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1月16日【今日は何の日?】禁酒の日|まさかりと法律、そしてテクノロジー——人間の行動を変えることはできるのか

 - innovaTopia - (イノベトピア)

1920年1月17日、午前0時。ニューヨークのバーから酒瓶が消えました。シカゴの酒場は扉を閉ざし、サンフランシスコの蒸留所は操業を停止しました。アメリカ合衆国憲法修正第18条が施行され、飲料用アルコールの製造・販売・輸送が全面的に禁止された瞬間です。

禁酒法を推進した人々は、この日を「高貴な実験」の始まりと呼びました。家庭内暴力は減り、貧困は解消され、犯罪は激減するはずでした。しかし約13年後、この実験は完全な失敗として幕を閉じます。

それから106年。私たちは再び、人間の行動を変えようとしています。ただし今回の道具は、法律ではなくテクノロジーです。


まさかりを手に、賛美歌を歌いながら

禁酒法の起源を辿ると、一人の女性に行き着きます。キャリー・ネイション(1846-1911)。人々は、彼女を「キリストの足元を走り、彼が好まないものに対して吠え掛かるブルドッグ」と称しました。

1867年、若き日の彼女は医師と結婚しましたが、夫は重度のアルコール依存症でした。数ヶ月で彼のもとを離れ、その後まもなくアルコールが原因で死去しました。この痛烈な経験が、彼女を過激な禁酒運動家へと駆り立てていきます。

1900年、53歳のキャリーは神からの啓示を受けたと主張します。「カイオワへ行け」。彼女は石塊を集め、酒場へ向かいました。「飲んだくれの末路から皆さんを救うために参りました」。そう宣言し、酒場の在庫を破壊し始めました。

やがて彼女は、まさかりを武器として選びます。賛美歌を歌いながら、バーに乗り込み、酒瓶と備品を片っ端から叩き壊します。1900年から1910年の間に、逮捕されること30回以上。罰金は講演料と、「ラム酒に死を」と刻印した記念まさかりの売り上げで賄いました。

キャリーの物語は極端ですが、彼女の背景にある痛みは普遍的でした。1830年代、15歳以上のアメリカ人は年間7ガロン(現在の3倍)近くの純アルコールを消費していました。家庭内暴力、育児放棄、貧困。女性が法的権利をほとんど持たず、生活を夫に完全に依存していた時代、アルコールは多くの家庭を破壊していました。

禁酒運動は、社会正義の運動でもありました。奴隷制度廃止と並び、アルコールも根絶すべき悪と考えられました。女性参政権運動と禁酒運動は表裏一体でした。憲法修正第18条(禁酒法)の翌年、修正第19条(女性参政権)が成立したのは偶然ではありません。


NYの「もぐり酒場」が30,000軒以上に

しかし、禁酒法が実際にもたらしたのは、推進者たちが約束した「新しい国」ではありませんでした。

禁酒法下ではニューヨークに30,000軒から100,000軒ものスピークイージー(もぐり酒場)が生まれたと推定されています。禁酒法施行直後こそ飲酒量は大きく減少しましたが、その後は密造酒や密輸の拡大とともに再び増加し、「飲酒を長期的に大きく抑え込む」という当初の目標は達成できませんでした。

法律には致命的な欠陥がありました。製造・販売・輸送は禁止しましたが、飲酒そのものは禁止していませんでした。医師の処方箋があれば酒が手に入りました。自宅で年間200ガロンまでのワインやリンゴ酒を作ることは合法でした。

密造酒が横行しました。品質の悪い密造酒による健康被害が続出しました。そして、アル・カポネを始めとするギャングが、この巨大な闇市場を支配しました。禁酒法は、撲滅しようとした問題を悪化させただけでなく、組織犯罪という新たな脅威を生み出しました。

1933年12月5日、憲法修正第21条の成立により、禁酒法は廃止されました。こうして「高貴な実験」は、飲酒そのものを根絶するどころか、密造酒と組織犯罪を育てた失敗例として幕を閉じることになりました。


手首に巻かれた、優しい監視者

禁酒法施行から100年あまり経ち、私たちは異なるアプローチを試みています。

現在ではスマートウォッチが手首で脈拍を測ります。アプリがスマートフォンで飲酒量を記録します。AIが24時間、対話を通じて禁酒をサポートします。法律による強制ではなく、テクノロジーによる支援。これが現代の答えです。

カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームは、血中アルコール濃度をリアルタイムで監視できるウェアラブルデバイスを開発しました。2022年5月にNature Biomedical Engineering誌で発表されたこのデバイスは、マイクロニードルパッチを使用します。針は髪の毛の5分の1ほどの太さで、皮膚表面をわずかに貫通し、皮下の間質液からグルコース、アルコール、乳酸を同時に測定します。痛みはほとんどありません。5人のボランティアで試験が行われ、商用血糖値計やブレサライザーと同等の精度が確認されました。

Appleでも、かつて主要サプライヤーだったRockley Photonicsが血糖値や血中アルコールなどを非侵襲で計測し得るセンサー技術を公表し、「将来のApple Watchへの搭載」が話題になりました(その後Rockleyは破産法申請と再建を経ており、この話は噂レベルにとどまっています)。

更に興味深いのは、AIによる行動変容のアプローチです。「SoberAI」というアプリは、24時間対話可能なAI禁酒スポンサーを提供します。ユーザーは自分に合ったAIスポンサーを選択でき、いつでも相談できます。孤独な夜、飲みたい衝動に駆られたとき、ポケットの中にカウンセラーがいます。

日本では、医師が処方する減酒治療アプリが登場しました。認知行動療法をベースに、毎日の飲酒量、心身の状況、睡眠状況を記録します。アプリは飲酒量と健康リスクの関係を示し、「500mL缶を350mL缶に」といった具体的で実行可能な提案を行います。

「禁酒マン」のようなゲーミフィケーションアプリも登場しています。禁酒時間に応じて、画面の中のサラリーマンが出世していきます。ユーザーは株式会社シラフの社員として、会長職を目指します。節約できた金額、避けられたカロリーが可視化されます。10万ダウンロードを突破し、AppStoreのヘルスケアカテゴリで上位にランクインしています。


外圧ではなく、内発的動機

2023年12月1日、日本ではアルコール検知器を用いたアルコールチェックが義務化されました。道路交通法施行規則の改正により、一定台数以上の車両を持つ企業は、運転前後にアルコールチェッカーでの検査を義務付けられました。この義務化のきっかけは、2021年6月に千葉県八街市で発生した痛ましい事故でした。下校中の小学生5人が飲酒運転のトラックにはねられ、死傷しました。加害者のトラックは白ナンバーで、当時はアルコールチェックの義務がありませんでした。

スマートフォンとBluetooth接続されたアルコール検知器が、測定結果・顔写真・位置情報を自動でクラウドに保存します。不正検知機能も搭載されています。

これは禁酒法の再来なのでしょうか。いいえ、決定的に異なる点があります。

禁酒法は、提供者を罰することで需要を抑えようとしました。しかし飲酒そのものは禁止せず、抜け穴だらけの法律でした。現代のアルコールチェックは、特定の状況(運転)での飲酒を防ぐことに焦点を絞っています。全面的な禁止ではなく、リスクの高い行動の抑制です。

そして何より、テクノロジーベースの禁酒支援は、個人の選択に基づいています。誰もユーザーに「禁酒マン」のダウンロードを強制しません。AIスポンサーとの対話を義務付ける法律もありません。人々は自らの意志でこれらのツールを選び、使用しています。

認知行動療法の専門家は、行動変容には外部からの圧力ではなく、内発的動機が必要だと指摘します。罰や脅しでは一時的に行動は変わるかもしれませんが、持続しません。人は自分が理解し、納得したときに初めて、本質的に変わることができます。


2026年、今も残る「ドライ」な街

皮肉なことに、アメリカでは今も禁酒法の名残が生きています。

現在でも多くの州で、自治体によるアルコール販売の可否を委ねています。数百にも及ぶ郡や市町村が酒類販売になんらかの規制を課しています。テネシー州ムーア郡は、今も「ドライ」(一般的な酒類販売には厳しい制限がかかった郡)です。皮肉にも、ジャックダニエルの本社と蒸留所がある郡です。観光客向けの例外措置で少量の販売は認められていますが、地元住民は酒を買うために隣の郡へ行かなければなりません。

いくつかの研究によれば、禁酒郡では飲酒運転事故の比率が高いことがわかっています。飲酒するために遠くまで車で出かけ、運転能力が損なわれた状態で長距離を運転して帰宅するからです。規制は、それが防ごうとした問題を別の形で悪化させています。

テクノロジーは、この矛盾を解決できるでしょうか。スマートウォッチが血中アルコール濃度を検知し、車のイグニッションシステムと連動します。一定以上のアルコールが検出されれば、エンジンはかかりません。遠くの酒場まで行く必要もなくなります。

しかし、それは新たな「優しい監視社会」の到来を意味するのかもしれません。私たちは、自分の体内の化学物質をリアルタイムで監視される世界に向かっています。それは自由の拡大なのか、それとも新しい形の束縛なのか。


変わらない問いに、変わり続ける答え

キャリー・ネイションは、1911年に講演中に倒れ、亡くなりました。彼女の墓石には「Faithful to the Cause of Prohibition, “She Hath Done What She Could.”(禁酒運動に忠実であり、『彼女は自ら為し得ることを為した』)」と刻まれています。

彼女の情熱は、間違いなく本物でした。彼女が見た苦しみも、現実のものでした。しかし、まさかりで酒瓶を叩き壊し、法律で製造を禁止しても、人間の行動は変わりませんでした。

人間の行動を変えることは、人類にとって永遠の課題です。教育、法律、宗教、文化。あらゆる手段が試されてきました。そして今、私たちはテクノロジーという新しい道具を手に入れました。

AIは私たちを理解しようとします。ウェアラブルデバイスは私たちの体を監視します。アプリは私たちの習慣を記録し、分析し、フィードバックします。これらのツールは、キャリー・ネイションのまさかりよりも効果的かもしれません。少なくとも、酒瓶を割ることはありません。

しかし、問いは残ります。外部からの力—それが法律であれ、テクノロジーであれ—で、人間の内面を本当に変えることができるのか。

禁酒の日に、私たちはこの問いと向き合います。


Information

【参考リンク】

Carry Nation – Britannica(外部)
キャリー・ネイションの生涯と禁酒運動について、Britannica百科事典による詳細な解説。

Carrie Nation – Library of Congress(外部)
米国議会図書館による「Chronicling America」プロジェクトの一環。

The Speakeasies of the 1920s – The Mob Museum(外部)
The Mob Museumによる禁酒法時代のスピークイージーに関する詳細な歴史資料。

Multi-Tasking Wearable – UC San Diego(外部)
カリフォルニア大学サンディエゴ校による公式プレスリリース(2022年5月9日)。マイクロニードルパッチを使用したウェアラブルデバイスの開発について、研究チームが詳細を発表している。

アルコールチェック義務化 – JAF(外部)
日本自動車連盟(JAF)による、2023年12月から施行されたアルコールチェック義務化の解説。対象事業者、検査方法、罰則について詳しく説明。

【用語解説】

禁酒法(Prohibition)
1920年から1933年まで、アメリカ合衆国憲法修正第18条に基づき施行された法律。飲料用アルコールの製造・販売・輸送を全面的に禁止しました。「高貴な実験(The Noble Experiment)」とも呼ばれましたが、密造酒の横行、組織犯罪の台頭、酒税収入の消失などを招き、約13年で廃止されました。

ボルステッド法(Volstead Act)
1919年に成立した国家禁酒法。憲法修正第18条を具体化し、「酔いをもたらす飲料」をアルコール度数0.5%以上と定義しました。ただし飲酒そのものは禁止せず、医療用や宗教儀式での使用は例外として認められました。

禁酒郡(Dry County)
アメリカにおいて、地方行政当局が酒類販売を禁止または制約している郡。2025年現在も数百の自治体が何らかの酒類規制を実施しています。逆に酒類販売が自由な地域は「ウェット(Wet)」と呼ばれます。

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy, CBT)
思考パターンや行動パターンを変えることで問題を解決する心理療法。アルコール依存症の治療にも用いられ、減酒治療アプリの多くはこの手法に基づいています。外部からの強制ではなく、患者自身の気づきと自発的な行動変容を重視します。

ウェアラブルデバイス
身体に装着して使用する電子機器の総称。スマートウォッチ、スマートリング、センサーパッチなど。健康管理、運動記録、生体情報のモニタリングなどに利用されます。アルコール検知機能を搭載した製品も登場しています。

マイクロニードル
髪の毛よりも細い針状のセンサー。皮膚に刺しても痛みを感じないほど細く、血液中の成分を測定できます。グルコース、アルコール、乳酸などを連続的にモニタリングする研究が進んでいます。

ゲーミフィケーション(Gamification)
ゲームの要素を非ゲーム領域に応用する手法。ポイント、レベル、達成感などのゲーム的要素を取り入れることで、ユーザーのモチベーションを高め、行動変容を促します。禁酒アプリにも広く採用されています。

投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。

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