1946年、世界初の汎用電子計算機ENIACが公開されたとき、その場に6人の女性がいました。彼女たちはマニュアルも前例もないまま、配線を繋ぎ変えてプログラムを完成させた——まさにプログラミングという行為を「発明」した人々です。しかし、お披露目会場で記者たちに紹介されることはありませんでした。歴史的な写真に彼女たちの姿は残っています。ただ、それを見た後世の研究者たちは、長い間その女性たちを「モデル」だと思い込んでいました。名前が判明するまでに、半世紀の歳月が必要だったのです。
3月8日は「国際女性デー(International Women’s Day)」です。この日の起源をたどると、1908年のニューヨークに行き着きます。約1万5千人の女性たちが、より短い労働時間、より良い賃金、そして参政権を求めて通りを埋めました。118年後の2026年、国連はこの日のテーマとして「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」を掲げています。
テクノロジーと科学の歴史には、重要な貢献を果たしながら長く「見えない」存在にされてきた人々の物語が、いくつも重なっています。
通りを埋めた1万5千人——国際女性デーの起源
1908年3月のニューヨーク。女性たちのデモ行進は、当時の労働環境の過酷さを背景に行われました。縫製工場では15歳の少女たちが週7日、朝7時から夜8時まで働き、週給は約6ドル。トイレに行くために建物を出なければならず、管理者は「仕事の中断を防ぐ」ために出口の鉄扉を施錠していました。
1910年、ドイツの社会主義者クララ・ツェトキンがコペンハーゲンの国際社会主義女性会議で、毎年各国で同じ日に女性の権利を訴える日を設けることを提案。17カ国から集まった100人以上の女性代表が満場一致で賛同し、翌1911年3月19日、オーストリア、デンマーク、ドイツ、スイスで初の国際女性デーが開催されました。100万人以上が参加したとされています。
しかしその6日後、1911年3月25日。ニューヨークのトライアングル・シャツウエスト工場で火災が発生します。出口の扉は施錠されたままでした。消防車のはしごは10階建てビルの上層階に届かず、146人の労働者——そのほとんどがイタリアやユダヤ系の若い移民女性で、最年少は14歳——が命を落としました。わずか30分間の出来事でした。
この惨事は、その後30を超える労働安全法の制定につながり、アメリカの労働者保護の原点となりました。国際女性デーは、こうした労働運動の中から生まれた日です。
テクノロジーと科学に刻まれた「見えなかった」系譜
国際女性デーの起源に通じる構造——重要な貢献がありながら、歴史から「見えなく」される——は、テクノロジーと科学の分野にも繰り返し現れています。
コンピュータの「発明者」たち。 1940年代、「Computer(計算手)」は人間の職業名であり、とりわけ数学に強い女性たちがその担い手でした。配線を繋ぎ変え、論理を物理的な接続に「翻訳」する作業は、電話交換手の仕事と同じように「女性向きの事務作業」とみなされていたのです。1946年にENIACを動かした6人の女性プログラマーは、その環境の中で、マニュアルなしにプログラミングという概念そのものを生み出しました。しかし公開式典で記者に紹介されることはなく、彼女たちの仕事は長く歴史の影に消えていました。
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「写真51」を撮った科学者。 1950年代初頭の科学界では、女性研究者が独立した立場で成果を主張することは容易ではありませんでした。ロザリンド・フランクリンがX線結晶構造解析で撮影した「写真51」は、DNA二重らせん構造の発見に不可欠なデータでした。しかし、そのデータは本人の明確な同意なく別の研究者の手に渡り、ノーベル賞はワトソンとクリックに贈られました。フランクリンの貢献が正当に認識されるまでには、数十年の歳月が必要でした。
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NASAの「人間コンピュータ」。 1960年代のアメリカは、公民権運動の只中にありました。バージニア州では人種隔離政策が続く中、NASAのラングレー研究所ではアフリカ系アメリカ人女性たちが「人間コンピュータ」としてロケットの軌道計算を支えていました。キャサリン・ジョンソンもその一人です。1962年、ジョン・グレンが有人軌道飛行に臨む際、IBMの電子計算機ではなく彼女に検算を求めたエピソードは、人間の能力への信頼を象徴しています。しかし、彼女たちの物語が広く知られるようになったのは、2016年の映画『ドリーム(原題:Hidden Figures)』がきっかけでした。
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3つの物語はそれぞれ異なる時代、異なる分野のものです。しかし、ある共通のパターンが浮かび上がります。いずれも、ある仕事が「高度な専門職」として社会的地位を得ていく過程で、それ以前からその仕事を担っていた女性たちの姿が背景に退いていきました。プログラミングが「女性の事務作業」から「男性の専門職」へ。計算が「人間の手作業」から「機械の仕事」へ。その転換のたびに、元の担い手たちの貢献は歴史の記述から薄れていったのです。
2026年——データの中の「見えない人々」
歴史の中で繰り返されてきた不可視化の構造は、いま形を変えて続いています。今度は、データの中で。
Getty Imagesが国際女性デーに合わせて公表した調査は、その一端を数字で示しました。日本の広告ビジュアルに60歳以上の女性が登場する割合はわずか5.3%。働く姿として描かれるケースは1.6%にすぎません。「シワや体型の変化」「アンチエイジング」といったシニア特有の描写がグローバル平均を上回る一方、「リーダーシップを発揮する姿」「モダンでスタイリッシュな姿」といった社会的存在感を示す表現は、いずれもグローバル平均を下回っています。
広告は、社会が「誰を見ているか」を映す鏡です。そしてその鏡に映った像を、いま生成AIが学習しています。もし素材市場に蓄積されたデータが特定の人々を十分に映していなければ、AIが生み出す画像にもその偏りは引き継がれます。ENIACの写真から女性プログラマーの名前が消えたように、データの中から特定の存在が「見えなく」なる構造が、技術の世代を超えて繰り返される可能性があるのです。
Getty Imagesがこの調査で試みているのは、まさにその不可視性を「測定する」ことです。何が映っていて、何が映っていないのか。検索・ダウンロード動向や消費者調査を組み合わせた「VisualGPS」という基盤を用い、視覚データの偏りを可視化しようとしています。同社は素材市場を観察する立場であると同時に、自ら商用利用を前提とした生成AIも提供しており、データの偏りは自社の事業にも直結する課題です。「見えなくされた人を、見えるようにする」——その出発点は、偏りの存在に気づくことにあります。
(関連記事:広告に現れないシニア女性たち|Getty Imagesの調査が示す生成AI時代の視覚データの偏り)
ただし、偏りに「気づく」ためには、多様な視点を持つ人々がAIの設計や評価に関わっている必要があります。現在、世界のAI関連職に占める女性の割合は約22%、AI研究者に限ると18%です(World Economic Forum, 2024)。作る側の多様性が限られている状況では、データの中の不可視性に気づくこと自体が難しくなります。
一方で、変化の兆しもあります。Deloitte(2024年)の調査によれば、アメリカにおける女性の生成AI利用率はこの1年で3倍に急増し、男性の2.2倍の成長率を記録しました。AIを「使う側」の裾野は確実に広がっています。
見えることと、見えないこと
118年前、ニューヨークの通りを埋めた女性たちは、自分たちの存在を「見えるもの」にするために行進しました。ENIACの配線を繋いだ6人は、半世紀を経てようやく「見える」存在になりました。
2026年の私たちは、何を見ていて、何を見落としているのでしょうか。
Information
【用語解説】
国際女性デー(International Women’s Day)
毎年3月8日に世界中で行われる、女性の権利と社会参加を訴える国際的な記念日。1908年のニューヨークにおける女性労働者のデモ行進に端を発し、1975年に国連が公式に認定した。2026年の国連テーマは「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」。
STEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)
科学・技術・工学・数学の4分野の総称。教育政策や労働市場における多様性の議論で広く使われる指標。女性の参加率は増加傾向にあるが、特にAIやサイバーセキュリティなどの先端分野では依然として大きなギャップが存在する。
VisualGPS
Getty Imagesが運営する視覚表現に関する調査プラットフォーム。消費者調査、検索・ダウンロード動向、専門家分析を組み合わせ、広告や商用ビジュアルにおける表現の傾向やバイアスを分析している。
【参考リンク】
知る——国際女性デーとその背景
International Women’s Day(国連公式)
国連による国際女性デーの公式ページ。2026年のテーマ「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」の趣旨やキャンペーン素材がまとめられている。
2026年国際女性デー(認定NPO法人 国連ウィメン日本協会)
国連女性機関(UN Women)日本協会による国際女性デー2026の日本語解説。テーマの背景や、第70回国連女性の地位委員会(CSW70)との連動についても紹介されている。
Triangle Shirtwaist Factory Fire(OSHA)
アメリカ労働安全衛生局によるトライアングル・シャツウエスト工場火災の詳細資料。火災の経緯と、その後の労働法改革への影響がまとめられている。
深める——テクノロジーとジェンダーの交差点
ENIAC Programmers Project
ENIAC女性プログラマー6人の業績を記録・顕彰するプロジェクト。ドキュメンタリー映画「The Computers」の情報や、20時間におよぶオーラルヒストリー映像も提供している。
Gender Parity in the Intelligent Age(World Economic Forum, 2025)
世界経済フォーラムとLinkedInによる、AI時代のジェンダー平等に関する白書。STEM分野の女性参加率やAI人材のジェンダーギャップに関する最新データを収録。
Women and generative AI(Deloitte, 2025)
生成AIの採用における男女差とその変化を分析したDeloitteのレポート。女性の採用率が急増している動向と、残る課題を指摘している。
Forbes JAPAN Women in Tech 30(2026年3月号)
Forbes JAPANが選出するテクノロジー分野で活躍する女性30人。2026年版ではRIKEN AIPの大武美保子氏やサイバーセキュリティ研究者の中島明日香氏らが選出されており、日本で活躍するロールモデルを知ることができる。
動く——参加できるイベント・プログラム
国際女性デー|HAPPY WOMAN FESTA 2026
日本最大級の国際女性デーイベント。10周年を迎える2026年は、東京・大阪・北海道・石川・兵庫など全国10会場で開催。トークセッションやワークショップなど、誰でも参加可能(無料・一部事前予約制)。
キラリ☆サイエンス Fes!(東京都)
東京都が国際女性デーに合わせて初開催するSTEM体験型イベント。女子小中学生と保護者が対象。ファッションテックやモーションキャプチャーの体験、STEM分野で活躍する女性との交流ができる(2026年3月8日、Tokyo Innovation Base、無料・事前申込制)。
Technovation Girls(NPO法人 Waffle)
世界最大級の女子向けテクノロジー教育プログラムの日本公式窓口。中高生の女子がチームでアプリを開発し、社会課題の解決に挑む国際コンペティション。プログラミング未経験でも参加でき、メンターのサポートや機材の無料貸出も用意されている。2026年はAIワークショップも新設。
Women in Tech Japan(WomenTech Network)
テクノロジー分野で働く女性のグローバルコミュニティの日本支部。イベント参加、メンタリング、コミュニティリーダーとしての活動など、さまざまな関わり方ができる。







































