開発者Crementifが『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を完全なVR体験に変える包括的なmod「BetterVR」を公開した。5年間の開発を経て2025年12月30日にリリース予定で、オープンソースとして無料提供される。
このmodは真のステレオスコピックレンダリングとsix degrees of freedom（6自由度、6DOF）を実現し、単なる仮想スクリーン投影ではない本格的なVR体験を提供する。ハンドトラッキングにより武器を物理的に振ったり弓を引いたりでき、ジェスチャーベースの装備システムも搭載している。
使用にはCemuエミュレーターとWii U版のゲームが必要で、パフォーマンスはネイティブVRタイトルには及ばないものの、frame interpolation（フレーム補間）により快適にプレイ可能である。ただし、リリース時にAMDグラフィックカードは非対応の可能性がある。
【編集部解説】
BetterVRは既に2024年12月末にGitHubで公開されており、バージョン0.9では完全なハンドトラッキングとアームレンダリングが実装されています。このmodの技術的意義は、単なる stereoscopic 3D（立体視3D）表示にとどまらず、ヘッドトラッキングをゲームのカメラロジックから独立させることで、プレイヤーの物理的な動きに応じて視点が自然に変化する点にあります。
6DOFの実装により、プレイヤーは回転（上下左右を見る、首をかしげる）だけでなく、前後左右上下への移動も可能になります。これにより、木の枝の下をかがんだり、崖から下を覗き込んだりする動作が、実際の身体の動きとして反映されます。コントローラーも6DOFで追跡されるため、VR空間内で手を自由に動かし、仮想オブジェクトと直接やり取りができるようになっています。
セットアップは比較的シンプルで、GitHubから最新版をダウンロードしてCemu.exeの隣に配置し、バッチファイルを実行するだけです。OpenXR互換のヘッドセットであれば、Valve IndexからMeta Quest、Pimax Crystalまで幅広く対応しています。ただし、Oculus Touch以外のコントローラーはSteamVRマッピングで設定が必要になります。
パフォーマンス面では、NVIDIAのGPUとハイエンドCPU（Intel i9-13900KやRyzen 7600X）の組み合わせが推奨されますが、RTX 3060のような比較的低スペックなシステムでもframe generation（フレーム生成）機能を使えば快適に動作するとされています。解像度は1440p以上、フレームレートは120または144fpsにキャップすることが推奨されています。
このmodがゲーム業界に与える影響として、エミュレーター経由でのVR化という手法が確立される可能性があります。PCSX2 VRやRPCS3など、他のコンソールエミュレーターでも同様のアプローチが試みられており、膨大なレトロゲームライブラリをVR体験として蘇らせる道が開かれています。
一方で、任天堂の知的財産権に関する潜在的なリスクも存在します。modの使用には正規のWii U版ゲームコピーが必要とされていますが、エミュレーター自体の法的グレーゾーンや著作権侵害の可能性については議論の余地があります。また、既存のゲームバランスがVR用に設計されていないため、モーションシックネス（VR酔い）やゲームプレイの難易度調整などの課題も報告されています。
【用語解説】
BetterVR
開発者Crementifが5年かけて開発した『Breath of the Wild』用のVR mod。オープンソースで無料提供され、完全な6DOF対応とハンドトラッキング機能を実装している。
Crementif
BetterVR modの開発者。5年間の開発期間を経て、エミュレーター上で動作するゲームを本格的なVR体験に変換する技術を実現した。
Cemu
Wii Uゲーム機のエミュレーターソフトウェア。PC上でWii U用ゲームを動作させることができ、BetterVR modはこのエミュレーター上で機能する。
6DOF（Six Degrees of Freedom / 6自由度）
VR空間内で前後・左右・上下の移動と、ピッチ・ヨー・ロールの回転を含む6方向の自由な動きを可能にする追跡技術。現代のVR体験に不可欠な要素である。
ステレオスコピックレンダリング
左右の目に異なる画像を表示することで立体視を実現する技術。BetterVRでは真のステレオスコピックレンダリングを採用し、単なる平面投影ではない本格的な3D体験を提供している。
ハンドトラッキング
VRコントローラーの位置と動きを追跡し、仮想空間内で手の動きを再現する技術。BetterVRでは武器を振る、弓を引くなどの動作を物理的な手の動きで実現する。
フレーム補間（Frame Interpolation）
既存のフレーム間に新しいフレームを生成してフレームレートを向上させる技術。BetterVRではネイティブVRタイトルより低いパフォーマンスを補うために活用されている。
OpenXR
VRおよびAR開発のためのオープンスタンダード規格。BetterVRはOpenXR互換のヘッドセットに幅広く対応し、様々なデバイスで利用可能である。
【参考リンク】
BotW BetterVR 公式サイト（外部）
BetterVR modの公式プロジェクトページ。modの概要、機能説明、ダウンロードリンク、セットアップガイドなどが提供されている。
BotW-BetterVR GitHub リポジトリ（外部）
BetterVR modのオープンソースコードとリリース情報が公開されているGitHubページ。
Cemu 公式サイト（外部）
Wii Uエミュレーター「Cemu」の公式ウェブサイト。BetterVR modの動作に必要なソフトウェア。
【参考記事】
Hyrule Awaits in Virtual Reality with Crementif’s BetterVR Breath of the Wild Mod（外部）
BetterVR modの技術的詳細を解説。バージョン0.9の機能、推奨システムスペック、セットアップ手順などが紹介されている。
Zelda BOTW VR Mod Trailer（Reddit – r/virtualreality）（外部）
VRコミュニティにおけるBetterVR modの反響と議論。ユーザーからの実際の使用感、技術的な質問などが共有されている。
Zelda BOTW has been ported to VR using the emulated WII U version（Reddit – r/emulation）（外部）
エミュレーションコミュニティでの技術的考察。ヘッドトラッキングとゲームカメラの独立化、6DOF実装の仕組みなどが議論されている。
3-DOF vs 6-DOF explained（Unbound XR）（外部）
VRにおける3DOFと6DOFの違いを解説する技術記事。回転のみの追跡と位置追跡を含む完全な移動の違いを説明している。
What is a 3 DoF vs 6 DoF in VR?（Mechatech）（外部）
DOF（自由度）の概念をわかりやすく解説。VR体験における自由度の重要性、技術的な実装方法を紹介している。
【編集部後記】
エミュレーター上で動作する8年前のゲームが、最新のVR技術で完全に蘇るという事実は、ゲーム保存の新しい可能性を示しています。ハードウェアの制約から解放されたゲーム体験は、どこまで進化できるのでしょうか。一方で、オリジナル開発者の意図しない形での改変や、エミュレーター利用における法的グレーゾーンの問題も無視できません。5年という開発期間をかけた個人開発者の情熱と、オープンソース化による技術の民主化。これらは今後のゲーム文化にどのような影響を与えるのか、注目に値します。
