AIが生成したコンテンツだと示すためのウォーターマークに、その痕跡を弱めるツールが登場しました。生成AIの透明性を守る技術は、どこまで「証明」として機能するのでしょうか。今回はClaudeの事例から、AI生成物の識別と帰属をめぐる境界を考えます。
Cardano創設者のCharles Hoskinson氏が、AnthropicのClaudeで採用されるAI生成テキスト向けウォーターマークなどの識別情報を弱めることを目的とした無料ツール「Anthropies」を公開した。
ツールはテキストの単語選択に形成される統計的シグナル、画像などのC2PA来歴情報、Claude CodeがGitに追加する「Co-Authored-By」情報をそれぞれ処理する。ただし、Anthropicの非公開検出器に対してウォーターマークを完全に除去できることが実証されているわけではない。Hoskinson氏は、AI生成物の透明性と著作者・所有権の扱いについても問題を提起している。
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Anthropic’s AI watermarks already have a counter: Cardano founder launches free removal tool
【編集部解説】
今回の論点を考えるうえで重要なのは、Anthropicが対応するClaudeモデルに導入しているテキストウォーターマークが、文章に特殊な文字列を埋め込む単純な仕組みではないことです。
Anthropicによれば、この仕組みにはGoogle DeepMindが開発したSynthID-Textを基にした方式が採用されています。文章を生成する際、意味的に成立する複数の単語候補からどれを選ぶかという確率的な選択に、秘密鍵を使った一定のパターンを持たせます。完成した文章だけを見ても人間には分かりませんが、鍵を持つ側は単語の並びを統計的に調べ、Claudeが生成に関与した可能性を推定できます。
つまり、コピー&ペーストしただけでは消えにくい一方、「文章そのものを書き換える」という操作には弱くなる可能性があります。Anthropic自身も、ウォーターマークは文章がClaudeによって書かれたことを絶対的に証明するものではなく、Claudeが生成に関与した可能性を示す仕組みとして位置付けています。
今回のAnthropiesは、別のAIモデルを使って文章を書き換えることで、元の生成時に形成された単語選択の統計的シグナルを弱める設計です。ただし、Anthropicが使用する非公開の検出器に対して、ウォーターマークを確実に除去できることが実証されているわけではありません。ツール側も、統計的なシグナルが残る可能性を認めています。
Anthropicがこの仕組みの導入を進める背景には、2026年8月2日から適用されているEU AI Act第50条の透明性義務があります。
欧州委員会によると、生成AIの提供者には、対象となるAI生成・操作コンテンツについて機械可読な形式でマークし、AI由来であることを検出可能にするための措置が求められています。
ただし、ここで求められているのは、第三者による加工を受けても永久に消えない印を付けることではありません。規則では、有効性、信頼性、堅牢性に加えて、技術的な実現可能性や現在の技術水準も考慮されます。
そのため、ウォーターマークを弱める方法が存在することだけで、Anthropicの取り組みが直ちに失敗したとは言えません。一方で、生成AIの出力を別のAIに渡して再生成できる現在の環境では、単一のウォーターマークだけでコンテンツの来歴を長期間保証することが難しいという問題も見えてきます。
なお、AnthropicのウォーターマークはすべてのClaudeモデルに一律で導入済みというわけではありません。同社は対応する将来のモデルへの適用を進めており、既存モデルについては移行期間を設けています。
もう一つ重要なのが、ウォーターマークから何を判断するのかという問題です。
Anthropicは、ウォーターマークについて所有権や著作者を示すものではなく、利用者が利用規約に基づいて持つ権利を変更するものでもないと説明しています。テキストウォーターマークが示すのは、Claudeがコンテンツ生成に関与した可能性です。
例えば、人間が書いた長い原稿をClaudeで軽く校正した場合と、Claudeにほぼ全文を書かせた場合では、人間とAIの寄与の度合いは大きく異なります。Anthropicも、軽微な編集ではClaudeが選択する単語数が少なく、十分なウォーターマークシグナルが形成されない場合があるとしています。
一方、Claudeが大幅に文章を書き換えた場合には検出可能なシグナルが形成される可能性があります。この検出結果だけでは、人間がどこまで原稿を作り、AIがどこまで関与したのかまでは分かりません。
Hoskinson氏が所有権や帰属の問題を持ち出している背景にも、この曖昧さがあります。ただし、ウォーターマークが付いていることで著作権や所有権がAnthropicへ移るという事実は確認されておらず、Anthropic自身もそのような位置付けを否定しています。
Anthropiesでは、テキストウォーターマークだけでなく、画像などに付与されるC2PAのContent Credentialsや、Claude CodeがGitコミットへ追加する「Co-Authored-By」情報も処理対象としています。
ただし、この3つをすべて同じ「ウォーターマーク」と考えるのは正確ではありません。
C2PAは、ファイルの生成・編集履歴などの来歴情報を暗号学的な署名とともに保持する仕組みです。ファイル変換やメタデータ削除などによって来歴情報が失われる場合があります。
一方、「Co-Authored-By」はGitのコミットに共同作業者の帰属情報を記録するためのトレーラーです。Anthropicのテキストウォーターマークとは別の仕組みであり、Claude CodeによるAI支援を示す帰属情報として扱う方が適切です。
今回の事例から見えてくるのは、「一度付ければ絶対に消えないAIマーク」を作るという発想だけでは、生成AI時代の来歴確認を支えにくいということです。
生成時のテキストウォーターマーク、C2PAのような来歴情報、サービス側の生成記録、公開時のラベルなど、異なる層の情報を組み合わせて判断する必要性が高まります。
今回のAnthropiesの登場は、ウォーターマークという技術そのものが無意味であることを証明したわけではありません。むしろ、AI生成物を「AIか、人間か」の二択だけで判定しようとする仕組みの限界を示す事例として見る方が適切でしょう。
生成AIが文章の作成だけでなく、校正、翻訳、要約、コード修正など日常的な編集工程へ入るほど、「AIが関与したか」だけでは説明できないコンテンツが増えていきます。ウォーターマークをどう残すかと同時に、その情報を社会がどのように解釈するのかも、これからの透明性設計における重要な論点になります。
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【編集部後記】
この記事を読んで印象に残ったのは、AIウォーターマークが「付ければ終わり」の技術ではないという点です。
生成AIが高度になるほど、識別する側と、その痕跡を変える側の技術も同時に進んでいきます。
一方で、AIが関与した事実と、誰がそのコンテンツを作ったのかという帰属は、必ずしも同じ問題ではありません。
だからこそ、単一のウォーターマークだけに頼るのではなく、来歴情報や生成記録など複数の手段を組み合わせる必要があると感じます。
今後は「AIか人間か」を判定すること以上に、どの工程でAIが使われたのかを透明に示す仕組みの方が重要になっていくのかもしれません。
【用語解説】
AIウォーターマーク
AIが生成したコンテンツであることを後から識別できるよう、生成時に一定の情報や統計的パターンを埋め込む技術。Claudeでは、対応モデルが生成する文章の単語選択に検出可能な統計的パターンを形成する方式を採用。
SynthID-Text
Google DeepMindが開発したAI生成テキスト向けウォーターマーク技術。大規模言語モデルが次の単語を選択する際の確率を調整し、人間には知覚しにくい識別パターンを文章へ組み込む仕組み。
C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)
デジタルコンテンツの来歴・真正性を扱う技術標準を策定する業界団体、およびその仕様。生成・編集履歴などを暗号学的に検証できる仕組みを提供。
Content Credentials
C2PA仕様を利用してデジタルコンテンツの来歴情報を示す仕組み。生成や編集に関する情報を暗号学的な署名とともに保持し、改変の有無などを確認可能。
EU AI Act 第50条
特定のAIシステムやAI生成・操作コンテンツについて透明性義務を定めた規定。対象となる生成AI提供者には、AI生成・操作コンテンツを機械可読な形式でマークし、検出可能にするための措置などを要求。関連する透明性義務は2026年8月2日から適用。
【参考リンク】
Anthropic(外部)
Claudeを開発するAI企業。Claudeのモデル情報、安全性への取り組み、研究、公式発表などを掲載する公式サイト。
Claude(外部)
Anthropicが提供する生成AIサービス。文章生成、分析、コーディングなどに利用可能。
Google DeepMind「SynthID」(外部)
AI生成の画像・音声・テキスト・動画へ識別可能なウォーターマークを埋め込むSynthIDの仕組みや対応範囲を解説する公式ページ。
C2PA(外部)
デジタルコンテンツの出所・編集履歴を検証するためのオープン技術標準を策定する団体の公式サイト。
European Commission:AI Act Transparency(外部)
EU AI Act第50条に基づくAIシステムおよびAI生成コンテンツの透明性義務について整理した欧州委員会の公式資料。
【参考動画】
Google DeepMindによるSynthIDの公式紹介動画。AI生成コンテンツへのウォーターマークと識別の基本的な考え方を紹介。
【参考記事】
How Claude’s text watermarking works|Anthropic(外部)
Claudeのテキストウォーターマークの仕組み、検出の位置付け、プライバシー、著作者・所有権との関係、C2PAへの対応などを説明するAnthropic公式解説。
Guidelines on transparency obligations for providers and deployers of AI systems|European Commission(外部)
EU AI Act第50条の透明性義務について、AI生成物のマーキングやラベル表示を含む対象範囲と実装について整理した欧州委員会のガイドライン。
Code of Practice on Transparency of AI-generated Content|European Commission(外部)
生成AIコンテンツのマーキングとラベル表示について、AI Act第50条への準拠を支援するCode of Practice。
SynthID|Google DeepMind(外部)
画像・音声・テキスト・動画を対象とするSynthIDの公式解説。テキストではLLMの単語選択を調整してウォーターマークを形成する仕組みを紹介。


















