計・監査業界を監督する独立規制機関。企業のコーポレートガバナンス、監査の質、会計基準の遵守状況を監視し、違反企業や監査法人に制裁を科す権限を持つ。

ビッグ4
世界の監査・会計業界を支配する4大会計事務所の総称。KPMG、PwC(プライスウォーターハウスクーパース)、Deloitte(デロイト)、EY(アーンスト・アンド・ヤング)を指す。世界中の主要企業の監査を担当し、巨額の収益を上げている。

PCAOB(Public Company Accounting Oversight Board)
米国公開会社会計監視委員会。上場企業の監査を行う会計事務所を監督する米国の規制機関。2002年のエンロン事件を受けて設立され、監査の質を確保するため会計事務所を検査し、違反に対して罰金や業務停止命令を科す権限を持つ。

Cluely
元コロンビア大学の学生が開発したAI支援型不正ツール。透明なウィンドウで画面共有に映らずに回答を表示し、音声を監視してリアルタイムでAI生成の回答を提供する。従来の監督システムでは検知が極めて困難。

【参考リンク】

ACCA(勅許公認会計士協会)(外部)
世界最大の会計士団体の公式サイト。26万人の会員と50万人以上の学生を抱え、国際的な会計資格を提供。

Financial Reporting Council(FRC)(外部)
英国の会計・監査業界規制機関。企業統治や監査品質の監督、会計基準の執行を担当する独立組織。

PCAOB(外部)
米国公開会社会計監視委員会。上場企業監査を行う会計事務所を監督し、監査品質を確保する米国の規制機関。

【参考記事】

Why the ACCA is pulling the plug on the ‘sofa professional’(外部)
ACCAのリモート試験停止の背景と多様性への影響を詳細に分析した記事。

Big Four firms fined over exam cheating scandal(外部)
2025年6月のビッグ4オランダ法人への総額850万ドルの罰金について報道。

Proctoring in the Age of AI: Tackling Modern Cheating Techniques(外部)
AI時代の試験監督技術とディープフェイクなど最新の不正手法について包括的に解説。

How Talview Blocks Cluely Cheating App in Online Exams(外部)
透明ウィンドウで検知を回避するCluelyなどAI不正ツールの仕組みと対策技術を詳述。

ACCA Remote Exams Discontinued Update 2025(外部)
試験センターがある国でのリモート試験停止と継続される地域について地域別に解説。

【編集部後記】

専門資格の信頼性と、多様な人々のアクセス機会。この両立が困難になってきた現実を、私たちはどう受け止めるべきでしょうか。

テクノロジーの進化は常に両刃の剣です。リモート試験が可能にした機会の平等は素晴らしいものでしたが、その利便性が資格そのものの価値を脅かすとき、私たちは原点に立ち返らざるを得ません。一方で、障害のある方や介護責任を持つ方々にとって、この決定は単なる不便ではなく、キャリアの扉が閉ざされることを意味するかもしれません。

AIと共存する時代に、「人間の実力」をどう測るのか。この問いへの答えは、会計業界だけでなく、あらゆる専門分野が直面する課題です。みなさんは、技術の利便性と資格の信頼性、どちらをより重視しますか。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

読み込み中…

innovaTopia の記事は、紹介・引用・情報収集の一環として自由に活用していただくことを想定しています。

継続的にキャッチアップしたい場合は、以下のいずれかの方法でフォロー・購読をお願いします。