スマートフォンのカメラは、この10年で目覚ましい進化を遂げてきた。センサーの大型化、マルチレンズ化、AIによる画像処理——だが、光学系の根幹である「絞り」だけは、長らく固定されたままでした。カメラ専用機では当然のように備わっているこの機構を、Appleがついにスマートフォンに持ち込もうとしている。iPhone 18 Proの可変絞りカメラシステムが量産フェーズに入ったと、韓国メディアが報じました。この動きは何を意味し、スマートフォン写真の体験をどう変えるのでしょうか。
2026年4月16日に報じられた内容によると、Appleは今年9月に発表見込みのiPhone 18 Pro/Pro Max向けに、可変絞りカメラシステムのサプライチェーンを本格稼働させた。iPhone 14 Pro以降、Appleのメインカメラはf/1.78の固定絞りを採用してきたため、今回の動きは光学設計の大きな転換となる。
業界筋によると、中国のSunny Opticalが絞り機構のアクチュエーター製造を開始し、主要カメラパートナーのLG Innotekも韓国・亀尾工場に専用設備を導入、6〜7月ごろの量産開始を準備中とされる。システムの複雑さから、LG Innotekがメインモジュール生産で大きなシェアを担う見込みで、iPhone 15 Pro MaxへのTetraprism(テトラプリズム)ズームレンズ導入時と同じ構図となる。
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iPhone 18 Pro Variable Aperture Camera Enters Production
【編集部解説】
「最初ではないが、最後でもない」——Appleらしい参入タイミング
可変絞りをスマートフォンに搭載したのは、Appleが最初ではありません。むしろ、だいぶ遅れた参入です。
時系列を整理すると、Samsungが2018年2月のGalaxy S9でf/1.5とf/2.4の2段切替式を搭載したのが一般向けフラッグシップとしての嚆矢でした(技術的には2017年の中国市場向けフリップフォン・W2018が同仕様を先行採用していましたが、一般的なフラッグシップスマートフォンとしてはGalaxy S9が初)。2022年9月、HuaweiはMate 50 Proでf/1.4からf/4.0までを10段階で調整できる機構を搭載します。Xiaomiは2023年の13 Ultraで1インチセンサーとの組み合わせを実現し、2023年10月のXiaomi 14 Proでは1024段階の無段階可変絞りという、もはやカメラ専用機を超えるきめ細かさに到達しました。
つまりこの8年間、Appleは可変絞りのトレンドを静観し続けていたのです。iPhone 14 Proから17 Proまで、メインカメラは一貫してf/1.78の固定絞りでした。
先行者たちの撤退劇
興味深いのは、先行したメーカーの多くがその後、可変絞りから撤退していることです。
Samsungは2018年のGalaxy S9と翌2019年のGalaxy S10で可変絞りを搭載した後、2020年のGalaxy S20シリーズでこれを落とし、それ以降復活させていません。Xiaomiに至っては、2025年の15 Ultraで可変絞りを廃止し、f/1.63の固定絞りに戻しました。Xiaomiに詳しいリーカーが挙げる撤退理由は、本体の軽量化・薄型化の制約と、被写界深度を合成するソフトウェアアルゴリズムの進化でした。Xiaomi 13 Ultraでは、未使用時に端末を振ると機構が物理的に動く現象が話題となり、同社が公式に説明を行う場面もありました。
現時点でも可変絞りを主力機能として継続的に採用しているのは、Huaweiなど一部のメーカーに限られます。
そして2026年2月、SamsungがAppleの動きを受けて可変絞りの再採用を複数サプライヤーに打診しているとの報道がありました。9to5Googleが引用した業界評には「Apple has inspired a lot of Samsung’s direction in Galaxy flagships as of late(最近のGalaxyフラッグシップの方向性はAppleに触発されたものが多い)」という指摘もあり、業界のトレンドセッターとしてのAppleの存在感は、他社が先行した技術でも変わりません。
計算写真の旗手だったApple
なぜAppleは、8年もの間、物理的な絞り機構を採用しなかったのか。答えは、計算写真(Computational Photography)でのアドバンテージにあります。
2019年のiPhone 11で導入されたDeep Fusionは、9枚の異なる露出の画像をニューラルエンジンで合成し、「最も良いピクセル」をつなぎ合わせる処理でした。当時のAppleのマーケティング担当上級副社長フィル・シラー氏はこれを「Computational Photography Mad Science(計算写真のマッドサイエンス)」と表現しています。
2022年のiPhone 14では、Deep Fusionを画像処理パイプラインのより早い段階で適用するPhotonic Engineへと進化し、メインカメラで最大2倍、超広角カメラで最大3倍の低照度性能改善が謳われました(iPhone 14 Pro)。Portrait Modeの被写界深度シミュレーションも、このアプローチの延長線上にあります。Appleは「被写界深度は計算で作れる」と言い切ることで、物理機構なしに「iPhoneらしい画」を成立させてきたわけです。
この路線は成功していました。Samsungが可変絞りを捨てた時期と、AppleがDeep Fusionを磨き上げた時期は、ほぼ重なります。ソフトウェアで十分なら、可動部を増やす必要はない——機構的な単純さ、薄型化、信頼性、コストのすべてで合理的な選択でした。
揺り戻しの時代
ところが2025年前後から、業界の空気が変わり始めます。
英Digital Camera Worldは2025年初頭、「スマートフォンカメラハードウェアは収穫逓減の時代に入っている」と評しました。計算写真だけに依存した処理は「不自然に見える画像」を生みがちで、結局のところ豊富な生データを提供できる良いハードウェアがなければ、アルゴリズムも万能ではない——という論調です。
2026年に入ると、この認識はさらに強まりました。中国のテックメディアGizChinaは「The Return of the Lens(レンズの帰還)」と題し、「アルゴリズムはもはや、小さく劣ったガラスの物理的限界を覆い隠せない」と書いています。1インチセンサー、可変絞り、大口径レンズといった物理的な投資が、再び注目されるようになっているのです。
Apple自身も、近年は少しずつ光学機構への回帰を見せていました。2023年のiPhone 15 Pro Maxで採用されたFolded Tetraprism(折りたたみ式ペリスコープ望遠)は、その象徴です。薄い筐体内で光路を折り曲げて望遠を実現するこの機構は、計算処理では作り得ない光学的な画質を提供しました。可変絞りは、この流れの自然な延長といえます。
「代替」ではなく「補完」
重要なのは、Appleが可変絞りを採用したからといって、計算写真を捨てるわけではない、という点です。
米AppleMagazineが整理しているように、可変絞りは計算写真のアプローチを「置き換える(replace)」のではなく「強化する(strengthen)」ものです。絞りを物理的に絞れば、明所でのダイナミックレンジを犠牲にせずに露出を調整できる——つまり、計算処理に渡す入力データの質が向上します。その上でDeep FusionやPhotonic Engineが走れば、最終的な仕上がりはさらに洗練される、という構造です。
同時に、計算写真では作りにくかったものも実現します。たとえば真の光学ボケ。Portrait Modeのボケは、被写体と背景を分離して後処理で背景をぼかす仕組みですが、髪の毛の周囲や複雑な前景で破綻することがあります。物理的な絞りによる被写界深度は、レンズの光学特性そのものが作り出すため、こうした不自然さがありません。
Appleがこのタイミングを選んだのは、偶然ではないように見えます。計算写真で他社に先行してきた蓄積があるからこそ、物理機構を足し算として加えることができる。両者を一から組み合わせるより、成熟した計算処理の上に絞りを載せる方が、設計の自由度が高いはずです。
サプライチェーンが語るもの
部品の分業構造にも注目に値する点があります。
アクチュエーター(絞り機構を動かす部品)は中国のSunny Opticalが担当し、カメラモジュール組立の主役は韓国LG Innotekが担います。そしてLG Innotekは、システムの複雑さから「より大きなシェア」を取ると見られており、これはiPhone 15 Pro MaxのTetraprism導入時にLG Innotekが当初主要サプライヤーを担ったケースと同じ構図です。
米中の地政学的緊張が続く中、中国のSunny Opticalを部品レベルで起用しつつ、最終組立の主体は韓国企業に置く——この構造は、Appleのサプライチェーン戦略の現在地を素直に表しているようにも読めます。複雑なメカニカル機構ほど製造ノウハウが価値の源泉になるため、設計上の難所を特定パートナーに集中させる判断は、現実的な合理性を持ちます。
撮る側の体験はどう変わるか
実用面で何が変わるのか、冷静に整理しておきたいと思います。
過度な期待は禁物です。過去に可変絞りを搭載した機種を使い込んだレビュアーの多くは、「あると便利だが、劇的な違いを日常的に感じる機能ではない」と評していました。Samsung Galaxy S9の2段切替は「未活用気味だが柔軟性の面で良い追加」と評され、Huawei Mate 50 Proの10段階機構についても「実際に使ってみると、それほど画期的とは感じなかった」というレビューがあります。Xiaomiが15 Ultraで撤退したのも、実用上の価値が機構の複雑さに見合わなかったという判断でしょう。
一方で、Appleの実装が過去の先行例と同じ性格になるとは限りません。計算写真との統合が進めば、ユーザーが明示的に絞りを選ばなくとも、シーンに応じた自動最適化としての可変絞りが活きる可能性があります。動画撮影、とくにProRes LogやApple Logで撮影するプロフェッショナル層にとっては、フレーム内での光量調整や被写界深度の制御は現行iPhoneにない新しい表現手段になり得ます。ここから先は、実機が出てみないと分からない領域です。
問いは残る
Appleが「物理的な機構を加える意味」を、どのようなユーザー体験として翻訳してくるのか。自動化を優先して絞りをシステム任せにするのか、プロ向けに手動制御の道を用意するのか。あるいは、スチル写真よりも動画やVisionシリーズ(空間ビデオ撮影)との接続を主軸に据えるのか。
先行者たちが撤退した技術を、なぜいまAppleが採用するのか——その答えの輪郭は、9月の発表まで、そしてユーザーの手元に届くまでは、確定しないままでしょう。ただ、スマートフォン写真の10年をソフトウェアが主導してきたとすれば、次の10年は光学と計算の対話が主役になる。その交差点に、iPhone 18 Proの可変絞りは置かれているように見えます。
【用語解説】
可変絞り(Variable Aperture)
レンズを通過する光量を、複数の羽根(アイリス)の開閉によって物理的に制御する機構。デジタル一眼レフやミラーレスカメラでは標準的な機能で、スマートフォンへの搭載は2018年のSamsung Galaxy S9が一般向けフラッグシップとしての嚆矢とされる。
F値(絞り値)
レンズの明るさを表す数値。「f/1.78」のように表記され、数値が小さいほど絞りが開いた状態(より多くの光を取り込める)。一般的なデジタル一眼では風景撮影にf/8〜11、ポートレートにf/1.4〜2.8を使い分けるなど、表現に応じた調整が基本となる。
被写界深度(Depth of Field)
写真においてピントが合っているように見える遠近方向の範囲。絞りを開く(F値を小さくする)と被写界深度が浅くなり背景がぼける(いわゆるボケ効果)。絞ると深くなり、近景から遠景まで全体にピントが合った描写になる。
アクチュエーター(Actuator)
電気信号を物理的な動作に変換する部品の総称。可変絞りカメラでは、絞りの羽根を動かすモーター機構として機能する。今回の報道でSunny Opticalが製造を担う部品がこれにあたる。
Deep Fusion
Appleが2019年のiPhone 11で導入した計算写真技術。シャッター前後に複数の異なる露出で撮影した画像をA13 Bionicのニューラルエンジンが合成し、各ピクセルの最良の状態を選び取ることでディテールとノイズのバランスを最適化する。
Photonic Engine
iPhone 14(2022年)で導入されたAppleの画像処理システム。Deep Fusionの処理をRAW現像の前段階(より早い処理パイプライン)に適用することで、低照度下での性能を大幅に向上させた。Appleは暗所撮影でメインカメラで最大2倍、超広角カメラで最大3倍の低照度性能改善が謳った(iPhone 14 Pro)。
Folded Tetraprism(折りたたみ式テトラプリズム)
光路をプリズムで折り曲げることで、薄いスマートフォン筐体内に長い望遠レンズを収める光学機構。2023年のiPhone 15 Pro Maxで初採用され、5倍光学ズームを実現。製造の複雑さからLG Innotekが当初主要サプライヤーを担った。
計算写真(Computational Photography)
光学・センサーなどのハードウェアに加え、ソフトウェア(機械学習・画像処理アルゴリズム)を組み合わせて写真の品質を向上させる手法の総称。複数枚の合成、AIによるノイズ除去、被写体の自動認識と分離などが含まれる。
【参考リンク】
Apple iPhone(公式)(外部)
iPhoneの現行ラインナップ、カメラ仕様の公式情報。
LG Innotek(公式)(外部)
Appleの主要カメラモジュールパートナー。光学・自動車・LED部品を手がける韓国の電子部品メーカー。
Sunny Optical Technology(公式)(外部)
今回のアクチュエーター製造を担う中国最大手の光学部品サプライヤー。スマートフォン・車載・監視カメラ向けレンズを幅広く製造。
Ming-Chi Kuo — Substack(外部)
Appleサプライチェーン情報で知られるアナリスト。可変絞り採用を2024年12月に予測した一次情報源として本記事で言及。
ETNews(韓国)(外部)
今回の報道元。韓国の電子・IT専門メディア。サムスン、LGなどのサプライチェーン情報に強みを持つ。
【参考記事】
First iPhone 18 Pro variable aperture camera component is now in production — AppleInsider(外部)
元記事と同日の関連報道。可変絞りが計算写真に加えて光学的なボケを実現する点、ユーザー体験上の意義について補足的な考察を提供。
Samsung considers reviving this shelved Galaxy S9 camera feature — Android Police(外部)
SamsungがAppleの動きに触発されて可変絞り復活を複数サプライヤーに打診しているという報道。Galaxy S9以降の撤退経緯と2026年時点の業界動向を整理。
Samsung reportedly asks suppliers about reviving variable aperture cameras due to iPhone — 9to5Google(外部)
Appleの採用がSamsungのカメラ戦略に与える影響を分析。GalaxyフラッグシップがAppleに触発されているという業界評を含む。
Have we reached the limits of phone camera hardware? — Digital Camera World(外部)
スマートフォンカメラハードウェアが「収穫逓減の時代」に入っているという業界論評。計算写真偏重への批判的視点と、光学回帰の背景を解説。
The Return of the Lens: Why Hardware Is Reclaiming the Smartphone Crown — GizChina(外部)
ハードウェア回帰の潮流を「レンズの帰還」と表現した論評記事。Appleの可変絞り採用を業界全体のパラダイム転換として位置づける。
What Is Apple’s Photonic Engine? — How-To Geek(外部)
Photonic EngineとDeep Fusionの仕組みを平易に解説。Appleの計算写真アプローチの技術的背景を理解するための基礎資料。
【編集部後記】
フィルム時代、絞りリングを回す感触は「写真を撮っている」という実感そのものでした。スマートフォンがその一切を引き受けて十数年、私たちは撮るという行為をほとんど意識しなくなりました。iPhone 18 Proの可変絞りは、技術的には計算写真を補う足し算にすぎません。けれど、ポケットの中で機構がわずかに開閉するその小さな動きが、撮影の手応えを少しだけ取り戻す契機になるのかもしれない——そんな問いを、9月以降のレンズ越しに確かめてみたいと思います。











