同じ企画書へのフィードバックを、日本語で求めるか英語で求めるかで、返ってくる言葉の温度が変わる。Anthropic自身の測定で、そう読める結果が出ました。日本語のClaudeは温かい側に寄り、英語のClaudeは厳しく踏み込む。しかもこの差を、開発元は「意図して選んだわけではない」と認めています。
Anthropicは2026年7月13日、Claudeが表出する価値観がモデルと言語によってどう変わるかを分析した研究を公開した。
先行研究「Values in the Wild」で同定した3,307個の価値観を339個に集約し、プライバシー保護分析ツールClioを用いて、2026年5月の2週間に発生したClaude.aiの会話309,815件を分析した。対象はSonnet 4.6、Opus 4.6、Opus 4.7の3モデルと上位20言語で、モデルと言語の各組み合わせについて原則として約5,000会話を抽出している。ただし利用量の少ない一部の組み合わせでは、この件数を下回った。
次元削減の結果、Deference vs. Caution、Warmth vs. Rigor、Depth vs. Brevity、Candor vs. Executionの4軸が得られ、会話のタスク、トピック、ユーザーの表出した価値観を統制した分析で分散の15%を説明した。Sonnet 4.6は温かさ0.17σ、Opus 4.6は厳密さ0.10σ、Opus 4.7は慎重さ0.24σと深さ0.23σに傾いた。
言語別では、温かさはヒンディー語とアラビア語で、厳密さは英語とロシア語で最も強く表出された。日本語の会話15,637件は、温かさ0.07σ、率直さ0.08σに位置した。
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Claude’s values across models and languages
【編集部解説】
Anthropicが公開したこの研究の核心は、「Claudeの性格が言語で変わる」という見出しよりも、もう一段深いところにあります。これまでAnthropicは、Claudeの価値観を訓練で「形作る」ことはできても、デプロイ後にそれを確実に「観測する」手立てを持っていなかった——研究チームはそう明言しています。今回発表されたのは、その観測装置です。
まず、数字の重みを正しく捉えておきましょう。4つの軸が説明するのは、会話のタスク・トピック・ユーザー自身が持ち込んだ価値観の影響を取り除いた分析における、分散の15%。各モデルの軸上の平均位置は、最大でも0.24σです。研究自身が明記するとおり、これは会話ごとのばらつきに比べれば小さな平均差にあたります。人格がひっくり返るような話ではありません。
ただし「小さい」と「無視してよい」は別です。わずかな傾きでも、それが毎日数百万件の会話に一貫して現れるなら、個体差というより体系的な偏りに近づきます。効果量としては控えめで、社会的には無視しにくい。この二重性が、今回の発見の性質だと編集部は考えます。
分析対象は「ユーザーがClaudeに主観的タスクを与えた会話」に限定されています。単なる事実取得や固定的な作業ではなく、Claudeが複数の考慮事項を比較衡量する必要のある依頼——助言、フィードバック、判断の相談、創作支援などです。全会話の53.2%がこれに該当しました。技術戦略や設計判断のような技術タスクも、主観的な比較衡量を含むものは対象に入り得ます。
したがって「Opus 4.7は慎重だ」という結果を、そのままエージェント運用やコード生成の挙動に敷衍することはできません。この研究が照らし出しているのは、AIが人間の判断に伴走する場面での振る舞いです。
軸の読み方にも注意が要ります。Warmth vs. Rigorは「温かい応答は不正確」を意味しません。軸は価値ラベルの共起パターンから統計的に構成された相対的な次元であり、回答の事実正確性を評価してはいない。Anthropic自身、脚注で「Claudeが本質的に価値観を保持していることを含意しない」と釘を刺しています。
3モデルのうち温かさ側に振れているのはSonnet 4.6のみです。Opus 4.6とOpus 4.7はいずれも厳密さ側に位置します。同じOpus系列でも、4.6は「単刀直入に、頼まれた範囲で」、4.7は「求められずともリスクを指摘し、成果物を率直に批評する」。バージョンが一つ進むだけで、返ってくる関与の仕方が変わるということです。
実務的な含意は明快です。モデルの選択は、性能の選択であると同時に、応答の価値傾向の選択でもある。ただし研究は、特定のモデルを選べば望む心理的効果や業務成果が得られることまでは検証していません。選定基準として確立されたわけではなく、あくまで新しい判断材料が一つ増えた段階です。
ここが日本の読者にとっての本題です。研究本文の解説部分では、日本語を個別に取り上げていません。しかしFigure 4には、日本語を含む20言語すべてのカードが掲載されています。
日本語会話15,637件の測定結果は、追従+0.03σ、温かさ+0.07σ、簡潔さ+0.03σ、率直さ+0.08σ。特徴的な振る舞いとして、まず相手の感情を受け止めること、丁寧な言葉遣い、温かい表現が挙げられています。
英語は慎重さ+0.10σ、厳密さ+0.13σ、深さ+0.09σ。日本語よりも、慎重さ・厳密さ・深さ側への傾きが大きい。同種の企画書への批評を日本語で求めた人と、英語で求めた人は、平均的には違う温度の言葉を受け取る可能性がある——研究の枠組みは、そう読める余地を残します。ただし本研究は、同一の企画書やプロンプトを言語間で直接比較した実験ではありません。
これを「日本語話者への配慮」と呼ぶのか、「届くはずの率直さが届いていない」と呼ぶのか。Anthropic自身、原因も是非も未解明だとしています。訓練データの量と構成の偏り、言語ごとの会話規範——候補は複数挙がるものの、因果は特定されていません。
ここで一点、研究の誠実さに触れておきます。分析ツール自体にも、わずかな言語バイアスが検出されました。800件の会話を8言語に翻訳して検証したところ、影響が及んだのは339個の価値のうち11個。その最大効果も、対応する言語差より1桁小さく、補正したうえでも中心的な結果は変わりませんでした。「AIがAIを測る」という構造の危うさを、研究チームは自ら検証にかけています。
ここに、この問題の厄介さがあります。単発の不適切な出力は報告されます。しかし「やたらと丁寧だった」応答は、明白な誤答や不適切出力に比べ、失敗として報告されにくいと考えられます。価値観のズレは、能力評価の網にも、ユーザーの失敗報告にもかかりにくい。これは研究が実証した事実ではなく、編集部の読みです。ただし、検出の死角がどこにあるかを考えるうえでは避けて通れません。
もう一点、時間差があります。データが収集されたのは2026年5月の2週間。対象はSonnet 4.6、Opus 4.6、Opus 4.7の3モデルです。しかし研究が公開されるまでに、AnthropicはClaude Opus 4.8(5月28日)、MythosクラスのClaude Fable 5とClaude Mythos 5(6月9日)、そしてClaude Sonnet 5(6月30日)を立て続けに投入しました。
とりわけSonnet 5は、すでに無料プランとProプランの既定モデルです。この研究が「温かい」と測定したSonnet 4.6と、いま多くのユーザーが標準で向き合っているClaudeは、別のモデルだということになります。測定されたのは、公開時点ですでに最新世代ではないモデルたちの価値プロファイルでした。
これを「価値のない研究」と読むのは早計です。むしろ、測定が出荷に追いつかないという構造そのものが、この研究を必要にしている——編集部はそう解釈しています。だからこそAnthropicは「Looking forward」で、価値プロファイリングを出荷前とリリース後の検査に組み込む構想を示しました。ベンチマークが能力を測るように、価値軸が応答の価値傾向を測る。AI評価に、新しい計器が一つ加わろうとしています。
Claudeの憲法は、温かさ・慎重さ・誠実さといった価値を掲げます。しかし、それらが言語をまたいでどう変わる「べき」かは規定していません。研究本文は、この空白を自ら指摘しています。答えを出すことは、Anthropicの言葉を借りれば、その言語を話す人々の視点を理解し、比較衡量することを意味します。
日本語のClaudeが、平均よりわずかに温かい。それを望ましいと呼ぶか、物足りないと呼ぶか。その判断は、技術的な最適化だけでは決まりません。日本語でAIと話す私たちが、何を望むかで決まります。そして、その声はまだ、この研究のどこにも記録されていない。編集部としては、そこに宿題があると考えています。
【関連記事】
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【編集部後記】
日本語カードの「まず相手の感情を受け止める」という特徴は、日本語話者にとって心地よく響きます。ただ、率直な批評が欲しい場面でその温かさが先に立つとしたら、それは配慮なのでしょうか、それとも遠慮でしょうか。
Anthropicはこの差の是非を保留したまま公開しました。答えを持たずに数字だけを出すのは不誠実にも見えますが、むしろ「まだ決めていないことを、決めたふりで塗りつぶさない」姿勢とも読めます。日本語で厳しさを求めたとき、Claudeはどこまで踏み込んでくれるべきなのか。その線引きを決める権利は、測定した側ではなく、日々日本語で問いかけている側にあるのでしょう。
【用語解説】
価値軸(Value Axes)
数千に及ぶ価値ラベルの共起パターンから、統計的に構成された相対的な次元。各会話の価値ラベルを比率化して平方根を取るHellinger変換と列中心化を行った後、タスク・トピック・ユーザーが表出した価値の影響を回帰で除去する。その残差行列に主成分分析(PCA)を適用し、選定した4成分をバリマックス回転して抽出された。軸の両端が行動上の真の反対概念である保証はない。とくにDepth–BrevityとCandor–Executionでは、それぞれの軸の両端に強く寄与する上位5価値群の出現比率の相関がほぼゼロであり、実際の行動上のトレードオフというより、統計的な整理軸として機能している。
次元削減(Dimensionality Reduction)
多数の変数を、情報の損失を抑えながら少数の変数に要約する統計手法。本研究では、339個の価値カテゴリーのうち80%以上の会話に出現する18個(helpfulness、clarity、following instructionsなど)を先に除外したうえで適用し、4軸を抽出した。
分散の15%
選定された4軸が説明する分散の割合。タスク・トピック・ユーザー自身が表出した価値の影響を回帰で除去した残差行列にPCAを適用し、4成分で、列中心化したHellinger変換済みデータの総分散の約15%を説明した。残る85%がすべてノイズという意味ではない。この中には、タスク・トピック・ユーザー価値が説明した31.7%と、4軸では捉えられなかった残差変動の双方が含まれる。成分を10まで増やすと、同じ基準で説明率は約26%に達する。
GMMLU
多言語版のMMLU(大規模マルチタスク言語理解)ベンチマーク。Claude Opus 4.7のシステムカード215ページに評価結果が掲載されており、言語によってモデルの知識水準に差が出ることの根拠として、本研究の脚注から参照されている。
Mythosクラス
能力面でOpusクラスより上位に位置づけられる、Anthropicのモデルティア。2026年6月9日に、一般利用向けに安全調整を施したClaude Fable 5と、Claude Mythos 5が発表された。本研究の対象3モデルはいずれもOpusクラス以下であり、Mythosクラスの価値プロファイルは未測定である。
【参考リンク】
Values Across Models and Languages Appendix(PDF)(外部)
研究の付録。サンプリング設計、主成分分析の詳細、研究自身が認める限界を記載する。
Anthropic|Values in the Wild(外部)
本研究の土台となった先行研究。主観的会話308,210件から3,307個の価値を同定した。
Anthropic/values-in-the-wild(Hugging Face)(外部)
3,307個の価値ラベルと頻度、階層分類を収めた公開データセット。会話本文ではない。
Anthropic|Introducing Claude Opus 4.8(外部)
2026年5月28日リリース。本研究のデータ収集と同じ月に投入されたOpus 4.7の後継。
Anthropic|Claude Fable 5 and Claude Mythos 5(外部)
2026年6月9日発表。能力面でOpusより上位のMythosクラスに属するモデル群である。
Anthropic|Introducing Claude Sonnet 5(外部)
2026年6月30日リリース。無料プランとProプランの既定モデルで、Sonnet 4.6の後継。
【参考記事】
Anthropic Measured Claude’s Values — On Models It No Longer Sells(Brave New Coin)(外部)
研究対象3モデルが公開時点で最新世代ではない点を指摘し、測定と出荷の時間差を論じる。
Claude’s Personality Changes Depending on the Model(Decrypt)(外部)
309,815件の分析と言語別の結果を整理。擬人化への留保も明記している。
Anthropic Says Claude’s Values Are Different Depending on Language(Gizmodo)(外部)
訓練データの偏りが優先順位そのものを変える可能性と、研究の限界の双方を論じる。
Claude’s Values Such As Deference And Warmth Vary By Language(OfficeChai)(外部)
言語に紐づく価値観の偏りは誤りの形を取らないため検知されにくい、と分析する。
Anthropic launches Claude Sonnet 5(TechCrunch)(外部)
2026年6月30日のSonnet 5リリースを報道。無料・Proプランの既定モデルとなった。
Claude Opus 4.8: a modest but tangible improvement(Simon Willison)(外部)
Opus 4.8が2026年5月28日に投入されたことを、公式発表と同日に記録した記事。
Anthropic Claude Model Release Timeline(hidekazu-konishi.com)(外部)
Claude各モデルのリリース日を整理した年表。世代差と時系列の特定に用いた。












