深圳を拠点とするUBTECH Robotics Corp.は、広西チワン族自治区の防城港国境検問所にWalker S2ヒューマノイドロボットを配備する3700万ドルの契約を獲得した。ベトナム国境での配備は今月開始予定である。Walker S2は関節のある脚、腕、胴体を備え、自律的なバッテリー交換機能を持つ。カメラ、深度センサー、関節のフォースフィードバックを組み合わせて周囲を監視する。
ロボットは乗客の列の案内、車両の誘導、質問への回答、廊下や待合エリアのパトロール、コンテナ識別番号の確認などの業務を担う。UBTECHによれば、以前の調達契約を含むWalker S2シリーズの2025年総注文額は8億元超(約1.12億ドル)に達するが、同社は依然として赤字である。
中国工業情報化部は2023年にヒューマノイドロボットの国家イノベーションシステム構築の指針を発表し、2024年には標準化技術委員会の協議を開始した。北京の石景山区には約3000平方メートルのデータトレーニングセンターが設立され、100台以上のロボットが稼働している。
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China To Deploys Humanoid Robots For Border Patrol Duties Along Vietnam Frontier
【編集部解説】
防城港は貨物トラックやバス、日帰り旅行者が絶え間なく行き交う多忙な国境検問所であり、遅延が許されない厳しい環境です。中国の計画立案者がこの場所を「理想的なストレステスト」と位置づけているのは、ここで実証された技術は空港、港湾、駅など、あらゆる混雑した公共空間に応用可能だからです。
Walker S2の最大の特徴は、自律的なバッテリー交換機能です。ロボット自身が約3分で電池を交換できるため、ほぼ24時間連続稼働が可能となります。これは人間の交代制勤務に相当する柔軟性を機械にもたらす画期的な技術といえます。52の自由度を持つ関節と、1台あたり15キログラムまで持ち上げられる腕は、単純な案内業務だけでなく、コンテナの識別番号確認や封印チェックといった物流支援まで担当できることを意味します。
技術面で注目すべきは、カメラ、深度センサー、関節のフォースフィードバックを統合した認識システムです。これにより、Walker S2は周囲の人間の動きをリアルタイムで監視し、衝突を回避しながらバランスを維持します。このような「身体化されたAI」は、単一タスク専用の産業ロボットではなく、人間と同じ空間で柔軟に働ける汎用作業者を目指した設計となっています。
しかし、課題も存在します。UBTECHは11億元以上の注文を獲得しているものの、依然として赤字経営が続いています。2025年末までに500台、2027年までに1万台という生産目標を掲げていますが、これらの注文が持続可能な収益性に転換できるかは未知数です。月産300台という現在の生産能力では、急増する需要に追いつけない可能性もあります。
より広い視点で見ると、この配備は中国政府の国家戦略の一環です。2023年に工業情報化部が発表した指針は、2025年までにヒューマノイドロボットの国家イノベーションシステムを構築することを求めており、2024年には業界標準を策定する技術委員会の協議も開始されました。中国当局はヒューマノイドロボットを電気自動車や先端半導体と並ぶ戦略的産業と位置づけ、企業幹部を国家基準の策定に関与させています。
北京の石景山区に設立された3000平方メートルのデータトレーニングセンターでは、すでに100台以上のロボットがシミュレートされた職場で訓練を受けています。このような体系的なアプローチは、ヒューマノイドロボットを「未来の技術」から「実用的な労働力」へと変革させようとする中国の本気度を物語っています。
今回の防城港での実証試験が成功すれば、同様の配備が全国の交通拠点に広がる可能性があります。一方で、安全性、プライバシー、人間の雇用への影響といった倫理的・社会的課題についても、今後慎重な検討が必要となるでしょう。
【用語解説】
ヒューマノイドロボット
人間の姿や動作を模倣したロボットの総称。二足歩行、手足の動き、視覚・聴覚などの感覚機能を備え、人間が使う環境や道具をそのまま利用できるよう設計されている。産業用途では人間と同じ作業空間で協働できるため、既存のインフラを大きく変更せずに導入できる利点がある。
自律的なバッテリー交換(ホットスワップ)
ロボットが人間の手を借りずに、自ら電池を交換する技術。Walker S2は約3分で空のバッテリーを満充電のものと交換でき、これによりほぼ24時間連続稼働が可能となる。従来のロボットは充電のために長時間停止する必要があったが、この技術により稼働率が大幅に向上する。
深度センサー
物体までの距離を測定するセンサー。カメラと組み合わせることで、三次元空間における物体の位置や形状を把握できる。ロボットがぶつからずに歩行したり、物を正確につかんだりするために不可欠な技術である。
フォースフィードバック
関節にかかる力を感知して、その情報を制御システムにフィードバックする技術。これにより、ロボットは物を掴む力加減を調整したり、バランスを保ったり、予期しない衝突を検知して動きを修正したりできる。
自由度(DoF: Degrees of Freedom)
機械やロボットが動ける方向や角度の数。Walker S2は52の自由度を持ち、これは人間の関節に近い複雑な動きを可能にする。自由度が高いほど、より柔軟で自然な動作ができる。
身体化されたAI(Embodied AI)
物理的な身体を持つロボットに実装されたAI。単なる情報処理だけでなく、センサーで環境を認識し、アクチュエーターで物理的に作用する能力を持つ。現実世界の複雑で予測不可能な状況に対応できる次世代AIの形態として注目されている。
BrainNet
UBTECHが開発した独自のAIプラットフォーム。複数のロボットを協調制御し、タスク計画、視覚認識、異常検知などを統合的に管理する。個々のロボットの「サブブレイン」と、全体を統括する「スーパーブレイン」の二層構造になっている。
Co-Agent
UBTECHが開発したインテリジェントエージェントシステム。意図理解、タスク計画、ツール使用、自律的な異常検知と対応などの能力を持ち、ロボットが人間の指示を理解して自律的に作業を遂行できるようにする。
工業情報化部(MIIT: Ministry of Industry and Information Technology)
中国の中央政府機関で、産業政策、情報化推進、電気通信の監督などを担当する。ヒューマノイドロボットを戦略的産業と位置づけ、国家標準の策定や産業育成を主導している。
【参考リンク】
UBTECH Robotics 公式サイト(外部)
深圳を拠点とするヒューマノイドロボットメーカー。2023年12月に香港証券取引所に上場した。
Walker S2 製品ページ(外部)
Walker S2の技術仕様や自律バッテリー交換、52自由度などの特徴を詳細に紹介。
South China Morning Post(SCMP)(外部)
香港を拠点とする英字新聞。中国・アジア地域の信頼性の高い報道を提供。
【参考動画】
UBTECH Walker S2 公式紹介動画
Walker S2がバッテリーを自律的に交換する様子を実演している公式動画。
UBTECH Walker S2 量産開始記念動画
2025年11月に公開された、Walker S2の量産開始を記念する動画。
【参考記事】
UBTech wins US$37 million deal to deploy humanoid robots at China-Vietnam border crossings(外部)
South China Morning Post、2025年11月25日。UBTECHが広西チワン族自治区の防城港で2億6400万元(3700万ドル)の契約を獲得したことを報じた記事。
China to deploy battery-swapping humanoid robots on Vietnam border(外部)
Interesting Engineering、2025年11月26日。Walker S2の技術仕様を詳細に解説。身長約1.76メートル、52自由度、片腕15キログラムの荷重能力を持つ。
UBTECH Humanoid Robot Walker S2 Begins Mass Production and Delivery, with Orders Exceeding 800 Million Yuan(外部)
PR Newswire、2025年11月17日。2025年初頭からのWalkerシリーズの累積注文額が8億元(約1億1200万ドル)を超えたことを発表。
Robots are working in the factory! UBTECH receives orders worth 1.3 billion yuan(外部)
iNEWS。2025年のWalker S2シリーズの総注文額が13億元に達したことを報告。製造コストは1台50万元まで下がったと説明。
【編集部後記】
SF映画の世界だと思っていたヒューマノイドロボットが、いよいよ現実の社会インフラに組み込まれ始めています。国境警備という公共の場での配備は、私たちの日常にロボットが溶け込む未来がすぐそこまで来ていることを示しているのかもしれません。
みなさんは、数年後に空港や駅でロボットに案内される未来を想像できますか?期待と同時に、雇用や安全性、プライバシーへの影響など、気になることも多いのではないでしょうか。この技術が私たちの暮らしをどう変えていくのか、一緒に見守っていきたいと思います。































