1969年2月9日、ワシントン州エヴェレット近郊の空に、一機の巨大な航空機が姿を現した。ボーイング747「ジャンボジェット」の初飛行である。全長70.6メートル、最大離陸重量333トン。当時としては想像を絶する規模の旅客機は、約1時間15分のテストフライトを無事完了し、その後54年間にわたって生産され続けることになる。
それからわずか2年後の1971年、インテルは世界初の商用マイクロプロセッサ「4004」を発表した。3×4mmのシリコンチップに2,300個のトランジスタを集積したこの小さな半導体は、「ムーアの法則」の始まりを告げる存在となった。半導体の集積度は約2年ごとに倍増し、コンピューティング性能は指数関数的成長を遂げる——。
同じ時代に誕生したこの2つの技術は、しかし全く異なる進化の軌跡をたどった。747は基本設計をほぼ維持したまま半世紀を生き延び、半導体は2年ごとに世代交代を繰り返した。なぜハードウェアは50年、半導体は2年なのか?
この問いへの答えは、現代のAI、量子コンピュータ、宇宙開発、核融合に至るまで、あらゆるイノベーションの「進化速度の法則」を理解する鍵となる。
数字で見る驚異的な速度差
747の進化:54年で「1.5倍」
ボーイング747の最初のモデル(747-100)と最終型(747-8F)を比較すると、その進化は驚くほど「控えめ」である。
1969年 747-100:
- 最大離陸重量:333トン
- 航続距離:およそ9,000km前後(構成・条件によって変動)
- 巡航速度:マッハ0.85(時速900km)
- エンジン:4基のターボファンエンジン
2023年 747-8F(最終型):
- 最大離陸重量:449トン(1.35倍)
- 航続距離:約8,130km(運用条件による)
- 巡航速度:マッハ0.855(ほぼ変わらず)
- エンジン:4基のターボファンエンジン(配置は不変)
燃費効率は約16%向上し、貨物容量は20%増加したが、基本設計——胴体直径6.5メートル、4発エンジン配置、特徴的な「こぶ」状の2階建て構造——は50年間変わっていない。747は「足し算の進化」を遂げた。
半導体の進化:50年で「1億倍」
一方、半導体の進化は文字通り次元が異なる。
1971年 Intel 4004:
- トランジスタ数:2,300個
- プロセスルール:10μm(マイクロメートル)
- クロック周波数:740kHz
- 処理能力:当時のマイクロプロセッサとしては画期的な性能
2023年 Intel最新CPU(第14世代Core):
- トランジスタ数:数百億規模(推定)
(※モデル/設計で変動、メーカーが明示しない場合が多い) - 製造プロセス:Intel 7
- クロック周波数:5.8GHz(約7,800倍)
- 処理能力:数兆命令/秒(数百万倍)
消費電力あたりの性能で比較すれば、改善率は1億倍以上に達する。これは「指数関数の進化」である。
進化速度の対比:なぜこれほど違うのか?
もし747が半導体と同じ速度で進化していたら、現在の旅客機は音速の数百倍で飛行し、燃料は一滴も必要なくなっているはずだ。逆に、半導体が747と同じ速度でしか進化していなければ、現代のスマートフォンは存在せず、私たちはいまだに電卓サイズのコンピュータを使っているだろう。
この圧倒的な速度差は、単なる「産業の違い」では説明できない。そこには、イノベーション速度を根本的に規定する3つの構造的制約が存在する。

イノベーション速度を決める”3つの制約”
制約①:物理の壁 vs デジタルの自由
747が直面した「収束する最適解」
航空機設計は、物理法則という絶対的な制約に支配されている。
空力学の限界:
亜音速旅客機にとって、マッハ0.85前後は「効率の臨界点」である。これより速くすると空気抵抗が急増し燃費が悪化、遅くすれば競争力を失う。コンコルドが超音速(マッハ2.0)を実現しながら2003年に退役した理由は、燃料消費量が通常の旅客機の5倍以上だったことにある。747の巡航速度が50年間ほぼ変わらないのは、技術的怠慢ではなく、物理的最適解に既に到達していたからだ。
スケールの呪い:
航空機を大型化すると、重量は体積(3乗)に比例して増加するが、翼が生み出す揚力は面積(2乗)にしか比例しない。この「スケール則」により、単純に機体を大きくすることは物理的に不可能である。エアバスA380(2005年初飛行)が747を超える巨大機として登場したが、わずか251機の生産で2021年に製造終了したのは、大型化のメリットが物理的限界に直面したことを示している。
材料科学の漸進性:
747-100はアルミニウム合金製、747-8は一部に複合材料を使用しているが、劇的な軽量化は実現していない。カーボン繊維強化プラスチック(CFRP)は軽量だが、製造コストが高く、金属疲労とは異なる経年劣化特性を持つため、50年間の運用実績がある設計を完全に置き換えることはリスクが高い。
半導体が享受した「開拓可能な空間」
一方、半導体は物理限界に達する前に、次々と新しい次元を開拓してきた。
微細化の余地:
シリコン原子の直径は約0.2nm(ナノメートル)。現在の3nmプロセスはまだ原子レベルには達しておらず、理論上は1nm以下まで微細化の余地がある。加えて、平面構造から3次元構造(FinFET、GAA-FET)への移行、極端紫外線(EUV)リソグラフィの導入など、「次の打ち手」が常に存在してきた。
量子効果の逆利用:
微細化が進むと量子トンネル効果などの「物理的障害」が発生するが、半導体業界はこれを新技術の機会に転換した。量子効果そのものを計算に利用する量子コンピュータ、電子のスピンを情報担体とするスピントロニクスなど、「物理の壁」は「新しい物理の扉」になった。
デジタルの抽象化:
半導体の最大の強みは、ソフトウェア層で複雑さを隠蔽できることだ。命令セットアーキテクチャ(ISA)を維持したまま、内部構造を根本的に変更できる。x86アーキテクチャは1978年から存在するが、現代のCPUは内部で命令を分解・並列実行しており、物理的には全く別物である。
→ 物理世界は最適解に収束し、デジタル世界は新次元を開拓する
制約②:安全規制という「失敗できない壁」
航空業界:一度の失敗が産業を止める
航空機開発において、最大のコストは「認証プロセス」である。
Boeing 787 Dreamlinerの教訓:
- 開発期間:当初予定5年→実際は8年以上
- 開発コスト:当初予算55億ドル→最終的に320億ドル(約6倍)
- 認証飛行時間:4,645時間
- FAA審査工数:20万時間以上
なぜこれほどのコストがかかるのか?答えは「失敗のコストが桁違い」だからである。
737 MAXの悲劇:
2018年と2019年に発生した2件の墜落事故(346名死亡)により、737 MAXは全世界で20ヶ月間の運航停止に追い込まれた。ボーイングの損失額は200億ドル超、ブランド毀損は金額換算不能である。原因は、機動特性増強システム(MCAS)という新しいソフトウェアの不具合だった。たった一つのシステムの失敗が、企業の存続を脅かす。
この環境下では、「高速で試行錯誤する」ことは不可能である。すべての変更は、膨大な書類作成、シミュレーション、地上試験、飛行試験を経て、規制当局の承認を得る必要がある。
半導体業界:失敗は「学習コスト」
対照的に、半導体開発では失敗が許容される。
試作の高速サイクル:
半導体の試作(テープアウト)から製造完了まで、現在は数ヶ月で可能である。不具合が見つかれば、次のリビジョンで修正し、再度試作する。この「デザイン→テスト→修正」のサイクルを年に複数回回せる。
失敗の隔離:
半導体の不良品は単に廃棄される。人命に関わらず、環境汚染も最小限である(製造過程での環境負荷は別問題だが、製品自体の失敗コストは低い)。
規制の軽さ:
一般消費者向け半導体には、航空機のような厳格な事前認証制度は存在しない。自動車や医療機器向けには規制があるが、それでも航空機ほどではない。
→ 航空機は「失敗できない」、半導体は「失敗しながら学ぶ」
制約③:エコシステムの慣性
747を縛る「システム全体の重さ」
747は単独で存在しているのではなく、巨大なインフラ・エコシステムの一部である。
空港インフラ:
- 滑走路長:747の離陸には最低3,000メートル必要
- 駐機場:翼幅68メートルに対応したスポット
- ボーディングブリッジ:2階建て構造への対応
- 燃料供給設備:1回のフライトで最大150トンの燃料補給
これらのインフラは数十年単位の投資であり、簡単には変更できない。新しい設計の航空機を作っても、既存空港で運用できなければ商業的価値はない。
パイロット訓練:
747の型式資格を取得するには、数ヶ月から1年の訓練が必要で、コストは数百万円に達する。航空会社は、パイロットが既に資格を持つ機種の改良型を好む。747-8が基本設計を維持した理由の一つは、747-400のパイロットが比較的短期間で移行できるようにするためだった。
部品供給網:
747は約600万個の部品で構成され、そのサプライチェーンは50年以上にわたって維持されてきた。ある部品の設計を変更すると、それに依存する他の数十の部品も変更が必要になる「連鎖的影響」が発生する。
半導体の「互換性による自由」
半導体業界は、ソフトウェア抽象化によってエコシステムの慣性を克服した。
命令セットアーキテクチャ(ISA)の継続性:
x86アーキテクチャは1978年のIntel 8086から続いているが、これは「命令の意味」が継続しているだけで、内部実装は完全に変わっている。1980年代のプログラムが現代のCPUで動作するのは、この抽象化のおかげである。
製造装置の世代交代:
半導体工場(ファブ)は5〜7年周期で設備を更新する。最新のEUVリソグラフィ装置(1台約200億円)も、数年後には次世代装置に置き換えられる。航空機工場が数十年単位で使われるのとは対照的である。
エコシステムの分離:
半導体は「チップ→マザーボード→PC→ソフトウェア」という階層構造により、各層が独立して進化できる。航空機のような「全体最適」の制約が弱い。
→ 航空機は「システム全体で動く」、半導体は「層ごとに進化する」
“枯れた技術”の戦略的価値
747思想が現代に与える教訓
「速ければ良い」わけではない。747は半世紀にわたって市場を支配し続けた。その成功の鍵は、確実性・信頼性・拡張性という「スローイノベーション」の美徳にある。
SpaceX Starship:747思想の継承者
イーロン・マスクのSpaceXが開発中の超大型ロケット「Starship」は、一見すると最先端技術の結晶に見える。しかし、その設計思想は747に驚くほど近い。
素材選択の逆説:
SpaceXは当初、カーボン複合材でStarshipを製造する計画だった。しかし2019年、ステンレス鋼に方針転換した。理由は:
- 製造速度:溶接技術が確立されており、巨大な構造物を迅速に組み立てられる
- 耐熱性:大気圏再突入時の高温に強く、断熱材を削減できる
- コスト:カーボン複合材の1/10以下
- 修理容易性:損傷部分を現場で溶接修理できる
これは「最新技術」ではなく「枯れた技術」の選択である。マスクはこう語った:「The best part is no part(最良の部品は、存在しない部品だ)」。複雑さを削ぎ落とし、実績ある技術で確実性を高める——これは747が50年間実践してきた哲学そのものである。
高速反復戦略:
Starshipは2019年以降、複数の試作機を爆発させながら開発を進めている。これは航空機業界では考えられないアプローチだが、SpaceXは「無人飛行」「私有地での試験」「規制の柔軟性」という条件下で、ハードウェアに「ソフトウェア的反復」を持ち込んだ。ただし、基本設計(ステンレス鋼、メタン燃料、全体回収設計)は維持されている。
核融合炉ITER:究極のスローイノベーション
もし747が「スロー」なら、核融合炉は「ウルトラスロー」である。
50年プロジェクトの現実:
- 計画開始:1985年
- 建設開始:2010年
- 初プラズマ予定:2025年→2035年(10年遅延)
- 本格運転:2040年代
- 総投資額:200億ユーロ以上(約3兆円)
- 参加国:日本、EU、米国、ロシア、中国、韓国、インド(7極)
なぜこれほど遅いのか?
- 物理的スケール:装置の直径30メートル、重量23,000トン。超伝導磁石は-269℃、プラズマは1億℃という極限環境を同時に実現
- 前例のなさ:核融合で純粋なエネルギー利益(入力の10倍の出力)を達成した例は人類史上ない
- 国際協調:7極の政治的・予算的調整が必要で、意思決定に年単位の時間がかかる
しかし、ITERの遅さは「失敗」ではない。核融合が実現すれば、人類はほぼ無尽蔵のクリーンエネルギーを手に入れる。50年かかろうとも、確実に達成する価値がある目標なのだ。
“速さ”と”確実性”のトレードオフ
コンコルドの教訓:早すぎた失敗
超音速旅客機コンコルド(1976-2003年)は、747とは対照的な運命をたどった。
技術的成功、商業的失敗:
- 最高速度:マッハ2.04(747の2.4倍)
- ニューヨーク-ロンドン:3時間30分(747の半分)
- 生産機数:わずか20機
- 運航期間:27年(747の半分以下)
失敗の理由は「速すぎたコスト」である。コンコルドは超音速を実現した一方で、燃料消費は亜音速旅客機より大幅に大きく、経済性が大きな課題だった。、騒音規制により多くの空港で離着陸禁止、運賃は通常の3倍以上。2000年の墜落事故(113名死亡)が引き金となり、2003年に全機退役した。
一方、747は「最速ではない」が「最も経済的で信頼性が高い」選択として生き残った。イノベーションにおいて、スピードは常に正義ではない。
未来技術の進化速度を予測する
あなたの産業は「747型」か「半導体型」か?
イノベーション戦略を立てる上で最も重要な問いは、「自分の挑む技術がどちらの時間軸に属するか」である。以下のフレームワークで分類できる。
【パターン①:747型イノベーション(スロー型)】
特徴:
- 強い物理制約(スケール、材料、エネルギー)
- 厳格な安全規制・認証プロセス
- 巨大インフラへの依存
- 失敗のコストが極めて高い
該当技術:
1. 航空宇宙
- 次世代超音速機:コンコルドの失敗を超える経済性の実現には、素材革命(高温複合材)、エンジン革新(低騒音超音速エンジン)、規制改革が必要。開発期間20年以上
- 月面基地・火星探査:SpaceXのStarshipも、火星への有人飛行は2030年代後半が現実的。物理的距離(火星まで6ヶ月)は短縮不可能
2. エネルギー
- 核融合炉:ITERの次の「実証炉(DEMO)」は2050年代の運転開始が目標。商業化は2060年代以降
- 洋上風力:大型タービン(15MW級)の設置には専用船舶、海底送電網、保守インフラが必要。プロジェクト期間10〜15年
3. 都市インフラ
- ハイパーループ:真空チューブ内を時速1,000kmで移動する構想。安全認証、用地買収、建設期間を含めると、実用路線の完成まで20年以上
- スマートシティ:都市全体のデジタル化は、電力網、通信網、交通システムの同時改修が必要。30〜50年単位のプロジェクト
戦略:
- 長期投資:10年以上のキャッシュフロー赤字を覚悟
- 段階的改良:ビッグバン型革新より、既存技術の確実な改善
- 規制当局との協調:敵対ではなく、共同での安全基準策定
- エコシステム構築:単独技術ではなく、インフラ・人材・制度を含めた全体設計
【パターン②:半導体型イノベーション(高速型)】
特徴:
- デジタル化可能(物理制約が弱い)
- 試行錯誤のコストが低い
- ネットワーク効果・データ効果が強い
- 失敗が「学習」になる
該当技術:
1. AI・機械学習
- 大規模言語モデル(LLM):GPT-3(2020年)→GPT-4(2023年)→GPT-5(2025年)と、2年周期で世代交代
- 生成AI:画像生成モデルは2021年のDALL-E、2022年のStable Diffusion、2023年のMidjourneyと、1年単位で飛躍的進化
2. ソフトウェア・プラットフォーム
- SaaS:新機能のリリースは週単位、A/Bテストは日単位で実施可能
- クラウドインフラ:AWSは年間数千の新サービス・機能を追加。進化速度は指数関数的
3. バイオインフォマティクス
- 遺伝子解析:次世代シーケンサーのコストは2007年の1,000万ドル/ゲノムから、2023年の200ドルまで低下(5万分の1)
- 創薬AI:候補化合物の探索期間を数年から数ヶ月に短縮
戦略:
- 高速反復:MVP(最小実行可能製品)を早期リリース、ユーザーフィードバックで改善
- 破壊的革新:既存市場の改善より、新市場の創造
- ネットワーク効果の活用:ユーザー数が増えるほど価値が上がる設計
- オープンイノベーション:外部の才能・アイデアを積極的に取り込む
【パターン③:ハイブリッド型——量子コンピュータの二重性】
量子コンピュータは、747型と半導体型の両方の性質を併せ持つ特異な技術である。
ハードウェア:747型
- 物理制約:量子ビットは絶対零度近く(-273℃)で動作。超低温環境の維持には巨大な冷凍装置が必要
- エラー率の壁:量子状態は極めて不安定。実用的な量子コンピュータには数百万個の物理量子ビットが必要だが、現在は数百個レベル
- 開発期間:Google、IBM、Microsoftが2020年代から本格投資を開始。実用化は2030年代後半〜2040年代の見込み
ソフトウェア:半導体型
- 量子アルゴリズム:Shorのアルゴリズム(1994年)、Groverのアルゴリズム(1996年)など、ソフトウェア側の進化は年単位
- シミュレーション:古典コンピュータで量子アルゴリズムを検証可能。開発サイクルは数ヶ月
予測:
量子コンピュータ業界は「ハードウェアのスロー進化」と「ソフトウェアの高速進化」の非対称な発展を経験する。2030年代には「ハードウェアはまだ未熟だが、アルゴリズムは高度に洗練されている」という状況が生まれるだろう。
イノベーション戦略の分岐点
経営者・投資家が今日から使える3つの判断基準
1969年2月9日、747が初めて空を飛んだあの日、私たちは重要な教訓を得た。イノベーションには複数の時間軸があり、どちらが優れているかではなく、自分の問題がどちらに属するかを見誤らないことが重要だということだ。
以下の3つの問いに答えることで、あなたのプロジェクトがどちらの時間軸に属するかを判断できる。
判断基準①:あなたの技術の”物理限界”はどこにあるか?
問い:
10倍の性能向上を実現するには、何が必要か?
- 物理的制約が強い(新素材、エネルギー源、スケール則の突破が必要)→ 747型
- 論理的拡張が可能(アルゴリズム改善、データ増加、計算資源追加で達成可能)→ 半導体型
実例:
- バッテリー密度を10倍にするには、リチウムイオンを超える新化学が必要(747型)
- 画像認識精度を10倍にするには、モデル改良とデータ増加で可能(半導体型)
戦略への示唆:
物理限界が近い技術には、長期投資と基礎研究が不可欠。短期的ROIを求めると失敗する。
判断基準②:”失敗のコスト”はどれほど高いか?
問い:
プロトタイプが失敗した場合、何が失われるか?
- 人命、環境、ブランド価値が損なわれる→ 747型(慎重な検証と規制対応が必須)
- 金銭的損失のみ、学習機会になる→ 半導体型(高速反復を推奨)
実例:
- 自動運転車の事故は人命に関わる(747型寄り)。ただし、シミュレーション技術により、部分的に半導体型アプローチも可能
- SaaSの新機能バグはユーザー体験を損なうが、即座にロールバック可能(半導体型)
戦略への示唆:
失敗コストが高い領域では、「Move fast and break things」は禁句。「Move carefully and build trust」が正解。
判断基準③:エコシステムの”慣性”はどれほど強いか?
問い:
既存インフラ・規制・習慣を無視して、ゼロから設計できるか?
- 既存システムとの互換性が必須(空港、送電網、法規制)→ 747型
- 新市場を創造できる、既存システムを破壊できる→ 半導体型
実例:
- 電気自動車は充電インフラ整備が必要(747型要素)。テスラが成功した理由の一つは、自社で充電網を構築したこと
- クラウドストレージは既存ITインフラを無視して新市場を創造(半導体型)
戦略への示唆:
エコシステムが強固な領域では、単独の技術革新ではなく、プラットフォーム戦略(インフラ・標準・パートナーシップの同時構築)が不可欠。
最後のメッセージ:時間軸を間違えた者は敗れる
失敗事例①:Theranos(半導体型戦略を747型領域に適用)
血液検査スタートアップTheranosは、「高速反復」「Move fast」のシリコンバレー文化を、厳格な医療規制と物理的制約の強いヘルスケア領域に持ち込んだ。結果は詐欺罪での創業者起訴だった。医療機器は747型であり、半導体型の「とりあえずリリース」は許されない。
失敗事例②:核融合の「あと20年」(747型の現実を無視した楽観)
1970年代から「核融合はあと20年で実現する」と言われ続けてきた。しかし現実には、物理的・工学的課題は想定以上に困難だった。ITERが50年計画になったのは、747型の時間軸を受け入れたからである。
成功事例:Amazon(時間軸の使い分け)
Amazonは、ソフトウェア(EC、AWS)では半導体型の高速反復を、物流インフラ(倉庫、配送網)では747型の長期投資を使い分けた。この「二重戦略」がGAFAMの一角を占める理由である。
1969年2月9日が教えてくれること
747が初飛行した日、インテルはまだ創業1年目だった。その後の55年間、片や半世紀変わらぬ設計で空を飛び続け、片や1億倍の性能向上を実現した。
どちらが「正しい」イノベーションだったのか?答えは「どちらも正しい」である。
747は航空旅行を民主化し、グローバリゼーションを可能にした。半導体はデジタル革命を起こし、情報社会を実現した。重要なのは、自分の挑む問題がどちらの時間軸に属するかを正確に見極め、それに適した戦略を採用することだ。
2026年の今日、あなたが取り組んでいる技術は、747だろうか、それとも半導体だろうか?
その答えが、今後10年のあなたの戦略を決定する。
【著者注】
本記事の執筆にあたり、ボーイング社の公式資料、インテルの技術文書、FAA認証プロセスに関する公開資料、ITER機構の報告書、SpaceXの技術発表などを参照しました。
【Information】
【参考リンク】
ボーイング社(The Boeing Company)(外部)
世界最大の航空宇宙機器開発製造会社。1916年創業。747を含む民間旅客機、軍用機、人工衛星、ミサイルなどを製造。本社は米国シカゴ、主要工場はワシントン州エヴェレット。
インテル(Intel Corporation)(外部)
世界最大の半導体チップメーカー。1968年にゴードン・ムーアとロバート・ノイスにより創業。x86アーキテクチャのCPUで市場を支配し、「ムーアの法則」の提唱者ゴードン・ムーアが共同創業者。
米国連邦航空局(FAA: Federal Aviation Administration)(外部)
米国運輸省の下部組織で、民間航空の安全規制を担当。航空機の型式証明、運航承認、パイロット資格認定などを実施。世界の航空安全基準の事実上の標準となっている。
欧州航空安全機関(EASA: European Union Aviation Safety Agency)(外部)
欧州連合における航空安全を管轄する機関。航空機の設計・製造・運用に関する認証と規制を担当。FAAと並んで世界の航空安全基準を主導する。
ITER機構(ITER Organization)(外部)
国際熱核融合実験炉を建設・運営する国際組織。日本、EU、米国、ロシア、中国、韓国、インドの7極が参加。フランス南部に建設中の核融合実験炉で、人類初の核融合エネルギー実証を目指す。
スペースX(SpaceX)(外部)
イーロン・マスクが2002年に創業した民間宇宙開発企業。再使用可能ロケット「Falcon 9」、超大型ロケット「Starship」を開発。火星移住を最終目標に掲げる。
【用語解説】
ムーアの法則(Moore’s Law)
インテル共同創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱した経験則。「半導体の集積度は約2年ごとに倍増する」という観察に基づく予測。実際に50年以上にわたって半導体業界の進化を導いた。
型式証明(Type Certification)
航空機が安全基準を満たしていることを証明する認証制度。新しい航空機設計は、FAA、EASAなどの規制当局による数千時間の審査と飛行試験を経て承認される。取得には数年から10年以上かかることもある。
トランジスタ(Transistor)
電気信号を増幅・スイッチングする半導体素子。現代のコンピュータチップには数百億個のトランジスタが集積されている。トランジスタの微細化がムーアの法則の核心である。
プロセスルール(Process Rule/Process Node)
半導体製造における回路線幅の微細化レベルを示す指標。単位はnm(ナノメートル)。数値が小さいほど微細で高性能。2023年時点で最先端は3nmプロセス。
量子コンピュータ(Quantum Computer)
量子力学の原理(重ね合わせ、エンタングルメント)を利用して計算を行うコンピュータ。従来のコンピュータでは解けない問題を高速に解ける可能性がある。ただし、実用化には物理的・工学的課題が多い。
核融合炉(Nuclear Fusion Reactor)
水素などの軽い原子核を高温・高圧下で融合させ、膨大なエネルギーを取り出す装置。太陽のエネルギー源と同じ原理。実用化すればクリーンで無尽蔵のエネルギーが得られるが、技術的ハードルが極めて高い。
超音速旅客機コンコルド(Concorde)
英仏共同開発の超音速旅客機(最高速度マッハ2.04)。1976年就航、2003年退役。技術的には成功したが、燃費の悪さ、騒音問題、高額運賃により商業的には失敗した。
MVP(Minimum Viable Product:最小実行可能製品)
スタートアップやソフトウェア開発で用いられる手法。最小限の機能を持つ製品を早期にリリースし、ユーザーフィードバックを得ながら改良を重ねる。高速反復開発の基本戦略。
【参考動画】
Boeing Classicsチャンネルによる747初飛行の公式映像(3分34秒)。1969年2月9日の歴史的瞬間を当時の映像で振り返る。747開発チームへのインタビューも収録。
クイーンズランド工科大学による教育動画(3分)。ムーアの法則の基本概念を視覚的に分かりやすく解説。トランジスタ数の指数関数的増加をグラフで示している。
インテル公式チャンネルによるムーアの法則の現状解説(1分48秒)。インテルのエンジニアが次世代プロセス技術の開発について語る。






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