Last Updated on 2025-05-23 06:35 by admin
2025年5月21日、Nature誌は「貧困国におけるAIの道筋は、数十億ドルで舗装される必要はない」と題した社説を発表しました。この記事は、低・中所得国(LMICs)でも大規模な外部投資なしに自国発のAI技術を開発できることを示しています。
サウジアラビアは2025年5月、トランプ米大統領の湾岸諸国訪問に合わせて大規模なAI構想を発表しました。リヤドに設立されたAI企業「HUMAIN」はモハメド・ビン・サルマン首相が議長を務めます。NVIDIAは「数十万個」の最先端GPUを供給する計画で、QualcommはAIインフラ、クラウドシステム、および人材育成プログラムの構築で協力します。Amazon Web Services(AWS)もAIインフラを提供し、サウジアラビアに専用の「AIゾーン」を開発するために50億ドル以上を投資する計画で、NVIDIAと共同で数千人規模のAI・データサイエンス人材育成も計画されています。
一方、インドでは科学技術省がBharatGenというAI構想を進めています。IITボンベイ主導のこのプロジェクトは、インドの言語でトレーニングされた言語モデルを開発し、ヒンディー語や英語を含む複数の言語で人間のような会話を可能にします。
南アフリカは国家AI戦略を策定中で、専用のAI研究センター設立や科学者・スタートアップへの資金提供、AIモデルに関する公衆理解の向上を目指しています。
2024年の分析によると、中国や日本を除くアフリカ、南米、アジアの国々は、世界のAI研究の5%未満しか生産していません。カナダのトロント・メトロポリタン大学の研究者ジェイク・オケチュクウ・エフォドゥは、ケニアの酪農家がAI画像認識ソフトを使って牛の病気を検出する例を挙げ、欧米のデータで訓練されたモデルが現地の状況に適合しない問題を指摘しています。
Nature誌は、LMICsの多くの取り組みが「規模の拡大」ではなく「適切な規模」に焦点を当て、地元のユーザーの言語や社会経済的現実に合わせたモデル構築を進めていると強調しています。
References:
The path for AI in poor nations does not need to be paved with billions
【編集部解説】
Nature誌が報じる「低・中所得国におけるAI開発」の記事は、グローバルなAI開発の新たな潮流を示唆しています。
まず注目すべきは、AIの「民主化」という視点です。これまでAI開発といえば、米国のOpenAIやGoogleなどの巨大テック企業や中国のBaiduなどが主導し、数十億ドル規模の投資が必要と考えられてきました。しかし、Nature誌の記事が示すように、必ずしも巨額の投資がなくても、地域のニーズに合わせた「適切な規模」のAI開発が可能になっています。
検索結果から得られた追加情報によると、低・中所得国(LMICs)におけるAI開発の障壁は多岐にわたります。電力インフラの不足、通信接続の不十分さ、モバイル端末へのアクセス制限、教育水準の低さなどが挙げられます。これらの課題は単純な資金投入だけでは解決できない構造的な問題です。
サウジアラビアの事例は特筆すべきでしょう。サウジアラビアのAI構想は、NVIDIAやQualcomm、AWSなど米国の主要テクノロジー企業と連携し、大規模なAIインフラを構築する計画です。これは中東地域がAI開発の新たなハブとなる可能性を示しています。
一方、インドのBharatGenプロジェクトは、インド固有の言語や文化に適応したAIモデルの開発を進めています。これは「ローカライズされたAI」の好例と言えるでしょう。
南アフリカも国家AI政策フレームワークを策定中で、人材開発、デジタルインフラ、研究開発とイノベーション、公平性とバイアス軽減などの戦略的柱に基づいたAI政策を推進しています。
これらの動きが示すのは、AIの「多極化」と「多様化」です。単一のグローバルモデルではなく、各地域の言語や文化、社会経済的背景に適応したAIの開発が進んでいるのです。
しかし課題も残されています。検索結果によれば、多くの発展途上国ではAI政策フレームワークの採用に関して、政治的・ガバナンス的な問題から生じる多様な課題があります。また、都市部と農村部のデジタル格差も大きな障壁となっています。
この「適切な規模のAI」という考え方は、技術の持続可能性という観点からも重要です。巨大なコンピューティングリソースを必要とするAIモデルは、膨大なエネルギーを消費し、環境負荷も大きくなります。地域のニーズに合わせた適切な規模のAIは、環境面でも経済面でも持続可能な選択肢となり得るでしょう。
注目すべきは、この動きがもたらす「テクノロジーの多様性」です。単一の技術パラダイムではなく、多様な文化や社会的背景を反映した技術開発が進むことで、より豊かで包括的なテクノロジーの生態系が生まれる可能性があります。
また、ケニアの酪農家の事例が示すように、欧米中心のデータで訓練されたAIモデルは、異なる地域の現実に適合しないことがあります。地域に根ざしたAI開発は、このようなミスマッチを減らし、より実用的なソリューションを提供できるでしょう。
アフリカの研究者たちは、現地の言語や文化に適応したAIソリューションの開発に取り組んでいます。例えば、女性が自分の言語で避妊について話せるチャットボットの開発や、「リソースの少ない言語」向けのツール作成などが進められています。これらは地域特有のニーズに応える好例です。
今後、日本の技術企業や研究機関も、こうした「適切な規模のAI」の開発や、低・中所得国との協力において重要な役割を果たせる可能性があります。日本固有の文化や社会的背景を活かしたAI開発のノウハウは、グローバルな技術の多様性に貢献できるはずです。
【用語解説】
低・中所得国(LMICs):
世界銀行の分類による経済発展段階にある国々。一人当たりGDPが低~中程度の国で、アフリカ、南アジア、東南アジア、中南米の多くの国が含まれる。2024-2025年の基準では、低所得国は一人当たりGNI(国民総所得)が1,145米ドル以下の国々を指す。
大規模言語モデル(LLM):
ChatGPTなどの基盤となる人工知能技術。膨大なテキストデータから学習し、人間のような文章を生成できる。
マルチモーダルAI:
テキストだけでなく、画像、音声、動画など複数の形式(モード)のデータを処理できるAI技術。
エッジAI:
クラウドではなく、スマートフォンや家電などのデバイス上で直接AI処理を行う技術。プライバシー保護やリアルタイム処理に有利。
GPU:
Graphics Processing Unit(グラフィックス処理ユニット)。画像処理用に開発されたが、並列処理能力の高さからAI計算にも適している。
テクノロジーリープフロッギング:
発展途上国が中間段階を飛ばして最新技術を導入する現象。例えば、固定電話網を整備せずに直接携帯電話を普及させるなど。
【参考リンク】
HUMAIN(外部)
サウジアラビアの公共投資基金が所有するAI企業。AI開発の総合的なシステムを構築
NVIDIA(外部)
AIチップの世界的リーダー。GPUの設計・供給を行うAIハードウェアの主要企業
Qualcomm(外部)
無線技術関連の半導体、ソフトウェア、サービスを提供する米国企業
Amazon Web Services (AWS) (AWS)(外部)
クラウドコンピューティングサービスを提供する企業。AI/ML関連サービスを展開
BharatGen(外部)
インド政府が資金提供する多言語AIプロジェクト。インド文化に適応したAIを開発
IIT Bombay(外部)
インド工科大学ボンベイ校。BharatGenプロジェクトを主導する教育研究機関
Data Science Nigeria(外部)
ナイジェリアのAI教育・研究組織。現地言語でのAI開発に取り組んでいる
【参考動画】
【編集部後記】
皆さんの周りにあるAIサービスは、どこで開発されたものが多いでしょうか?実は私たちが日常的に使うAIの多くは、巨額の投資を受けた一部の国や企業によって開発されています。でも、もし各国・地域の文化や言語に根ざした「地産地消型AI」が広がったら、テクノロジーの風景はどう変わるでしょう?自分の国や地域に最適なAI開発のあり方について、一緒に考えてみませんか?