AIモデルに未解決の数学問題を任せてみたら何が起きるのか——そんな好奇心から始まった一つの依頼が、数学界最大級の未解決問題であるリーマン予想の周辺に、新しい足跡を残しました。
Anthropicは2026年8月10日、未公開の研究版Claudeが、リーマンゼータ関数の零点のうちリーマン予想を満たす割合の下限値を、従来の41.6%から67.2%に更新したと発表した。
同社員のジャレッド・サムナー氏がClaudeにリーマン予想への挑戦を持ちかけたところ、予想自体の証明には至らなかったものの、その過程で得られた副産物としてこの結果が生まれた。作業はClaude Code上での2セッション、合計3,100万出力トークンを要し、約60体のサブエージェントが動員された。結果はAnthropic所属の数学者に加え、外部専門家のブライアン・コンリー氏、ダン・ゴールドストン氏によって検証され、形式検証可能な証明も作成された。
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Learning more about Claude’s mathematical capabilities
【編集部解説】
リーマン予想は1859年に提示されて以来、証明も反証もされていない、数学で最も有名な未解決問題の一つです。クレイ数学研究所はこの証明に100万ドルの懸賞金を懸けており、今回Claudeが挑んだのもこの懸賞金問題でした。
Claudeはこの難問に答えをだしたわけではありません。示したのは予想そのものの証明ではなく、リーマンゼータ関数の零点のうち予想が成り立つと確認できている割合の下限値を、41.6%から67.2%へ押し上げたという、関連する別の成果でした。
私たちがこの記事で注目したいのは、Claudeが証明に届かなかったという結果よりも、その過程で別の成果が生まれたという構造の方です。
「無理な挑戦」を投げること自体が、一つの実験になっている
Anthropicの社員が最初にClaudeへ出した指示は、具体的な数学的方針を伴わない「リーマン予想に本気で挑んでみて」という言葉だけだったとされています。最初の試みでは650通りのアイデアを生成・検証しましたが、いずれも成果につながりませんでした。
ここで押さえておきたいのは、指示を出した本人が数学者ではなかったという点です。その後の関わり方も「その調子で続けて」「自分を信じて」といった激励が中心で、数学的な助言ではなかったと記されています。それでもClaudeは60体規模のサブエージェントを動員し、数千回の数値検証と2,400回のシェルコマンド実行を経て、この結果にたどり着きました。Anthropicの脚注によれば、同様の激励による進め方は、今年前半にClaudeがヤコビアン予想の反証に取り組んだ際にも使われていたとされ、今回が一度きりの偶然ではなく繰り返し試されている手法である可能性をうかがわせます。
「解けないと分かっている問題」をAIに投げること自体が、モデルの実力を引き出すための刺激として機能しつつあるように見えます。懸賞金の獲得を目指した挑戦というより、「どこまで壁に迫れるか」を確かめる実験に近いのかもしれません。ここは私たちの解釈であり、Anthropic自身がそう位置づけているわけではないことは断っておきます。
一次情報の外側で、まだ確認できていないこと
ここまでの情報は、すべてAnthropic自身が公開した内容にもとづいています。同社の数学者2名がClaudeの論文を検証し、外部の専門家であるブライアン・コンリー氏とダン・ゴールドストン氏も精査したとされていますが、この外部専門家2名への依頼元もAnthropicです。海外メディアの分析では、この結果がいわゆる従来型の査読をまだ経ておらず、Claudeが用いた研究版モデル自体が非公開であるため、外部の研究者が同じ手順を再現することもできない点が指摘されています。数学コミュニティによる独立した検証がどのように進むかは、現時点の私たちには追いきれていません。GitHub上で公開されているLean形式化は、外部の誰もが検証に加われる数少ない足がかりの一つです。
技術系メディアの分析には、もう一つ興味深い指摘があります。Claudeが60体のサブエージェントによる検証を重ねられたのは、既知のゼータ零点との照合やLean形式化という「機械的に正誤を判定できる仕組み」が存在したからだという見方です。裏を返せば、正誤を自動判定できないタスクでは、大量のサブエージェントを動員しても、互いに自信満々で同意し合うだけの結果になりかねないという指摘でもあります。
「AIが数学の未解決問題に挑んで成果を出した」という見出しだけを切り取ると、AIの汎用的な発見能力そのものが証明されたかのように読めてしまいます。しかし今回機能したのは、検証手段があらかじめ明確に存在する領域だったからという側面も大きいはずです。この前提条件は、今回の成果を他分野へ一般化して語るときに見落としてはいけない点だと考えます。
公開直後の反応の中には、2013年の有界な素数ギャップ問題以来の大きな進展だと評価する声もありました。ただしこれは数論の専門家ではなく、ベンチャーキャピタルの関係者による評価である点には留意が必要です。
【関連記事】
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「予想の解決」と「既存の上下界の改善」を区別する視点は、今回のClaudeの結果を読み解くうえでも参考になる。
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【編集部後記】
Claudeが辿り着いたのは、証明そのものではなく、証明に届かなかった軌跡でした。この「失敗の副産物」をどう評価すべきか、私たちもまだ定まった答えを持っていません。Lean形式化はGitHub上で誰でも覗けます。数式を追えなくても、60体のエージェントが積み上げた検証の痕跡を眺めるだけで、AIと数学の向き合い方が見えてくるかもしれません。数学コミュニティがこの結果にどう応じるか、私たちも引き続き見届けたいと思います。
【用語解説】
リーマン予想(Riemann Hypothesis)
1859年にベルンハルト・リーマンが提示した数論の未解決問題。リーマンゼータ関数の非自明な零点がすべて「臨界線」と呼ばれる特定の直線上に並ぶという予想。
リーマンゼータ関数(Riemann Zeta Function)
素数の分布と密接に結びついた特殊関数。値がゼロになる点(零点)の位置が、素数の並び方に関する精密な情報を与える。
零点・臨界線(Zero / Critical Line)
リーマンゼータ関数の値がゼロになる点を零点、そのうち実部が1/2の直線を臨界線と呼ぶ表現。リーマン予想は、すべての非自明な零点がこの直線上にあるという主張。
ミレニアム懸賞問題(Millennium Prize Problems)
クレイ数学研究所が2000年に選定した7つの数学上の未解決問題群。各問題の解決に100万ドルの懸賞金が懸けられており、リーマン予想もその一つ。
Lean(形式検証システム)
数学の証明を計算機で検証可能な形に記述し、正しさを機械的にチェックできる証明支援システム・プログラミング言語。
サブエージェント(Subagent)
一つの大きなタスクを複数の役割に分担させ、並行して動かすAIエージェントの単位。今回はアイデア出し・検証・査読・執筆といった役割ごとに、約60体規模が動員された。
【参考リンク】
Anthropic Research(外部)
今回の元記事の発信元。AI安全性研究に加え、数学・科学分野への応用研究も公開している。
Claudeの論文(PDF)(外部)
Claudeが記した技術的な証明の全文。
Claudeの形式化(Lean, GitHub)(外部)
形式検証可能な証明のリポジトリ。数学の専門知識がなくても、Leanの検証ツールを通じて誰でも正しさの確認作業に参加できる。
クレイ数学研究所 ミレニアム懸賞問題(外部)
リーマン予想を含む7つの未解決問題と、100万ドルの懸賞金制度についての公式解説。
Claude Code(Anthropic)(外部)
今回の作業の舞台となった、Anthropicのエージェント型コーディングツール。
【参考記事】
Claude’s 67% Riemann-Zeta Result, Explained — Kingy AI(外部)
今回の結果がまだ従来型の査読を経ておらず、非公開の研究版モデルであるため外部から再現できない点を指摘する分析記事。
Claude Riemann Result: 41.6% to 67.2% in 31M Tokens — explainx.ai(外部)
既知のゼータ零点との照合やLean形式化という「自動検証の仕組み」の存在が、サブエージェント群による探索を機能させた条件だったと分析する記事。
AI model Claude advances research on the Riemann zeta function, raising the zero point bound to 67.2% — KuCoin(外部)
ベンチャーキャピタル関係者のコメントを含む速報記事。
Claude advances lower bound for Riemann zeta function to 67% — Crypto Briefing(外部)
今回の下限値更新が、この問題における単発の更新幅として過去最大規模であるという位置づけを確認できる記事。
Anthropic’s Latest AI Breaks Through the “41% Wall” on the Riemann Hypothesis — XenoSpectrum(外部)
作業プロセスの経緯を確認するために参照した記事。


















