Nature Microbiology誌に2026年1月12日に掲載された研究で、芳香族乳酸産生ビフィズス菌による乳児期の腸内定着がアレルギー感作リスクを低減することが明らかになった。P.N.マイヤーズ、R.K.デリ、A.ミーらの研究チームは、出生から生後5年まで147人の子どもを追跡調査した。
研究では、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン経路から派生する芳香族乳酸を産生するビフィズス菌に着目した。経膣分娩、年上のきょうだいの存在、産後最初の2ヶ月間の完全母乳育児が、これらの細菌の伝達を促進する要因であることが判明した。
芳香族乳酸が豊富な微生物叢を持つ子どもは、食物アレルゲン特異的IgE抗体の発症リスクが著しく低かった。特に4-ヒドロキシフェニル乳酸が、IgGレベルに影響を与えずにIgE合成を選択的に抑制することが、エクスビボ実験で確認された。
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Early Bifidobacteria Reduce Allergy Sensitization Risk
【編集部解説】
この研究の最も革新的な点は、単に「ビフィズス菌が良い」という漠然とした知見ではなく、特定の代謝物である4-ヒドロキシフェニル乳酸(4-OH-PLA)という分子レベルのメカニズムまで特定したことです。研究チームの実験では、この物質が自然濃度でIgE抗体の産生を60%も減少させることが確認されました。これは、プロバイオティクスや乳児用食品の開発において、具体的な設計指針を与える画期的な発見といえます。
注目すべきは、この保護効果が「生後最初の数ヶ月」という極めて限定された時期に決定づけられる点です。免疫システムが形成される重要な窓の中で、どのような微生物に曝露されるかが、その後5年間のアレルギーリスクを左右します。言い換えれば、この時期を逃すと後から取り戻すことが難しい可能性があるということです。
経膣分娩で生まれた子どもは、帝王切開の子どもと比較して、母親から有益なビフィズス菌を獲得する確率が14倍も高いことが判明しています。これは医療現場における出産方法の選択に、新たな視点を提供するデータです。ただし、帝王切開が医学的に必要な場合も多々あるため、この知見は「帝王切開が悪い」という単純な解釈ではなく、むしろ帝王切開で生まれた子どもに対する積極的な微生物叢サポートの必要性を示唆しています。
現代社会では、家族の小規模化、完全母乳育児率の低下、過度な衛生管理といった要因により、これらの有益なビフィズス菌の伝達機会が減少しています。世界的なアレルギー疾患の増加は、こうした生活様式の変化と並行して進んでおり、今回の研究はその因果関係を分子レベルで裏付けるものです。
実用化に向けては、デンマーク工科大学(DTU)がすでに特許を取得しており、オーフス大学病院でBEGIN studyという臨床試験が進行中です。研究リーダーのSusanne Brix Pedersen教授は、予防戦略として数年以内に実用化される可能性があると見積もっています。治療薬としての開発にはさらに10年程度を要する見込みですが、プロバイオティクスサプリメントや強化乳児用ミルクという形での展開は比較的早期に実現するかもしれません。
潜在的な課題としては、すべての乳児に一律に同じアプローチが有効とは限らない点が挙げられます。遺伝的背景や既存の腸内細菌叢の状態によって、介入の効果は異なる可能性があります。また、IgEを抑制することが長期的にどのような影響をもたらすかについても、慎重なモニタリングが必要でしょう。
この研究は、アレルギー予防という枠を超えて、「人間の健康における微生物の役割」を再定義する意味を持ちます。私たちは単独で存在しているのではなく、微生物との共生関係の中で免疫システムを発達させてきたという進化的視点を、改めて認識させてくれる知見です。
【用語解説】
ビフィズス菌
人間の腸内に生息する善玉菌の一種で、特に乳児の腸内細菌叢の大部分を占める。糖を分解して乳酸や酢酸を産生し、腸内環境を整える役割を持つ。すべてのビフィズス菌が同じ働きをするわけではなく、菌株によって異なる代謝物を産生する。
芳香族乳酸
フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンといった芳香族アミノ酸から派生する代謝物の総称。特定のビフィズス菌がこれらのアミノ酸を代謝することで産生され、免疫システムの調節に関与する。
IgE抗体
免疫グロブリンEの略称で、アレルギー反応に中心的な役割を果たす抗体。花粉や食物などのアレルゲンに反応して体内で産生され、肥満細胞と結合してヒスタミンなどの化学物質を放出させる。IgEレベルの上昇はアレルギー感作の指標となる。
アレルギー感作
体内の免疫システムが特定の物質(アレルゲン)を異物として認識し、次回の曝露時にアレルギー反応を起こす準備が整った状態。感作が起きると、その後の曝露でアレルギー症状が発現する可能性が高まる。
経膣分娩と帝王切開
経膣分娩は産道を通じた自然な出産方法で、新生児が母親の膣内や腸内の細菌叢に曝露される。帝王切開は外科的に子宮を切開して出産する方法で、新生児の初期微生物叢の形成パターンが経膣分娩とは異なる。
4-ヒドロキシフェニル乳酸(4-OH-PLA)
チロシンから派生する芳香族乳酸の一種。本研究では、この物質が自然濃度でIgE抗体の産生を選択的に抑制することが判明した。IgG抗体には影響を与えないため、全体的な免疫機能を損なわずにアレルギー反応のみを抑制できる可能性がある。
エクスビボ実験
生体から取り出した組織や細胞を用いて、体外で行う実験手法。生体内(インビボ)実験と試験管内(インビトロ)実験の中間的な位置づけで、より生理的な条件下での反応を観察できる。
プロバイオティクス
生きた有益な微生物を含む食品やサプリメント。腸内細菌叢のバランスを改善し、健康増進効果をもたらすとされる。ヨーグルトや発酵食品に含まれることが多い。
【参考リンク】
Nature Microbiology(外部)
Nature Research発行の査読付き学術誌。微生物学分野の最先端研究を掲載する国際的な科学雑誌。
デンマーク工科大学(DTU)(外部)
1829年設立のデンマークを代表する工科大学。本研究の共同機関で特許を取得している。
【参考記事】
Infant gut bacteria may be the key to preventing asthma and allergies(外部)
経膣分娩で生まれた子が帝王切開の14倍ビフィズス菌を獲得しやすいなど具体的数値を提供。
Infant gut bacteria may be the key to preventing asthma and allergies – DTU(外部)
デンマーク工科大学の公式発表。特許取得やBEGIN study進行状況、実用化見通しを記載。
Early-life colonization by aromatic-lactate-producing bifidobacteria(外部)
Myers, Dehli, Mieらの原著論文。147人を5年間追跡した縦断研究の詳細データを掲載。
【編集部後記】
生まれてからの数ヶ月間が、その後の人生を左右するかもしれない——そう考えると、少し不思議な感覚になりませんか。この研究が示すのは、私たちが微生物と共に生きる存在であるという事実です。帝王切開で生まれた方、完全母乳育児ができなかった方も多いはず。
だからこそ、後天的にこの知見を活かせる可能性に希望を感じます。あなた自身やご家族の腸内環境について、改めて考えてみるきっかけになれば嬉しいです。未来の子どもたちのために、今私たちができることは何でしょうか。


































