2026年2月20日、NASAは2024年のBoeing Starliner有人試験飛行に関する調査報告書を公開し、ミッション失敗における自らの責任を認めた。
NASA長官ジャレッド・アイザックマンは、同ミッションを「タイプA ミシャップ」に分類したと発表した。これはミッション失敗および物的損害の直接費用が200万ドル以上、または有人航空機の機体喪失が発生した場合に適用される分類である。Starlinerには両方が該当し、これまでの費用は42億ドルに達している。
Starlinerは2024年6月5日に打ち上げられたが、ISS飛行中に複数のスラスター故障が発生し、宇宙飛行士スニ・ウィリアムズとブッチ・ウィルモアはISSに数カ月間足止めされ、2025年3月にCrew-9で帰還した。アイザックマンは不具合の真の技術的根本原因はまだ特定されていないが、特定に近づいていると述べた。
NASAとBoeingは2026年4月に無人補給ミッションでStarlinerを再びISSへ送る予定である。
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NASA Admits Fault in Starliner Test Flight, Classifies It as ‘Type A’ Mishap
【編集部解説】
今回のNASAによるStarliner有人試験飛行の「タイプA ミシャップ」分類は、単なる事故等級の変更にとどまらず、米国の有人宇宙飛行における官民連携体制の根幹を問い直す出来事です。
まず「タイプA ミシャップ」について補足します。NASAの事故分類はタイプAからタイプD、および「ニアミス」の5段階で構成されており、タイプAは最も深刻な分類です。200万ドル以上の損害、機体の喪失、または人命の損失が発生した場合に適用されます。過去にはスペースシャトル「チャレンジャー」(1986年)と「コロンビア」(2003年)の事故にも同じ分類が適用されました。ただしアイザックマン長官自身が記者会見で述べているように、同じ分類であっても事故の深刻度が同等というわけではなく、この分類が引き金となる独立調査と長官レベルの対応が重要な意味を持ちます。
注目すべきは、NASAが本来この分類をミッション直後に適用すべきであったにもかかわらず、それを怠っていた点です。312ページにわたる独立調査報告書は、ハードウェアの欠陥だけでなく、NASAの監督体制、Boeingとの間に生じた不信感、そして「2社体制の維持」というプログラム上の目標が技術的判断に影響を及ぼしていたことを指摘しています。アイザックマン長官は「プログラムの評判への配慮がその判断に影響した」と認め、「リーダーシップの責任を問う」と明言しました。
元記事では、StarlinerがNASAに「42億ドル」の費用をかけたと記載されています。この数字は、2014年にNASAがBoeingに対して授与したCommercial Crew Transportation Capability(CCtCap)契約の金額と一致します。一方でBoeing側は固定価格契約のもと、コスト超過分として自社資金から少なくとも20億ドル(2025年2月時点)を追加で負担しています。つまり、プログラム全体のコストはNASAの契約額をはるかに上回っています。
比較対象として、SpaceXは同じ2014年に26億ドルでCrew Dragonの開発契約を獲得し、2020年から有人運用を開始して、すでに複数のミッションを完了しています。Boeingが42億ドルという、SpaceXより約1.6倍大きな契約額を得ていたにもかかわらず、いまだ運用認証に至っていないという事実は、固定価格契約のもとでの大規模宇宙開発がいかに困難であるかを示しています。
今回の報告書が浮き彫りにしたのは、NASAのBoeingに対する管理姿勢が「ハンズオフ(hands-off)」、すなわち過度に委任的であったという構造的な問題です。アイザックマン長官は、この姿勢によりNASAが「有人宇宙船を自信を持って認証するために必要なシステム知識」を欠いていたと指摘しました。これを受け、NASAは契約業者のポジションを連邦職員に戻す方針を示しており、エンジニアリング能力の再構築を図る考えです。
現在、Starlinerの不具合の技術的な根本原因はまだ完全には特定されていません。主な問題として、推進システムのスラスター故障とヘリウムリークが挙げられており、調査ではシール材と酸化剤の材料不適合や、再突入時のスラスター不発火なども明らかになっています。2026年4月に予定されている無人補給ミッション(Starliner-1)は、これらの改修が実環境で機能するかを検証する重要な試金石となります。
長期的な視点で見ると、ISSは2030年頃の退役が計画されており、Starlinerが運用認証を得て有人飛行を実施できる時間的余裕は限られています。NASAとBoeingは2025年11月に契約を修正し、当初6回の有人ミッションを4回(うち1回は今回の無人貨物ミッション)に削減しました。Starlinerが本来果たすべきだった「2社体制による冗長性の確保」という役割は、現時点ではSpaceXのCrew Dragonが単独で担っている状況です。
この一件は、商業宇宙開発における「競争と冗長性」の理念そのものに再考を迫るものでもあります。NASAがアポロ時代から民間企業と協力してきた歴史は長く、アイザックマン長官も商業契約が本質的にリスクが高いわけではないと強調しています。しかし、技術的な厳格さと組織文化の健全性が伴わなければ、いかなる制度設計も安全を保証できないことを、今回の報告書は改めて示しました。
【用語解説】
スラスター(thruster)
宇宙船の姿勢制御や軌道修正に用いる小型推進装置。Starlinerでは、ISSへの接近・ドッキング時に複数のスラスターが故障し、機体の制御を一時的に失った。
OFT(Orbital Flight Test / 無人軌道飛行試験)
有人飛行に先立って実施される無人の飛行試験。Starlinerでは2019年にOFT-1を実施したがソフトウェアエラーにより失敗し、2022年にOFT-2で再試験を行った。
CCtCap(Commercial Crew Transportation Capability)
NASAのCommercial Crew Programにおける最終段階の契約。2014年にBoeingが42億ドル、SpaceXが26億ドルで契約を獲得し、それぞれStarlinerとCrew Dragonの開発・運用を担う。
Crew-9
SpaceX Crew Dragonによる国際宇宙ステーションへの有人輸送ミッション。Starliner試験飛行でISSに取り残されたウィリアムズ、ウィルモア両飛行士は2025年3月にこのミッションで帰還した。
【参考リンク】
NASA Commercial Crew Program(外部)
SpaceX Crew DragonおよびBoeing Starlinerによる有人輸送の進捗状況を掲載するNASA公式ページ。
Boeing – Starliner(外部)
Boeing CST-100 Starlinerの公式製品ページ。宇宙船の仕様、開発状況、ミッション情報を掲載している。
SpaceX – Crew Dragon(外部)
NASAのCommercial Crew Programで現在唯一、有人飛行を運用中のSpaceX Crew Dragonの公式ページ。
【参考記事】
NASA Releases Report on Starliner Crewed Flight Test Investigation(外部)
NASA公式プレスリリース。タイプA分類の公式発表と312ページの調査報告書PDFを掲載。本記事の一次情報源。
NASA report declares Starliner incident a type A mishap(Astronomy.com)(外部)
報告書が特定した3つの根本原因とタイプA分類の意味を詳細に解説。アイザックマン長官の発言も収録。
NASA now says Boeing’s 1st Starliner astronaut flight was a ‘Type A mishap’(Space.com)(外部)
NASAの事故分類体系の定義とタイプA適用基準を詳述。ミッション直後に分類されなかった経緯にも言及。
NASA, Boeing Modify Commercial Crew Contract(NASA公式)(外部)
2025年11月の契約修正に関する公式発表。ミッション数削減とStarliner-1の無人貨物ミッション変更の経緯を掲載。
NASA designates botched Boeing Starliner test flight a ‘Type A mishap’(CNN)(外部)
記者会見での詳細な発言を収録。帰還方法をめぐる内部対立や会議での怒号に関する証言などを報道。
Boeing Takes Another $250 Million Charge for Starliner(SpacePolicyOnline.com)(外部)
Boeingのコスト超過額の推移と固定価格契約の構造、NASAとの官民連携モデルの詳細を報告。
【編集部後記】
今回の報告書で繰り返し指摘されたのは、ハードウェアの問題以上に「意思決定と組織文化」の問題でした。
技術的な挑戦がどれほど困難であっても、それを支える組織のあり方次第で結果は大きく変わる—これは宇宙開発に限らず、私たちの身近な現場にも通じるテーマかもしれません。みなさんは、この一件からどんなことを感じましたか?







































