三菱電機は、運転中のドライバーの飲酒状態を高精度に検知する技術を開発した。本技術は、ドライバーモニタリングシステム(DMS)の映像から非接触で取得した脈拍数や目の動き、車両制御情報をAI「Maisart」で解析することで飲酒状態を推定する。
近赤外カメラで顔映像から皮膚反射の微小輝度変動を抽出し脈拍数を計測、飲酒による交感神経活性化に起因する脈拍上昇を検出する。オークランド大学との共同研究で2024年9月から2025年7月に約100名の運転データを収集し、さまざまなスキンタイプ、年齢、性別、人種のデータで検証を完了した。
飲酒運転による交通事故は米国で年間10,000人以上、EU23カ国で年間2,000人以上が命を落としており、欧州ではNCAPへの飲酒状態検知技術の導入が検討され、米国では新車への飲酒運転防止技術搭載の義務化に向けた議論が進行中である。
三菱電機は2026年以降の実用化を目指す。
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運転中のドライバーの飲酒状態を高精度に検知する技術を開発
【編集部解説】
三菱電機が発表した飲酒状態検知技術は、自動車安全技術における重要な転換点を示すものです。この技術の最大の特徴は、既存のドライバーモニタリングシステム(DMS)のカメラ映像を活用して、非接触で脈拍数を計測し、それを基に飲酒状態を推定する点にあります。
従来のアルコール・インターロック(エンジン始動前に呼気アルコール濃度を測定する装置)には、エンジン始動後に飲酒した場合を検知できないという致命的な欠陥がありました。一方、カメラ映像のみで表情変化から覚醒状態を推定する方法は、飲酒による覚醒度の変化が表情に与える影響に個人差があるため、精度に課題がありました。
三菱電機の技術は、近赤外カメラで顔映像から皮膚反射の微小輝度変動を抽出し、脈拍数を計測します。飲酒すると交感神経が活性化され脈拍が上昇するため、この生体情報を目の動きや車両制御情報と組み合わせてAIで解析することで、高精度な飲酒状態の推定を実現しました。
この技術開発の背景には、欧米における規制強化の動きがあります。欧州では2026年から施行されるEuro NCAPの新プロトコルにおいて、飲酒状態検知技術がドライバーモニタリングシステムの評価項目に追加されます。ドライバーモニタリングには最大25ポイントが配分され、そのうち飲酒などの非疲労性障害の検知に最大2ポイントが割り当てられる予定です。
米国では、2021年に成立したインフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)により、国家道路交通安全局(NHTSA)が3年以内に飲酒運転防止技術の搭載を義務付ける連邦自動車安全基準を策定することが求められています。早ければ2026〜2027年から新車への搭載が始まる可能性があります。
飲酒運転による死亡事故は世界的に深刻な問題です。米国では年間10,000人以上、EU23カ国では年間2,000人以上が命を落としており、欧州全体では交通事故死亡者の約25%がアルコール関連とされています。保険高速道路安全研究所(IIHS)の研究によれば、すべての新車に飲酒運転防止技術が標準装備されれば、年間9,400人以上の命が救われると推計されています。
三菱電機はオークランド大学との共同研究で、2024年9月から2025年7月にかけて約100名の運転データを収集し、さまざまなスキンタイプ、年齢、性別、人種での検証を完了しました。この多様性への配慮は、グローバル展開において重要な要素です。
技術的な優位性として、車載ECU(電子制御ユニット)へのソフトウェアアップデートで搭載可能であり、既存のDMSインフラを活用できる点も見逃せません。これにより、自動車メーカーは追加のハードウェアコストを最小限に抑えながら、規制要件を満たすことができます。
ただし、プライバシーへの配慮や誤検知の問題など、解決すべき課題も残されています。飲酒していないドライバーが誤って検知される場合の対応や、検知後の車両制御の程度(警告のみか、速度制限か、完全停止か)についても、社会的なコンセンサスが必要でしょう。
三菱電機は2026年以降の実用化を目指しており、欧米の規制動向に合わせた市場投入が期待されます。この技術が広く普及すれば、飲酒運転による悲惨な事故を大幅に減らすことができ、交通安全の新たな時代を切り開く可能性があります。
【用語解説】
DMS(ドライバーモニタリングシステム)
運転中のドライバーの状態を監視するシステムで、カメラやセンサーを用いてわき見、居眠り、注意散漫などを検知し、警告を発する。欧州では2026年から新車への搭載が義務化される予定である。
近赤外カメラ
近赤外線を使用して撮影するカメラで、可視光では捉えられない情報を取得できる。皮膚の微小な変化を高精度に検出でき、脈拍数の計測などに活用される。
ECU(Electronic Control Unit)
電子制御ユニットの略で、自動車の各種機能を制御するコンピュータである。エンジン制御、ブレーキ制御、安全システムなど、現代の自動車には多数のECUが搭載されている。
アルコール・インターロック
運転前にドライバーの呼気中のアルコール濃度を測定し、基準値を超えていた場合にエンジンの始動を阻止する装置。エンジン始動後の飲酒を検知できない課題がある。
NCAP(New Car Assessment Program)
新車安全評価プログラムの略で、各国の公的機関が実施する自動車の安全性能評価試験。消費者が車両購入時に安全性を考慮できるよう、客観的な評価結果を公表する。
BAC(Blood Alcohol Content)
血中アルコール濃度のことで、血液中に含まれるアルコールの割合を示す。多くの国では0.05%または0.08%を飲酒運転の基準としている。
【参考リンク】
三菱電機株式会社 – 運転中のドライバーの飲酒状態を高精度に検知する技術を開発(外部)
三菱電機の公式プレスリリース。飲酒状態検知技術の詳細と開発の特長を紹介している。
Maisart® – 三菱電機のAI技術(外部)
三菱電機のAI技術ブランド「Maisart」の公式サイト。全ての機器をより賢くするAI技術の概要を紹介。
Euro NCAP Official Website(外部)
欧州新車安全評価プログラムの公式サイト。2026年の新プロトコルを含む最新の安全評価基準を掲載。
NHTSA – Infrastructure Investment and Jobs Act(外部)
米国運輸省道路交通安全局によるインフラ投資雇用法の解説ページ。飲酒運転防止技術の義務化について説明。
Mothers Against Drunk Driving (MADD)(外部)
飲酒運転撲滅を目指す米国最大の非営利団体。飲酒運転の統計データや防止活動を展開している。
【参考記事】
Euro NCAP announces 2026 protocol changes to tackle modern driving risks(外部)
Euro NCAPの2026年プロトコル変更に関する公式発表。飲酒状態検知を含むドライバーモニタリングシステムの評価強化について詳述。
CorrActions Supports Euro NCAP’s Push for Alcohol Detection Systems(外部)
2026年のEuro NCAPプロトコルでドライバーモニタリングに25ポイント、飲酒検知に最大2ポイントが配分されることを報じる。
What’s Changing in Euro NCAP’s 2026 Safety Ratings?(外部)
2026年のEuro NCAP新基準における飲酒・薬物検知の追加要件を詳しく解説している記事。
2024 Drunk Driving Statistics – MADD(外部)
米国における飲酒運転死亡事故の最新統計。2021年と2022年に連続して13,000人以上が死亡したことを報告。
Drunk Driving Fatality Statistics – Responsibility.org(外部)
2023年の米国における飲酒運転による死亡者数は12,429人で、全交通事故死亡者の30%を占めることを報告。
Drink Driving – European Transport Safety Council(外部)
欧州における飲酒運転の実態。EU全体で交通事故死亡者の25%がアルコール関連であることを報告している。
Seeing Machines adds alcohol impairment detection to DMS(外部)
Seeing MachinesがBAC 0.05以上の飲酒状態を検知できるDMS技術を発表。三菱電機も同社と業務提携を結んでいる。
【編集部後記】
飲酒運転の撲滅は長年の課題でしたが、技術の進化によって、ようやく実効性のある解決策が見えてきました。三菱電機の技術は、運転中のドライバーを継続的に監視することで、「運転してから飲む」というアルコール・インターロックの盲点を克服しています。
2026年から欧米で規制が強化される中、日本の自動車メーカーや関連企業がこの分野で先行することは、グローバル市場における競争力強化にもつながります。一方で、プライバシーへの配慮や誤検知時の対応など、技術だけでは解決できない社会的な課題も存在します。
この技術が普及した未来では、飲酒運転による悲劇が大幅に減少し、より安全な交通社会が実現されるでしょう。皆さんは、車が運転者の状態を常時監視する未来について、どのようにお考えでしょうか。































