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『ちきゅう』が深海6,000mに挑む――南鳥島レアアースは日本の“盾”になれるか

[更新]2026年1月13日

「国産レアアースが変える経済安全保障。南鳥島沖6,000mの泥は日本の「盾」になるか」 - innovaTopia - (イノベトピア)

2026年1月、日本の「生命線」が脅かされた日

地政学的な緊張が、一国の産業基盤をいかに容易く揺るがすか。この問いはもはや、学術的な議論の対象ではなく、我々の経済活動に直接的な影響を及ぼす現実の脅威となった。本稿は、単なる海底資源開発の技術的な進展を追うものではない。これは、戦略物資の供給という「生命線」を他国に握られた日本が、国家の生存をかけて挑む壮大な戦略転換の物語である。

その引き金は、2026年1月6日に引かれた。中国商務部が突如として発表した「軍民両用品目(デュアルユース)の対日輸出禁止」。この一撃は、日本のハイテク産業から基幹製造業に至るまで、サプライチェーンの根幹を揺るがすに十分な衝撃をもたらした。

しかし、日本は沈黙しなかった。そのわずか6日後の1月12日、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」は、静岡県清水港から静かに出航した。その任務は、日本の最東端・南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)に眠る、深海6,000mのレアアース泥を試掘するという、極めて重大なものであった。

この航海は、単なる科学調査ではない。それは、中国による「輸出も止め、輸入も締め出す」というあからさまな経済的威圧(Economic Coercion)に対する、日本の未来をかけた戦略的カウンターアタックに他ならない。ハイテク産業の”血液”とも言われるレアアースを自らの手で確保し、国家の自律性を取り戻すための、深海への挑戦が始まったのだ。

この壮大な国家プロジェクトの背景には、我々が直面するサプライチェーンの深刻な脆弱性が存在する。

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【Risk】
サプライチェーン「窒息」のシナリオ

現代のグローバル経済は、効率性を極限まで追求した結果、複雑かつ繊細なサプライチェーンの上に成り立っている。しかし、その効率性は、特定の国や地域への過度な依存という構造的な脆弱性を内包している。特に、日本の産業構造において、このリスクは致命的なレベルに達している。

数字で殴る

野村総合研究所の試算は、その現実を冷徹に突きつける。もし、中国からのレアアース供給が1年間停止した場合、日本が被る経済損失は2.6兆円に達する。さらに、他のレアメタルを含めれば、その損失額は実に18兆円へと膨れ上がる。これは、日本の名目GDPの実に3%以上に相当する規模であり、経済が「窒息」状態に陥ることを意味している。

この危機は、日本の屋台骨である自動車産業を直撃する。特にEV(電気自動車)やハイブリッド車(HV)の高性能モーターに不可欠なネオジム磁石。その生産に必要な重希土類の対中依存度は、ほぼ100%に近い。供給が途絶えれば、EV・HVの生産量は17.6%減少すると見込まれる。日本のものづくり神話は、中国の政策一つでいとも簡単に崩れ去る、砂上の楼閣と化しているのだ。

問題の根源は、資源の採掘場所がどこであれ、最終的な精錬工程の91%を中国一国が支配しているという産業構造にある。これは、サプライチェーンにおける絶対的な「チョークポイント(Choke Point)」であり、日本の経済安全保障における最大の急所と言える。この支配構造がある限り、日本は地政学的なカードとして、いつでも「資源供給の停止」という脅しに晒され続けることになる。

この絶望的とも言えるリスクシナリオに対し、日本は反撃の狼煙を上げようとしている。その希望は、東京から南東へ1,900km離れた、絶海の孤島の沖合に眠っていた。


【Solution】
南鳥島モデル――「深海の泥」が変えるパワーバランス

地政学的な劣勢は、時に一つの技術革新によって劇的に覆されることがある。そして、自国の管理下にある資源の発見は、国家の交渉力を飛躍的に高め、戦略的な自律性をもたらす。南鳥島沖の深海に眠るレアアース泥は、まさにその可能性を秘めた「ゲームチェンジャー」である。

日本の排他的経済水域(EEZ)内に広がるそのポテンシャルは、我々の想像を絶する。日本の国内需要に対し、中国への依存度が極めて高いジスプロシウムが約400~560年分、強力な磁石に不可欠なテルビウムは約320年分という、国家の運命を左右するに足る量が埋蔵されていると推定されている。これは、単なる代替調達先ではなく、資源地図そのものを塗り替えるほどの圧倒的な量だ。

この「深海の宝」を現実のものとするのが、日本の技術力である。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)主導で開発された水深6,000mからの揚泥技術は、まさに日本の技術力の勝利と言える。圧縮空気で泥を海水ごと吸い上げるエアリフト技術は、深海からの資源回収を可能にする画期的な成果である。

さらに、南鳥島のレアアース泥は、品質においても決定的な戦略的優位性を持つ。中国産のレアアースが処理の障害となる放射性物質、トリウムやウランを含むことが多いのに対し、南鳥島沖の泥はこれらをほとんど含まない。これは環境負荷が低いだけでなく、精錬工程における処理コストを大幅に低減させる決定的な優位性を持つ「クリーンな資源」であることだ。この特性は、環境規制が世界的に強化される現代において、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視した投資)の観点からも極めて魅力的であり、単なる国産資源というだけでなく、「世界が欲しがる資源」となるポテンシャルを秘めている。

この技術的・資源的なブレークスルーは、単に産業界を安堵させるだけではない。金融市場においても、新たな投資の潮流を生み出し始めている。


【Market】
「国策」が動かすマネーと関連銘柄

経済安全保障という国家戦略は、もはや政府文書の中に留まる概念ではない。それは株式市場における新たな投資テーマとなり、企業の資金調達、そして株価そのものをダイレクトに動かす強力なドライバーとなっている。

中国による相次ぐ規制強化と、それに対抗する日本の「経済安全保障推進法」の本格施行は、投資家の間で「地政学リスクを乗り越え、国家戦略を担う企業こそが成長する」という新しい物語(ナラティブ)を形成している。この国策が動かすマネーの流れの中で、特に注目すべき企業群は以下の通りだ。

  • 中国リスク回避の筆頭格:大同特殊鋼 (5471)
    同社は、経済安全保障推進法に基づき、永久磁石の供給確保計画で政府から認定を受けている。EVモーターなどに不可欠なネオジム磁石において、供給が不安定な重希土類への依存を低減する技術開発を進めており、サプライチェーンの脆弱性という市場の最大の懸念に応える企業として、投資家からの注目が集中している。
  • サプライチェーン強靭化を担う「国策銘柄」:住友金属鉱山三菱マテリアル
    政府が認定した供給確保計画のリストには、日本の産業基盤を支える重要企業が名を連ねる。重要鉱物の確保で認定された住友金属鉱山や三菱マテリアル、蓄電池分野で認定されたパナソニック エナジーなどがその代表格だ。これらの企業は、単なる一民間企業としてではなく、国家戦略の一翼を担う存在として、長期的な安定成長が期待されている。

この政府認定は、単なるお墨付きではなく、将来的な補助金、税制優遇、安定した国家需要へのアクセスを意味するため、これらの企業には通常の市場リスクとは切り離された、長期的な成長ドライバーが組み込まれていると見なすべきである。

これら国策銘柄への投資は、単なる短期的な利益追求を超えた意味を持つ。それは、サプライチェーンの安定性という、これまで見過ごされてきた価値に対する評価の表れであり、我々は経済性を測る新しい価値基準を持つ必要性に迫られている。


【Conclusion】
「コスト」から「安全保障プレミアム」へ

地政学リスクが日常となった現代において、経済合理性を測る尺度は、根本的な変革を迫られている。これまで絶対的な基準であった「単純なコスト」は相対化され、それに代わり「安定供給がもたらす価値」が、企業の競争力と国家の安全保障を左右する最重要指標へとシフトしているのだ。

確かに、現状の試算では南鳥島産レアアースの採掘コストは、中国産の市場価格(1トンあたり約3,600ドル)を上回る可能性が指摘されている。しかし、これを単純に「高い」と切り捨てる旧来のコスト論は、もはや思考停止に等しい。

我々が提唱したいのは、「安全保障プレミアム(Security Premium)」という新しい価値基準である。南鳥島プロジェクトにかかるコストは、単なる経費ではない。それは、供給が途絶した場合に発生する数兆円規模の経済損失と、それに伴う社会全体の混乱を未然に防ぐための「国家的な保険料」として捉えるべきだ。このプレミアムを支払うことで、日本は経済的な主権と未来の選択肢を確保することができる。

日本が歩むべき未来へのロードマップは、すでに明確に示されている。

  • 2026年: 実証試験開始
  • 2027年: 日量350トン規模の採鉱・揚泥試験
  • 2028年以降: 商業化への移行

我々は今、歴史的な転換点に立っている。単に「資源を輸入して加工する国」から、自国の広大なEEZ内で「採掘・精錬・製品化」という一気通貫のサプライチェーンを完結させる真の「資源生産国」へと進化する、その黎明期にいるのだ。南鳥島沖、深海6,000mの泥こそが、日本を長年の資源の呪縛から解き放ち、経済安全保障の強固な“盾”となる「希望」そのものなのである。


【Information】
本記事に関連する主要公的機関・プロジェクト

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)(外部)
本記事で紹介した地球深部探査船「ちきゅう」を運用し、南鳥島沖での試掘調査を実働部隊として担う国立研究開発法人。海洋・地球・生命の統合的理解を目指し、深海掘削においては世界最高レベルの技術と実績を誇る。

内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)(外部)
府省庁の枠を超え、基礎研究から実用化までを見据えて推進される国家プロジェクト。本記事の核となる「革新的深海資源調査技術」は、このSIPの第1期・第2期における海洋課題として重点的に開発・育成された技術基盤の上に成り立っている。

独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)(外部)
石油・天然ガス・金属鉱物などの安定的かつ低廉な供給確保を使命とする独立行政法人。レアアースを含む重要鉱物の探査・開発支援や備蓄業務を行っており、日本の経済安全保障における資源戦略の実務的な要衝となっている。

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【参考動画】

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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