Last Updated on 2025-05-17 14:53 by admin

WIRED誌の編集長Steven Levy氏が2025年5月初旬、母校であるテンプル大学リベラルアーツ学部の卒業式でスピーチを行った。Levy氏は1972年頃に同大学の英語専攻を卒業した人物である。このスピーチは、AI時代に不安を感じる2025年の卒業生たちに向けて、人間性こそが彼らの最大の強みであるというメッセージを伝えるものだった。

スピーチの中でLevy氏は、AIが進化しても人間にしかできないことがあると強調した。特に、人間同士の真の「つながり」はAIには複製できない価値であるとし、リベラルアーツで学んだスキルは、AIが台頭する世界でも重要な役割を果たすと主張した。

Levy氏によれば、OpenAI、Anthropic、Google、Metaなどの企業がAIの開発に数千億ドルを投じている中、AIは労働市場に大きな影響を与え、一部の仕事は縮小または排除されるだろう。しかし歴史的に見れば、大きな技術的進歩があるたびに、失われた仕事に代わる新しい仕事が生まれてきたと指摘している。

Anthropicの社長であるDaniela Amodei氏はカリフォルニア大学で英語文学、政治学、音楽を専攻したリベラルアーツ卒業生であり、作家Joan Didionを崇拝していたという。「Anthropic」という社名は「人間に関連する」という意味を持ち、AIの中心に人間を置くことの重要性を訴えている。

2023年の研究によれば、人々は同じ作品でもAIではなく人間が作ったと思った場合に、より価値を感じる傾向があることが脳のMRIスキャンでも確認されている。

Levy氏は卒業生たちに「私は人間です」というマントラを繰り返すよう勧め、人間性を活かした仕事に取り組むことで、AI時代でも成功できると結論づけた。

References:
No, Graduates: AI Hasn’t Ended Your Career Before It Starts

【編集部解説】

Steven Levy氏のスピーチは、AI時代における人間の価値を再考する重要な視点を提供しています。テンプル大学での卒業式スピーチという場で、彼はテクノロジーの専門家として半世紀にわたる経験から、AIと人間の関係性について語りました。

Levy氏の主張の核心は「人間性こそが最大の武器である」という点です。これは単なる精神論ではなく、2023年に発表された研究結果によって裏付けられています。この研究では、人々は同じ作品でもAIではなく人間が作ったと思った場合により価値を感じる傾向があり、これは脳のMRIスキャンでも確認されています。

世界経済フォーラムの「Future of Jobs Report 2025」によれば、2030年までにAIと情報処理テクノロジーは世界中の企業の86%を変革し、1億7000万の新しい役割を創出する一方で、9200万の既存の仕事が不要になると予測されています。これはLevy氏の「AIは労働市場に大きな影響を与え、一部の仕事は縮小または排除される」という指摘と一致しています。

しかし、この状況を単純な「人間 vs AI」の構図で捉えるべきではありません。AIと人間の関係は「代替」ではなく「共存」と「補完」にあるべきでしょう。実際、AI企業の中でもリベラルアーツ卒業生が重要な役割を果たしています。Anthropicの社長Daniela Amodei氏はカリフォルニア大学で英文学、政治学、音楽を専攻した人物です。

AIの進化に関して、OpenAIのCEO Sam Altman氏は2025年にAGI（汎用人工知能）が到来する可能性があると予測しています。AGIとは「ほとんどの経済的に価値のある作業で人間を上回る自律システム」と定義されています。この予測が現実になるかどうかは不明ですが、AIの能力が急速に向上していることは事実です。

AIと人間の関係性を考える上で重要なのは、「真の人間的つながり」の価値です。Botkeeper社の記事によれば、人間関係における「感情の深さ」「共感」「創造性」といった要素はAIでは複製できません。これらは人間同士の関係の本質であり、AIとの関わりにおいても忘れてはならない視点です。

また、AI倫理の観点からも考慮すべき点があります。AIには「プログラミングを超えた推論能力の欠如」という限界があります。AIは与えられた指示の範囲内でしか機能せず、創造的な問題解決や新しい状況への適応には限界があるのです。

私たちinnovaTopiaの視点からすると、AIと人間の関係は「二項対立」ではなく「共進化」として捉えるべきでしょう。AIの発展によって人間の仕事が奪われるという不安は理解できますが、それは同時に人間にしかできない価値の再発見につながる機会でもあります。

Levy氏が強調するように、リベラルアーツ教育で培われる「人間の行動や創造性を検証し解釈する能力」は、AIが模倣できない価値を持っています。これは単に「AIに仕事を奪われない」という消極的な意味ではなく、「AIと共存しながら人間ならではの価値を発揮する」という積極的な意味を持つのです。

テクノロジーの進化と人間性の価値は相反するものではありません。むしろ、AIの発展によって、私たち人間は自らの本質的な価値を再認識する機会を得ているのかもしれません。「私は人間です」というLevy氏のマントラは、テクノロジーに翻弄される現代において、私たち自身のアイデンティティを再確認する重要な問いかけとなっています。

【用語解説】

AGI（汎用人工知能）：
現在のAIよりも進化した、人間のように自発的・自律的に学習する知能を持つAI。人間の感情を理解し、経験のない課題にも柔軟に対応できる。現在のAIは特定の用途に特化した「Narrow AI（特化型AI）」であるのに対し、AGIは汎用的な能力を持つ。

OpenAI：
ChatGPTを開発した企業。営利法人OpenAI LPと非営利法人OpenAI Inc.からなる。2015年にサム・アルトマンらが設立し、「人類全体に利益をもたらす汎用人工知能（AGI）」の開発を目指している。

Anthropic（アンソロピック）：
2021年にOpenAIの元幹部が設立したAI企業。「Claude」というAIチャットボットを開発している。「Anthropic」は「人間の」「人類の」という意味を持つ。

Claude：
Anthropic社が開発した生成AIモデル。ChatGPTやGeminiと同様に対話型インターフェースで質疑応答ができる。2023年3月に一般公開され、2024年3月には最新モデル「Claude3」が発表された。

テンプル大学：
アメリカ・ペンシルベニア州の州立総合大学。日本にもジャパンキャンパスがあり、100%英語で授業を行っている。

Steven Levy（スティーブン・レビー）：
1951年生まれのアメリカのジャーナリスト。WIRED誌の編集者で、コンピュータやテクノロジーに関する記事を多く執筆している。1984年の著書『ハッカーズ』で知られる。

【参考リンク】

OpenAI（公式サイト）
（外部）ChatGPTなどを開発する企業の公式サイト。AIモデルの最新情報や開発理念などを掲載している。

Anthropic（公式サイト）（外部）
Claude開発企業の公式サイト。安全で信頼性の高いAIシステムの構築を目指している。

Claude（公式サイト）（外部）
Anthropicが開発した次世代AIアシスタント。安全性、正確性、セキュリティに配慮して設計されている。

テンプル大学ジャパンキャンパス（公式サイト）（外部）
テンプル大学の日本校。外国大学日本校として文部科学省から指定を受けた、米国ペンシルベニア州立総合大学の日本校。

Steven Levy（公式サイト）（外部）
スティーブン・レビーの公式サイト。著書や記事などの情報を掲載している。

【参考動画】

【編集部後記】

AI時代の中で、あなた自身の「人間性」をどのように活かしていますか？日々の仕事や学びの中で、AIを使いながらも「これは人間にしかできない」と感じる瞬間はありませんか？もしよろしければ、SNSで皆さんの体験や考えをぜひ共有してください。人間とAIの共存について、一緒に考えていきましょう。

【関連記事】

AI(人工知能ニュース)をinnovaTopiaでもっと読む