深海5,700メートル。想像を絶する水圧と暗闇の中から、日本の未来を変えるかもしれない「泥」が引き上げられた。2月1日未明、地球深部探査船「ちきゅう」が成し遂げた世界初の快挙は、資源小国・日本の宿命を書き換える第一歩となるのか。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2月2日、地球深部探査船「ちきゅう」による南鳥島周辺海域でのレアアース泥採鉱システム接続試験において、2月1日未明に最初のレアアース泥が船上に揚泥されたことを確認したと発表した。
ちきゅうは1月17日に現場海域に到着し、1月30日より最初のレアアース泥回収作業を開始していた。現在も継続して回収作業を実施しており、2月2日までに同作業が終了する予定である。清水港には2月15日に帰港する見込みとなっている。
From:
南鳥島EEZ海域でのレアアース泥採鉱システム接続試験
【編集部解説】
今回JAMSTECが発表した「最初のレアアース泥の揚泥成功」は、深海5,700メートルという極限環境下での資源回収に成功したことで、日本の深海採鉱技術が世界で初めて実用レベルに到達したことを意味します。
技術的なブレークスルーの大きさを理解するには、過去との比較が不可欠でしょう。2022年に茨城県沖で実施された試験では約2,400メートルの深度からの採泥に成功していましたが、今回はその2倍以上の深度です。深海では水圧が深度に比例して増大するため、5,700メートル地点では1平方センチメートルあたり約570キログラムもの圧力がかかります。この過酷な環境下で、パイプを通じて泥を安定的に揚泥できたことは、システム全体の耐久性と信頼性が証明されたことになります。
今回の試験で使用された技術は、海水の圧力差を利用して海底の泥を吸い上げるエアリフト方式です。従来の海底油田・ガス田開発で培われた掘削技術を深海鉱物資源向けに改良したもので、泥が海中に拡散しないよう閉鎖系システムを採用している点が環境配慮の観点から注目されます。
次のマイルストーンは2027年2月に予定されている本格的な試験採掘です。ここでは日量350トンという商業化を見据えた規模での採泥を目指します。そして2028年3月までに経済性評価レポートが公表される予定で、このレポートが商業化の可否を判断する重要な分岐点となるでしょう。
経済性の議論において忘れてはならないのは、このプロジェクトに2018年以降すでに約400億円が投じられている事実です。採掘コストが中国産の市場価格を上回る可能性は十分にありますが、供給途絶リスクを「安全保障プレミアム」として評価する新しい経済指標が求められています。
南鳥島周辺海域には推定1,600万トンのレアアース資源が眠り、ジスプロシウムは730年分、イットリウムは780年分に相当すると試算されています。この膨大な埋蔵量が現実のものとなれば、日本の資源戦略は根本から変わります。
一方で、深海採鉱が海洋生態系に与える影響については、環境科学コミュニティから「不可逆的な損害」を懸念する声も上がっています。JAMSTECは海洋環境モニタリングを実施していますが、長期的な環境影響評価は今後の重要な課題となるでしょう。
地政学的な背景も見逃せません。2025年6月には中国海軍艦隊が日本のEEZ内で海底調査中の研究船付近に進入する事案が発生しており、この資源開発プロジェクトに対する国際的な関心の高さを物語っています。中国が世界のレアアース採掘量の約70%、精錬能力の約90%を握る現状において、日本の自主開発は単なる経済問題を超えた安全保障マターなのです。
【用語解説】
レアアース泥
海底に堆積する泥の中でも、ジスプロシウムやイットリウムなどのレアアース(希土類元素)を高濃度で含む泥のこと。南鳥島周辺の深海5,000〜6,000メートル付近に広く分布しており、放射性物質の含有量が少なく精錬コストが低いという特徴を持つ。
エアリフト方式
圧縮空気を使って海底の泥を海水ごとパイプ内に吸い上げる技術。水深による圧力差を利用するため、深海での資源回収に適している。今回の試験では5,700メートルの深度からレアアース泥を船上まで揚泥することに成功した。
ジスプロシウム
レアアースの一種で、原子番号66の元素。高性能な永久磁石の性能を高温環境下でも維持するために不可欠な材料であり、電気自動車のモーターや風力発電機などに使用される。日本の需要に対し、南鳥島周辺海域には約730年分が埋蔵されていると推定される。
イットリウム
原子番号39のレアアース元素。LED照明の蛍光体、レーザー材料、セラミックスなどに使用される。南鳥島周辺海域には日本の需要の約780年分に相当する量が存在すると試算されている。
【参考リンク】
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)(外部)
地球深部探査船「ちきゅう」を運用する国立研究開発法人。海洋科学技術の研究開発を通じて、海洋・地球・生命の統合的理解を目指す組織。
地球深部探査船「ちきゅう」(外部)
世界最高の掘削能力を持つ科学掘削船。ライザー掘削システムを搭載し、海底下7,000メートルまでの掘削が可能な大型船。
【参考記事】
Japan Deep-Sea Drilling Ship Chikyu Extracts Rare Earth Mud From Seabed(外部)
読売新聞英語版。2月1日の揚泥成功、2027年の本格試験、2028年の経済性評価レポート公表など詳細なタイムラインを報じている。
Japan embarks on its first deep-sea rare earth mining expedition(外部)
海洋専門メディア。推定埋蔵量1,600万トン、ジスプロシウム730年分、イットリウム780年分など具体的数値と環境懸念を報じる。
Japan launches world’s first deep-sea rare earth mining test(外部)
鉱業専門メディア。累計投資額約400億円、中国海軍艦隊のEEZ進入事案など地政学的背景を含めた包括的報道。
Researchers to test seabed mining of rare earth mud off Minamitorishima(外部)
NHK WORLD-JAPAN。エアリフト方式の技術詳細、海洋環境モニタリング、閉鎖系システムによる環境配慮を解説。
【編集部後記】
深海5,700メートルから初めて引き上げられたレアアース泥。この小さな一歩が、日本の資源戦略を根本から変える可能性を秘めています。
気になるのは、2028年に公表される経済性評価の結果です。果たして「安全保障プレミアム」という新しい価値基準は、社会に受け入れられるのでしょうか。また、深海生態系への影響をどこまで許容できるのか、私たち一人ひとりが向き合うべき問いかもしれません。
技術的成功の先にある、経済性と環境保全のバランス。みなさんはどのように考えますか?






がもたらす「アンテザード・ソサエティ」の衝撃-300x200.png)





























