OpenAIのチーフコミュニケーションオフィサーであるHannah Wongが2026年1月に退社することが12月15日に社内発表された。
Wongは2021年にAppleからOpenAIに入社し、約5年間在籍した。彼女は2022年のChatGPTローンチや2023年のSam Altman CEO一時解任と復帰の際のPR対応を主導し、2024年8月に正式にCCOに昇進した。
退社後は、副社長のLindsey Held Boltonが暫定的にコミュニケーションチームを率い、CMOのKate Rouchが後任探しを主導する。Sam AltmanとアプリケーションCEOのFidji Simoは共同声明で、Wongが複雑なアイデアに明瞭さをもたらす能力を持ち、過去5年間のリーダーシップに感謝すると述べた。
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OpenAI’s Chief Communications Officer Is Leaving the Company
【編集部解説】
OpenAIのコミュニケーション部門トップの退任は、AI業界における企業ガバナンスと広報戦略の重要性を改めて浮き彫りにしています。Hannah Wongの5年間の在任期間は、OpenAIが研究機関から世界最大級のAI企業へと変貌を遂げた時期と重なっており、その転換点において広報の果たした役割は極めて大きなものでした。
Wongは2021年、OpenAIがまだ8人のコミュニケーションチームしか持たない研究機関だった時期に入社しました。その後、彼女のリーダーシップの下でチームは50人のグローバル組織へと成長し、2022年11月のChatGPTローンチという歴史的瞬間を世界に伝える役割を担いました。ChatGPTは公開からわずか2か月で1億ユーザーを突破し、アプリケーション史上最速の成長を記録しています。
特筆すべきは、2023年11月に発生したSam Altmanの一時解任と5日後の復帰という危機において、Wongが中心的な役割を果たしたことです。OpenAI内部では「the blip(ちょっとした出来事)」と呼ばれるこの事件は、シリコンバレー史上最大級の企業ガバナンス危機の一つとされています。当時、OpenAIの従業員の大多数がAltmanの復帰を求める公開書簡に署名し、Microsoftをはじめとする投資家からも強い圧力がかかりました。この混乱の中で、Wongのチームは情報の混乱を最小限に抑え、ステークホルダーとの信頼関係を維持することに成功しました。
現在のOpenAIは急速な事業拡大の只中にあります。2025年の年間経常収益(ARR)は120億ドルに達し、週間アクティブユーザーは8億人を超えています。しかし、この成長と並行して、組織内部では大きな変化が進行しています。2024年以降、OpenAIからは約20人の研究者や幹部が退社しており、その中には共同創業者のIlya SutskeverやJohn Schulman、CTOのMira Muratiなど、重要な人物が含まれています。
これらの退社の背景には、OpenAIの組織構造の変化が関係しています。同社は2015年に非営利組織として設立されましたが、2019年に「上限付き営利」子会社を設立し、2024年以降はPublic Benefit Corporation(公益法人)への移行を進めています。この移行は、投資家からの資金調達を容易にする一方で、「人類全体の利益のためのAI開発」という創業理念との整合性について議論を呼んでいます。
2025年3月には、SoftBank主導で400億ドルの資金調達を実施し、企業価値は3,000億ドルと評価されました。しかし、2024年に50億ドルの赤字を計上しているように、収益化への道のりは平坦ではありません。R&D費用だけで2025年上半期に67億ドルを支出しており、巨額の資本投入が継続的に必要とされています。
Wongの退任は、こうした組織的転換期における人材流出の一環と見ることもできます。ただし、Altman CEOとFidji Simoの共同声明からは、Wongの貢献への感謝と敬意が明確に示されており、円満な退社であることが窺えます。Wongは退任後、家族との時間を増やすことを示唆しており、5年間の激務からの一時的な休息を選択した可能性が高いでしょう。
後任探しはCMOのKate Rouchが主導し、暫定的にはLindsey Held Boltonが指揮を執ります。Boltonは2021年からOpenAIでコミュニケーション部門の副社長を務めており、組織の文化や戦略を熟知しています。しかし、新しいCCOには、急速に変化するAI規制環境への対応、競合他社との差別化、そして内部の人材流出に関する外部からの懸念への対処など、複雑な課題が待ち受けています。
AI業界全体を見渡すと、OpenAIの競合であるAnthropicやGoogleのDeepMindも、同様に広報戦略の重要性を認識しています。生成AIがもたらす社会的影響や倫理的な問題について、透明性の高いコミュニケーションを行うことが、企業の信頼性と持続可能性を左右する時代になっています。
Wongの後任がどのような人物になるのか、そしてOpenAIが今後どのようなコミュニケーション戦略を展開していくのかは、AI業界全体の動向を占う上でも注目すべきポイントとなるでしょう。
【用語解説】
CCO(Chief Communications Officer / チーフコミュニケーションオフィサー)
企業のコミュニケーション戦略全体を統括する最高責任者である。広報、メディアリレーション、内部コミュニケーション、ブランドデザイン、SNS戦略などを管轄する。
AGI(Artificial General Intelligence / 汎用人工知能)
人間が実行できるほぼすべての知的タスクを実行できるAIを指す概念である。現在のAIは特定のタスクに特化した「狭いAI」だが、AGIは人間と同等以上の汎用的な知的能力を持つとされる。
Public Benefit Corporation(PBC / 公益法人)
営利を追求しながらも、株主利益だけでなく社会全体の利益も考慮することが法的に義務付けられた企業形態である。Delaware州法に基づく企業構造で、AnthropicやxAIも同様の形態を採用している。
ARR(Annual Recurring Revenue / 年間経常収益)
サブスクリプションビジネスにおいて、年間ベースで継続的に得られる収益を示す指標である。企業の成長性や安定性を測る重要な財務指標。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTの開発元。2015年設立のAI研究機関で、生成AI分野をリードする企業。
OpenAI – Our Structure(外部)
OpenAIの組織構造の詳細。非営利部門と営利部門の関係性について説明。
Hannah Wong – LinkedIn(外部)
Hannah Wongの公式LinkedInプロフィール。経歴や専門性を確認できる。
Anthropic(外部)
OpenAIの競合であるAI企業。ClaudeというAIアシスタントを開発している。
【参考記事】
OpenAI comms chief Hannah Wong to leave company(外部)
AxiosによるHannah Wong退社の詳細報道。後任人事や組織体制について解説している。
OpenAI’s Hannah Wong offers clarity from AI cacophony(外部)
WongのCCO昇進時の詳細インタビュー。コミュニケーション戦略と哲学を紹介する。
OpenAI hits $10 billion in annual recurring revenue fueled by ChatGPT growth(外部)
OpenAIの収益が年間100億ドルに到達したことを報じる記事。事業拡大の詳細を解説。
OpenAI’s Insane Week: Resignations, Controversies, and Delays(外部)
2024年のOpenAI幹部大量退社について詳細に分析した記事。組織の課題を考察。
OpenAI Abandons Move to For-Profit Status After Backlash. Now What?(外部)
OpenAIの組織再編計画の変更について詳細に解説した記事。法的論点を整理する。
【編集部後記】
Hannah Wongの退任は、AI企業における「コミュニケーションの重要性」を改めて考える機会を与えてくれます。生成AIは社会に大きな影響を与える技術であり、その開発過程や意思決定の透明性は、技術そのものと同じくらい重要です。OpenAIのような企業が、今後どのようにステークホルダーとの信頼関係を構築していくのか、そしてAI開発の倫理的側面をどう伝えていくのか――これらは私たち一人ひとりの未来にも関わる問題です。innovaTopia読者の皆さんは、こうした企業の動向をどのように見ていますか?































