2度の爆発で断念された新型ロケットモータ。日本の宇宙開発は「前進」を諦め、実績ある従来技術への回帰を選んだ。この決断は後退なのか、それとも確実性を重視した戦略的再構築なのか——2026年度に予定される実証機打上げが、日本の固体ロケット技術の未来を決める。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2026年2月4日、イプシロンSロケットの開発計画を大幅に見直すと発表した。2024年11月26日に種子島宇宙センターで実施した第2段モータ(E-21)の地上燃焼試験において、点火後約49秒で燃焼異常により爆発が発生した。
原因調査に相応の時間を要する見込みのため、新型E-21モータの採用を断念し、強化型イプシロンで使用していた第2段モータ(M-35)に回帰する方針を決定した。この新モータはM-35aと命名され、推進薬量は約15トンとなる。新形態は「イプシロンSロケットBlock1」と称し、全長は約26.8メートルとなる。
JAXAは2026年度の実証機打上げを目指す。原因調査では、熱の影響によりケース側インシュレーションの気密喪失が燃焼ガスリークと爆発につながった可能性が高いと推定されている。
現在、直径約440ミリメートルのサブサイズモータ燃焼試験を実施中である。
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イプシロンSロケットの開発状況について(宇宙開発利用部会(第102回)配付資料)- JAXA
【編集部解説】
今回の開発計画見直しは、日本の宇宙開発における重要な転換点となります。表面的には「従来型モータへの回帰」に見えますが、その背景には日本の宇宙産業が直面する構造的な課題が凝縮されています。
まず理解すべきは、これが単なる技術的なトラブルではないという点です。イプシロンSロケットは2023年7月と2024年11月の2度にわたり地上燃焼試験で爆発事故を起こしました。同じ第2段モータで2度の失敗は、設計思想そのものに根本的な問題がある可能性を示唆しています。
技術的な核心は「固体ロケットモータの熱管理」という古くて新しい課題にあります。固体燃料は液体燃料と異なり、一度点火すると制御が困難です。今回の事故では、モータケースと推進薬の隙間を保護する「インシュレーション」という断熱材が、想定を超える熱で焼損し気密性を失いました。
JAXAの調査では、この熱負荷増大の原因として3つのメカニズムを特定しています。特に注目すべきは「空隙部推進薬への着火」です。製造時に生じた約29ミリメートルの空隙が燃焼異常を引き起こした可能性があり、これは製造プロセスの精度管理という根本的な課題を浮き彫りにしています。
E-21モータは推進薬量を15トンから18トンに増やした「強化版」でした。しかし2度の失敗を受け、JAXAは増強を諦めM-35aへ回帰する決断を下しました。この判断は技術的には保守的ですが、戦略的には合理的と言えます。
なぜなら、日本は現在「宇宙へのアクセス手段」を失いつつあるからです。H3ロケットは大型衛星向け、イプシロンSは小型衛星向けという役割分担の中で、イプシロンSの長期運用停止は日本の宇宙開発の自立性を直接脅かします。
特に深刻なのが国際的な信頼への影響です。2020年にNECを通じて受託したベトナムの地球観測衛星LOTUSat-1は、打上げ機会を待ち続けている状況です。約590キログラムという質量はイプシロンSロケットBlock1で対応可能ですが、衛星側の推進装置で最終軌道まで到達する設計となっています。
今回の計画には、もう一つの重要な戦略的意図が込められています。それはH3ロケットとの「シナジー効果」です。第1段モータにH3のSRB-3を採用し、推進薬も共通化、さらにアビオニクスや火工品、射場設備まで共通化することで、開発コストと製造コストの大幅削減を狙っています。
これは単なるコスト削減策ではありません。JAXAは将来的にイプシロンSロケットの運用を民間企業に移管する計画を持っています。IHI Aerospaceが主導する民間運用体制への移行を見据えたとき、H3との部品共通化は産業基盤の維持という観点で極めて重要です。
固体ロケット技術は、日本が独自に保有すべき「戦略的技術」と位置づけられています。液体燃料ロケットと異なり、固体ロケットは長期保存が可能で即応性が高く、有事の際の衛星打上げ能力として安全保障上の意義を持ちます。この技術基盤を失うことは、単に商業的な打上げサービスを失う以上の意味を持つのです。
2026年度中の実証機打上げという目標は野心的です。M-35aの地上燃焼試験、実証機の製造、射場作業をわずか1年で完遂する必要があり、スケジュールリスクは決して小さくありません。しかしJAXAに選択の余地はありません。これ以上の遅延は、宇宙戦略基金やSBIR(中小企業技術革新制度)で支援される国内ベンチャーの衛星打上げ需要にも応えられず、日本の宇宙産業エコシステム全体の停滞を招きかねないからです。
原因調査は現在も継続中であり、サブサイズモータ燃焼試験の結果次第では、さらなる設計変更が必要になる可能性も残されています。実機大モータでの検証試験も計画されており、真の原因解明にはまだ時間を要するでしょう。
今回の事態は、先端技術開発における「保守と革新のバランス」という普遍的な課題を示しています。増強を目指したE-21での失敗、そして実績あるM-35への回帰。これは後退ではなく、確実性を重視した戦略的再構築として評価すべきでしょう。
【用語解説】
第2段モータ
ロケットの2段目を推進する固体燃料モータ。イプシロンSロケットでは当初E-21モータを採用予定だったが、2度の燃焼試験での爆発事故を受け、実績のあるM-35モータの改良型M-35aに変更された。推進薬量は約15トンである。
インシュレーション
固体ロケットモータ内部で、高温の燃焼ガスからモータケース(外殻)を保護する断熱材。今回の事故では、この断熱材の焼損が想定を超えて進行し、気密性を失ったことが燃焼ガスのリークと爆発につながった可能性が高いと推定されている。
固体ロケット
固体推進薬を燃料とするロケット。液体ロケットと比べて構造がシンプルで長期保存が可能、即応性が高いという特徴を持つ。一方で、一度点火すると燃焼を制御することが困難である。日本は戦略的技術として固体ロケット技術の維持を重視している。
地上燃焼試験
ロケットモータを地上の試験設備に固定し、実際に点火して燃焼させることで性能や安全性を検証する試験。飛行前の最終確認として実施される重要な試験である。
SRB-3
H3ロケット用に開発された大型固体ロケットブースター。H3では補助ブースターとして使用され、イプシロンSロケットでは第1段モータとして採用されることで、両ロケット間の部品共通化とコスト削減を実現している。
SSO(太陽同期軌道)
地球観測衛星が主に利用する軌道。衛星が常に同じ地方時に同じ地点の上空を通過するため、同一条件での継続的な地球観測が可能となる。高度約500〜800キロメートルの極軌道が一般的である。
Block1
イプシロンSロケットの初期運用形態の名称。E-21モータの開発を一旦中断し、実績のあるM-35aモータを採用することで早期の運用開始を目指す。将来的にはBlock2以降として段階的な性能向上が計画されている。
FTA(故障の木解析)
システムの故障や事故を体系的に分析する手法。トップ事象(今回は爆発)から出発し、それを引き起こす可能性のある要因を論理的に階層構造で分解していくことで、根本原因を特定する。
【参考リンク】
JAXA イプシロンロケット公式サイト(外部)
日本の固体燃料ロケット「イプシロンロケット」の公式ページ。開発の経緯、技術的特徴、打上げ実績などの情報が掲載されている。
JAXA Epsilon Launch Vehicle(英語版)(外部)
イプシロンロケットに関するJAXAの英語公式ページ。国際的な読者向けに技術仕様やミッション情報を提供している。
IHI Aerospace 固体推進システム(外部)
イプシロンSロケットの開発・製造を担当するIHI Aerospaceの固体推進システム研究開発に関する英語ページ。
Vietnam’s first radar satellite LOTUSat-1 ready for orbit(外部)
JAXAが打上げを受託しているベトナム初のレーダー観測衛星LOTUSat-1に関する記事。約600キログラムの衛星を解説。
【参考動画】
【参考記事】
Japan space agency to review its Epsilon S rocket development plan – NHK World(外部)
日本の公共放送NHKの英語ニュース。JAXAがイプシロンSロケットの開発計画を見直し、2026年度中の実証機打上げを目指すと報じている。
JAXA Aims to Launch Epsilon S Rocket in Fiscal 2026 – Adnkronos(外部)
イタリアの通信社Adnkronosの英語版記事。2024年11月の爆発事故を受けた開発計画見直しについて報じている。
JAXA aims to launch Epsilon S rocket in fiscal 2026 – Tuoi Tre News(外部)
ベトナムのメディアによる報道。特にベトナムの衛星LOTUSat-1の打上げが遅延している状況について詳しく報じている。
Establishment of the Investigation Team for the Combustion Anomaly – JAXA(外部)
2024年11月26日の燃焼試験での爆発事故直後にJAXAが発表した公式プレスリリース。点火後約49秒で爆発が発生したことを記録。
Epsilon-S rocket will be developed and operated by IHI – Seradata(外部)
宇宙産業専門メディアSeradataによる記事。イプシロンSロケットの民間運用体制への移行について解説している。
【編集部後記】
2度の失敗を経て、増強を諦め実績ある技術に立ち返る——この決断をどう受け止められますか?「後退」と見る向きもあるかもしれませんが、私たちは「確実性を選んだ戦略的判断」だと感じています。宇宙開発は失敗と隣り合わせです。
しかし日本には待っている衛星があり、固体ロケット技術という戦略的資産を守る使命もあります。技術革新を追求する姿勢と、着実に成果を出す現実主義のバランス——この難しい舵取りから、私たちは何を学べるのでしょうか。2026年度の実証機打上げが成功するか、見守りたいと思います。







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