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Builder.ai破綻の真相:700人のインドエンジニアが「AI」を偽装、Microsoft出資の4億4500万ドル調達企業が破産

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-06-04 17:41 by admin

ロンドンを拠点とするAIスタートアップBuilder.ai(旧Engineer.ai)が2025年5月20日に破産手続きに入った。同社は2016年にSachin Dev Duggalによって設立され、AIアシスタント「Natasha」を搭載したノーコード開発プラットフォームを提供していると謳っていたが、実際には700人のインドのエンジニアが手動でコードを書いていた。

Builder.ai(旧Engineer.ai)はMicrosoft、Qatar Investment Authority、SoftBankなどから総額4億4500万ドルの資金調達を行い、一時は企業価値12億~15億ドルと評価されるユニコーン企業となった。しかしインドのソーシャルメディア企業VerSe Innovationとの間で2021年から2024年にかけて「ラウンドトリッピング」と呼ばれる相互請求を通じた売上水増しの不正会計を行っていた疑いが持たれている。

報道によれば、Builder.aiは2024年の売上予測を2億2000万ドルと投資家などに報告していたものの、実際には5500万ドル程度に過ぎなかったとされ、これは報告された予測に対して75%もの大幅な未達であり、実態に対して約300%の売上を水増しして見せていた計算になるという指摘もある。

2025年2月にDuggalがCEOを退任しManpreet Ratiaが後任となったが、債権者Viola Creditが3700万ドルを差し押さえたことなどが引き金となり、給与支払いが困難となり破産に至った。

From: 文献リンク‘700 Indian engineers posed as AI’: The London startup that took Microsoft for a ride

【編集部解説】

Builder.ai破綻事件は、AI業界における「偽装AI」と財務不正の複合的な問題を浮き彫りにした象徴的な事例です。同社の問題は技術的な誇張にとどまらず、組織的な売上操作まで含む深刻な企業不正だったことが確認されました。

売上操作の実態と規模

Builder.aiの売上操作は極めて深刻でした。一部報道や分析によれば、2024年の売上予測として投資家に報告していた2億2000万ドルが、実際には5500万ドルに過ぎず、これは75%の減額、つまり300%の水増しに相当します。2023年の売上についても、当初報告の1億8000万ドルから4500万ドルへと大幅に下方修正されており、同社の財務報告の信頼性は完全に失われていました。

この売上操作疑惑により、同社は2023年10月にViola Creditから5000万ドルの融資を受ける際、虚偽の財務情報を提供していたことになります。債権者が融資契約違反を理由に4200万ドルの現金のうち3700万ドルを差し押さえたのは、こうした欺瞞行為に対する疑念が表面化したためと考えられます。

技術的偽装の詳細

Builder.aiが謳っていた「AI搭載」のノーコード開発プラットフォームは、実際には大規模な人力による開発体制でした。同社は「Natasha」というAIアシスタントがレゴブロックのようにアプリを自動構築すると宣伝していましたが、実際にはインドとウクライナの数百人のエンジニアが手動でコードを書いていました。

この事実は2019年にWall Street Journalによって既に報道されていましたが、その後も同社は「AI企業」としてのブランディングを続け、投資家からの資金調達を継続していました。これは投資家のデューデリジェンス体制に重大な疑問を投げかけています。

経営陣の問題と法的リスク

創業者のSachin Dev Duggalは、インドでVideocon銀行関連のマネーロンダリング疑惑で刑事捜査を受けており、共同創業者のSaurabh Dhootも詐欺的融資スキームに関与したとされています。これらの法的問題は、同社の企業統治に深刻な影響を与えていました。

また、同社の監査体制についても疑問が持たれていました。2025年2月末に就任した新CEOのManpreet Ratiaは、同年3月、財務の透明性を高めるため、大手監査法人2社による2023年および2024年の会計年度の財務調査を実施すると発表しており、これは従来の監査体制や財務報告に対する内部からの問題意識の表れと見ることができます。

AI業界への広範囲な影響

Builder.aiの破綻は、AI業界全体の構造的脆弱性を浮き彫りにしました。業界専門家は、現在のAI企業の99%が2026年までに失敗すると予測しており、その多くが既存の大規模言語モデル(GPT-4、Claude等)の「ラッパー」に過ぎないことが問題視されています。

これらの企業は独自の技術的差別化を持たず、持続可能なビジネスモデルを構築する前に過度な投資家期待に基づいて急速に規模を拡大しています。Builder.aiの事例は、こうした「AIウォッシング」の典型例として記録されることになるでしょう。

顧客企業への深刻な影響

Builder.aiの破綻により、同社のプラットフォーム上で構築されたアプリケーションやウェブサイトを持つ多くの中小企業が深刻な影響を受けています。顧客データ、ソースコード、知的財産権へのアクセスが失われ、事業継続に重大な支障をきたしています。

この事件は、SaaSベンダーリスク管理の重要性を改めて浮き彫りにし、「SaaSエスクロー」などのリスク軽減策の必要性が再認識されています。

投資環境への長期的影響

Builder.ai事件は、AI投資における透明性と実際の技術力評価の重要性を示しています。2024年のAI分野への投資額は1000億ドルを超えましたが、今後は投資家のデューデリジェンスがより厳格化され、真に革新的な技術を持つ企業への資金集中が進むと予想されます。

この破綻は、AI業界の健全な発展にとって重要な転換点となり、投機的な企業の淘汰を加速させることが期待されます。

【用語解説】

ラウンドトリッピング(Round-tripping)
企業間で実際のサービス提供を伴わない相互請求を行い、売上を人為的に水増しする会計操作手法である。Builder.aiとVerSe Innovationが2021年から2024年にかけて実行していた不正会計疑惑の中核となる手法で、両社が同額程度の請求書を互いに発行していた。

AIラッパー(AI Wrapper)
既存の大規模言語モデル(GPT-4、Claude等)の上に薄いインターフェースを構築しただけで、独自のAI技術を持たないスタートアップを指す業界用語である。Builder.aiも本質的にはこのカテゴリに属し、真のAI技術開発ではなく人力による開発を行っていた。

ユニコーン企業
企業価値が10億ドル以上の未上場スタートアップ企業を指すベンチャーキャピタル業界の用語である。Builder.aiは2023年時点で企業価値13億ドルのユニコーン企業だった。

SaaSエスクロー(SaaS Escrow)
SaaSベンダーが破綻した場合に顧客のデータとアプリケーションへのアクセスを保護するリスク管理手法である。Builder.ai事件により、この保護手段の重要性が再認識されている。

AIウォッシング(AI Washing)
企業が実際にはAI技術を使用していないにも関わらず、製品やサービスを「AI搭載」として宣伝する欺瞞的なマーケティング手法である。Builder.aiは典型的なAIウォッシングの事例として記録されている。

【参考リンク】

Builder.ai公式サイト(外部)
現在は破産手続き中で管財人が管理している。AIを活用したノーコード開発プラットフォームとして運営されていた。

VerSe Innovation公式サイト(外部)
Dailyhuntを運営するインドのソーシャルメディア企業。Builder.aiとのラウンドトリッピングに関与したとされる。

Viola Credit公式サイト(外部)
Builder.aiに5000万ドルを融資し、債務不履行により3700万ドルを差し押さえた債権者。

Microsoft AI公式サイト(外部)
Builder.aiの戦略的投資家として2023年に参画していたが、同社の偽装AIを見抜けなかった。

【参考記事】

Builder.ai, a Microsoft-backed AI startup once valued at $1.2 billion files for bankruptcy (TechStartups)(外部)
Builder.aiの破綻とAI業界のバブル懸念について詳細に分析した包括的な記事。

Builder.ai: From Unicorn to Insolvency – History, Collapse and the Low-Code Landscape (Beam AI)(外部)
Builder.aiの創設から破綻までの詳細な経緯と、ローコード・ノーコード業界への影響を分析。

Builder.ai Collapse: Why You Need Software Escrow in 2025 (Codekeeper)(外部)
Builder.ai破綻が顧客企業に与えた影響と、SaaSベンダーリスク管理の重要性について詳述。

This AI startup claims to automate app making but actually just uses humans(The verge)(外部)
Engineer.ai(現Builder.ai)がAIによる自動化を謳いながら実際はインドの人間エンジニアを使用していた実態を詳しく解説。同記事では、創業者Sachin Dev Duggalが投資家に対して「80%完成している」と説明していた技術が実際にはほとんど開発されていなかったという内部告発も報じている。

【編集部後記】

Builder.ai事件は、私たちが日常的に利用するAIサービスの「本当の中身」について深く考えさせられる事例です。ChatGPTやCopilotなど身近なAIツールを使う際、その技術がどこまで自動化されているのか疑問に思ったことはありませんか?また、自社の重要なシステムをSaaSベンダーに依存している場合、そのベンダーが突然破綻したらどうなるでしょうか?この事件をきっかけに、AIサービスの透明性やベンダーリスク管理について、皆さんの間でも改めて議論していただければと思います。

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TaTsu
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