MOTOMAN NEXT×Google DeepMind、安川電機が「エージェンティック・ロボットシステム」を開発

Google DeepMindの「Gemini Robotics-ER 1.6」は、ロボットの腕を1ミリも動かせません。空間を読み、段取りを立てるだけの推論モデルです。それでも安川電機は、この頭脳を自社のMOTOMAN NEXTにつなぎました。判断する側が動かせないなら、誰が動かすのか——その答えが、今回のシステムの設計そのものになっています。


株式会社安川電機は2026年7月15日、AIロボット「MOTOMAN NEXT」とGoogle DeepMindの生成AI「Gemini Robotics-ER 1.6」を連携させた「エージェンティック・ロボットシステム」を開発したと発表しました。

同システムは、詳細なプログラム作成やティーチングを行わなくても、目的の指示を与えるだけでロボットが状況を認識し、自ら作業手順を組み立てて実行します。MOTOMAN NEXTは、マシンビジョンサービス、パスプランニングサービス、力覚サービスをロボット本体に標準搭載しています。主な特長は、詳細なプログラミングが不要な点、搬送中に対象物を落とすなどのエラーからの自動復帰、生産管理システムなどとの連携です。

適用領域や提供時期は、準備が整い次第公表するとしています。

From: 文献リンクAIロボットMOTOMAN NEXTとGoogle DeepMind の生成AIの連携による「エージェンティック・ロボットシステム」を開発 | 安川電機

【参考動画】

【編集部解説】

「AIがロボットの頭脳になる」。この言葉自体は、もう珍しいものではなくなりました。生成AIを司令塔に据えたロボットの試みは、ここ数年で各国の企業や研究機関から相次いで発表されています。

だからこそ、今回の安川電機の発表で注目したいのは、AIの側ではありません。むしろ、その判断を受け取って動く「身体」の側にこそ、この発表の核心があります。

今回組み合わされたGoogle DeepMindの「Gemini Robotics-ER 1.6」は、2026年4月に公開されたモデルです。名前の「ER」はEmbodied Reasoning(身体を持った推論)の略で、その役割は、空間を理解し、作業を段取りし、成否を見極める「戦略家」に近いものです。

ここで押さえておきたいのは、このモデルが自分でロボットの腕を直接動かすわけではない、という点です。ER 1.6が出力するのはテキストによる推論結果であり、そこからVLA(動作生成モデル)や外部の検索、開発者が定義した関数といったツールを呼び出すことで、はじめて現実の動きにつながります。頭脳と身体は、そもそも分かれているのです。

安川電機が担ったのは、この「身体」の部分でした。同社のAIロボット「MOTOMAN NEXT」は、視覚(マシンビジョン)、動作計画(パスプランニング)、触覚(力覚)といった機能を、ロボット本体に標準で組み込んでいます。生成AIが下した抽象的な判断を、障害物を避ける具体的な経路や、対象物を確実につかむ力加減へと翻訳していく——その役目を、自社の制御技術で引き受けたわけです。

「賢い頭脳を、賢い身体が支える」という同社の言葉は、この構図をよく表しています。どれほど優れた頭脳があっても、コップ一つ倒さずに運べる身体がなければ、現場では使いものになりません。私には、これは近年のロボットAI競争のなかで、安川電機が自らの立ち位置を選び取った動きに見えます。AIの頭脳そのものを自社で開発するのではなく、外部の先進モデルを「確実に動かす身体」で応える、という選択です。

実用面での意味も見ておきましょう。このシステムの特長として挙げられているのは、事前のティーチング(動作の教え込み)が不要になること、搬送中に物を落としても自分でやり直せること、そして部品の不足を検知して発注システムと連携できることです。

とりわけ、エラーからの自動復帰は、現場にとって地味ながら重要な要素です。従来の教示再生型ロボットは、教えられた手順から外れる事態への対応が難しく、人の介入を必要とする場面が少なくありませんでした。失敗を自ら認識してリカバリーできる性質は、人の張り付きを減らす方向に働きます。

もっとも、冷静に見ておくべき点もあります。今回の発表は「開発した」という段階であり、具体的な適用領域や提供時期は、まだ公表されていません。作業の成功率や処理速度、連続稼働時の安定性といった定量的な数値も示されていません。実際の工場や物流倉庫でどこまで通用するのか。その答えは、これからの実証にかかっています。

生成AIを現場で動かす以上、判断の誤りや不確実性をどう管理するかという課題も残ります。DeepMind自身、ER 1.6のモデルカードで、安全性が問われる用途への適用には慎重な検討が必要だと明記しています。派手な自律性の裏側で、こうした地道な検証こそが、社会実装の成否を分けるはずです。

それでも、深刻な人手不足という日本の現実を背景に置けば、この方向性が持つ重みは小さくありません。惣菜の盛り付けやケーブルの配線のように、これまで人の手と勘に頼ってきた作業。その領域に、海外発の先進AIと日本の制御技術が手を組んで挑もうとしている——今このニュースに目を向ける理由は、そこにあると私は考えています。

【編集部後記】

この記事を書きながら、ずっと引っかかっていた言葉があります。安川電機が掲げた「賢い頭脳を、賢い身体が支える」という一節です。AIの進化を語るとき、私たちはつい「頭脳」ばかりに目を奪われがちですが、その判断を現実の一動作に変える「身体」がなければ、何も起こらない——当たり前のことを、あらためて突きつけられた気がしました。

興味深いのは、安川電機がこの週に二つの発表をしていることです。7月13日にはソフトバンクとNVIDIAの協力でワイヤーハーネスのような柔軟物体を扱う実証を公開し、その2日後にGoogle DeepMindとの連携を発表しました。前者はVLAとGPUクラウドによる学習基盤の話、後者は推論モデルとの役割分担の話です。同じMOTOMAN NEXTという「身体」に、異なる「頭脳」が接続されていく。その構図が、わずか数日のうちに並んで示されました。

Gemini Robotics-ER 1.6はGemini APIとGoogle AI Studioを通じて開発者に公開されており、モデルカードには安全性が問われる用途への制約も記されています。判断の誤りが物理的な動作になる前に、どの層がそれを止めるのか。その責任の境界は、推論モデル側とロボット制御側の、どちらに置かれるのでしょう。


【用語解説】

エージェンティック・ロボットシステム
ロボットが人間の細かな指示を待たず、与えられた目的に対して自ら考え、判断し、行動する仕組みを指す。「この部品を仕分けてほしい」という大まかな指示だけで、状況認識から作業手順の組み立て、実行までを自律的にこなす点が従来型との違いである。

MOTOMAN NEXT(モートマン ネクスト)
安川電機が2023年12月から順次販売を開始した、自律機能を備えるAIロボットシリーズ。同社は主要ロボットメーカーを対象とした自社調べに基づき「業界初」と表記している。視覚・動作計画・触覚などの自律制御ユニットを本体に搭載する。

Gemini Robotics-ER 1.6
Google DeepMindが2026年4月14日に公開した、ロボット向けの推論モデル。ERはEmbodied Reasoning(身体を持った推論)の略で、空間の把握、作業の段取り、成否の判定といった「頭脳」の役割を担う。モーターを直接制御するのではなく、推論結果をテキストで出力し、VLAや検索、開発者が定義した関数などのツールを呼び出す設計である。

VLA(Vision-Language-Action)
視覚情報と言語による指示を受け取り、ロボットの動作指令へと直接変換するモデルの総称。推論に特化したERモデルに対し、実際の動きを生成する「実行役」にあたる。

マシンビジョンサービス(視覚)
現場の状況や対象物の位置・形状を認識する機能。生成AIの判断を、ロボットが実作業に使える情報へと変換する役割を持つ。

パスプランニングサービス(動作計画)
「この対象物を取る」といった目的に対し、周囲の障害物を避ける動作経路をロボット自身が組み立て、実行する機能である。

力覚サービス(触覚)
接触の感触や握り具合を確かめ、対象物を確実につかめているかを判断する機能。人間の手の感覚に相当する役割を担う。

ティーチング
産業用ロボットに動作を事前に教え込む従来の設定作業を指す。本システムでは、この事前ティーチングが不要になる点が特長として挙げられている。

【参考リンク】

安川電機 公式サイト(外部)
サーボモータやインバータ、産業用ロボットを手がける総合メカトロニクスメーカーの公式サイト。IR情報や技術レポートを公開している。

AIロボット MOTOMAN NEXT 製品紹介ページ(外部)
本システムの中核をなすAIロボット「MOTOMAN NEXT」の公式紹介ページ。自律機能の概要や適用思想が解説されている。

Gemini Robotics-ER(Google DeepMind)(外部)
連携した推論モデル「Gemini Robotics-ER 1.6」の公式ページ。空間推論や作業計画、ツール呼び出しの能力が説明されている。

Gemini Robotics-ER 1.6 モデルカード(外部)
モデルの構成、学習データ、既知の制約や安全上の留意点をまとめたGoogle DeepMindの公式文書である。

【参考記事】

Gemini Robotics-ER 1.6: Enhanced Embodied Reasoning(Google DeepMind)(外部)
ER 1.6の公式発表記事。2026年4月14日に提供を開始し、前世代より空間・物理推論が向上したと示す。

Google DeepMind Unveils Gemini Robotics-ER 1.6 With Advanced Spatial AI(Blockchain.News)(外部)
2026年4月14日の公開日を明記。計器読み取りの新機能や、知覚・推論がボトルネックだと論じる。

Google DeepMind Releases Gemini Robotics-ER 1.6(MarkTechPost)(外部)
ERが「頭脳」、VLAなどが「実行役」というDeepMindの二重モデル構成を整理した記事である。

DeepMind launches Gemini Robotics-ER 1.6 to meet precise physical AI demands(SiliconANGLE)(外部)
ER 1.6が空間推論と多視点理解を強化し、作業計画やツール呼び出しの層になると報じる。

安川電機とソフトバンク フィジカルAIを活用し柔軟な物体のハンドリングシステムを実証(安川電機)(外部)
本件の2日前に発表された別案件。GPUクラウドを開発基盤に柔軟物体の扱いを実証した。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。