ヤマハ株式会社の米国子会社であるヤマハ・ミュージック・イノベーションズは、音素材生成AIに強みを持つBoomy Corporationと協業し、音楽制作ツール「SEQTRAK」アプリへの生成AI機能統合に向けた技術検証を開始する。
技術検証の第一歩として、2026年1月22日から24日に米国・カリフォルニア州で開催されるThe NAMM Showにて、クリエイター向けの体験会を実施する。体験会ではSEQTRAKアプリにBoomyのAIサンプル生成機能を統合し、プロンプトから音を生成できるワークフローを提案する。
Boomy Corporationは米国・カリフォルニア州に拠点を置き、代表者はアレックス・ジェ・ミッチェルである。同社は生成AIを使った音楽創作プラットフォームやプロ向けの生成AIサンプル音源作成ツールを提供している。
From: Yamaha Music Innovationsが音素材生成AI活用に向けた技術検証を開始 The NAMM Showにて「SEQTRAK」アプリへの生成AI機能統合デモを限定公開

【編集部解説】
ヤマハが踏み出したこの一歩は、音楽制作における生成AIの活用において、極めて慎重かつ戦略的なアプローチといえます。重要なのは、ヤマハが「楽曲全体の生成」ではなく「音素材(サンプル)の生成」に焦点を当てている点です。
多くの生成AI音楽サービスは、プロンプトから完成された楽曲を生成します。しかし、それはクリエイターの創造的プロセスを「置き換える」ものです。対照的に、音素材の生成は、クリエイターが自ら組み立て、編集し、表現する余地を残します。つまり、AIは「道具」であり「協働者」という位置づけになります。
SEQTRAKは2024年1月に発表された599ドルのポータブル音楽制作デバイスで、AWM2エンジンとFMシンセエンジンを搭載し、2000以上のプリセット音源を内蔵しています。今回の技術検証では、専用アプリにBoomyのAIサンプル生成機能を統合することで、プロンプトから「欲しい音」をその場で生成できるようになります。
Boomyは2019年に設立され、これまで主に完全な楽曲を生成するプラットフォームとして知られていました。同社は1900万曲以上を生成してきましたが、2024年にはプロ向けのサンプル生成ツール「Loopmagic.com」をローンチしています。重要なのは、Boomyが著作権保護されたデータでトレーニングしていないと明言している点です。
2025年1月、米国著作権局は「完全にAI生成されたコンテンツは著作権保護を受けられない」との方針を改めて明確化しました。しかし、「十分な人間の創造的関与」があれば、AI支援による作品は保護される可能性があります。ヤマハのアプローチは、まさにこの「人間主導の創造」を実現するものといえます。
音楽業界では現在、生成AIをめぐる法的・倫理的議論が活発化しています。ユニバーサル、ソニー、ワーナーといったメジャーレーベルは、無許可で著作権楽曲を学習データに使用したとして、SunoやUdioといったAI音楽生成企業を提訴しています。一方で、YouTubeやDeezerなどのプラットフォームは権利者との協調路線を選んでいます。
ヤマハは2024年に「ヤマハグループ音・音楽に関するAI活用基本方針」を策定しており、「安全性・透明性・権利保護」を重視すると明言しています。同方針では「AIは人間の創造性を置き換えるものではなく、人々の創造性の表現に寄り添い、サポートするパートナー」と位置づけられています。
NAMM Show 2026は、1月20日から24日にカリフォルニア州アナハイムで開催される世界最大の楽器見本市で、今年はNAMM125周年の記念イベントとして5日間の拡大開催となります。4400以上のブランドが出展し、世界125カ国以上から数万人の業界関係者が集まります。ヤマハは1月22日から24日のCreator Lounge & Studioで、クリエイター、インフルエンサー、ポッドキャスター向けのバッジ所有者限定でデモ体験会を実施します。
今回の技術検証は、あくまで「検証」段階であり、製品化が確定したわけではありません。ヤマハとBoomyは共同で技術評価と実装検証を進め、アプリ機能として提供できるかを検討していく予定です。この慎重なアプローチは、生成AIが音楽制作にもたらす可能性とリスクの両面を見極めようとする姿勢の表れといえるでしょう。
クリエイターにとって、この動きは創作の幅を広げる可能性を秘めています。頭の中にある「こんな音が欲しい」というイメージを、言葉で表現してその場で生成できれば、創造的なワークフローは大きく加速します。同時に、最終的な判断と表現は人間が担うという構造を維持することで、著作権保護の観点からも安全性が確保されます。
音楽制作における生成AIの未来は、「人間を置き換える」のではなく「人間の創造性を拡張する」方向に進むべきだという、ヤマハの明確なメッセージが込められた取り組みといえます。
【用語解説】
The NAMM Show
National Association of Music Merchantsが主催する世界最大の楽器・音響機器の見本市。毎年1月にカリフォルニア州アナハイムで開催され、世界中から楽器メーカー、小売業者、アーティスト、業界関係者が集まる。新製品の発表や技術デモ、教育セッションが行われる業界最重要イベントである。
音素材(サンプル)
音楽制作で使用される短い音声素材のこと。ドラムの打音、シンセサイザーの音色、効果音など、楽曲を構成する個別の音の断片を指す。これらを組み合わせ、編集することで完成した楽曲を作り上げる。完成された楽曲全体とは異なり、クリエイターが自由に加工・配置できる「素材」としての性質を持つ。
プロンプト
AIに対して指示を出すための文章や命令のこと。生成AIの文脈では、ユーザーが「どのような出力が欲しいか」を自然言語で記述することで、AIがそれに応じた結果を生成する。音楽制作では「力強いキックドラム」「温かみのあるピアノ音」といった表現で望む音を指定する。
AWM2エンジン
Advanced Wave Memory 2の略。ヤマハが開発した音源生成技術で、実際の楽器音をサンプリングして再現する方式。ピアノ、弦楽器、ギターなどのアコースティック楽器の音色を高品質に再現でき、128音同時発音が可能。リアルで表現力豊かなサウンドを特徴とする。
FMシンセエンジン
Frequency Modulation(周波数変調)方式のシンセサイザーエンジン。ヤマハが1980年代に確立した音響合成技術で、複数のオペレーター(発振器)を組み合わせることで、シンセパッド、リード音、電子ピアノなど多彩な電子音を生成できる。SEQTRAKには4オペレーター版が搭載されている。
米国著作権局(U.S. Copyright Office)
米国の著作権登録と管理を担当する連邦政府機関。議会図書館の一部門として、著作権の登録、著作権法に関する助言、政策提言などを行う。2025年1月には、完全にAI生成されたコンテンツは著作権保護を受けられないとの方針を明確化した。
【参考リンク】
SEQTRAK – ヤマハ株式会社(外部)
ヤマハのポータブル音楽制作デバイスSEQTRAKの公式製品ページ。ドラム、シンセ、サンプラー、シーケンサーを一体化したオールインワンギア。
Boomy Corporation(外部)
AI音楽生成技術を提供する米国企業。著作権保護されていないライセンス済みデータでAIモデルをトレーニング。
ヤマハグループ音・音楽に関するAI活用基本方針(外部)
ヤマハグループのAI利用に関する公式方針。安全性、透明性、権利保護を重視し、音楽文化の持続的成長への貢献を目指す。
The NAMM Show(外部)
世界最大の楽器・音響機器の見本市の公式サイト。2026年は1月20-24日にアナハイムで開催、NAMM125周年記念。
【参考記事】
Yamaha Music Innovations Begins Technical Verification for Utilizing AI-Powered Sample Generator to Support Creators(外部)
ヤマハ公式の英語版ニュースリリース。Boomy Corporationとの協業による音素材生成AIの技術検証開始を発表。
Yamaha Group AI Usage Policy for Sound and Music(外部)
ヤマハグループのAI活用に関する公式方針文書。AIを「人間の創造性のパートナー」と位置づけ、権利保護と透明性を明記。
Get Ready to Rock The 2026 NAMM Show: NAMM Celebrates 125 Years(外部)
NAMM Show 2026の公式発表記事。2026年1月20-24日にアナハイムで開催される125周年記念イベントの概要。
AI Music Copyright Laws 2025: How Musicians Can Protect AI-Generated Songs(外部)
2025年におけるAI音楽著作権法の最新動向を解説。米国著作権局が「完全にAI生成された作品は著作権保護を受けられない」と明確化。
US Court Bans Copyright for AI Art – What Musicians & Creators Must Know in 2025(外部)
2025年3月21日の米国控訴裁判所の判決を解説。AI生成作品に著作権保護を認めない判断と音楽家への法的影響を説明。
From policy to practice: The music industry’s AI ethics playbook(外部)
2025年における音楽業界のAI倫理フレームワークを分析。400以上の音楽業界組織が20近くの倫理声明を発表した経緯を詳述。
What is Boomy? Everything we know about the AI music maker(外部)
Boomyプラットフォームの包括的解説。2019年設立、1900万曲以上を生成、フリーミアムモデルや著作権に関する注意点を網羅。
【編集部後記】
生成AIは音楽制作を「置き換える」のか、それとも「拡張する」のか。ヤマハのアプローチは、この問いに対する一つの答えを示しているように感じます。完成された楽曲ではなく、あくまで「素材」を生成するという設計思想には、人間の創造性への敬意が込められています。
みなさんは、AIが生成した音素材を使って自分のアイデアを形にすることと、AIに楽曲全体を作らせることの間に、どのような違いを感じますか。創作における「道具」と「代替」の境界線について、ぜひ考えてみていただければと思います。



































