Metaは12月16日、AIグラスRay-Ban MetaとOakley Meta HSTN向けのソフトウェアアップデートv21を発表した。新機能「Conversation Focus」は、レストランや電車などの騒がしい環境で会話相手の声を増幅し、オープンイヤースピーカーを通じて周囲のノイズより大きく聞こえるようにする。
ユーザーは右側のテンプルをスワイプまたはデバイス設定で増幅レベルを調整できる。この機能は米国とカナダのEarly Accessプログラム参加者向けに先行展開され、その後段階的に拡大される。
同時に、視覚認識とSpotifyのパーソナライゼーションを組み合わせた音楽機能も追加され、見ているもの（アルバムカバーやホリデーシーンなど）に合った曲をハンズフリーで再生できる。
Spotify機能は英語で19カ国に展開される。Metaは2026年末までにRay-Ban Metaスマートグラスの年間生産台数を1000万台に引き上げる計画だ。
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Your Meta AI glasses can now boost voices in loud restaurants and trains
【編集部解説】
Metaが2025年12月16日に発表したこのアップデートは、スマートグラスの実用性を大きく前進させる重要なマイルストーンです。「Conversation Focus」という機能名は控えめですが、その意味するところは大きい。これは単なる音量調整ではなく、AIと音響工学の融合によって、人間の聴覚体験そのものを拡張する試みなのです。
この機能は2025年9月のMeta Connect 2025でMark Zuckerberg自らが発表したものが、ついに実装段階に入りました。技術的には、オープンイヤースピーカー、ビームフォーミング技術、リアルタイム空間処理という3つの要素を組み合わせています。ビームフォーミングとは、複数のマイクを使って特定方向からの音を選択的に増幅する技術です。これにより、目の前にいる人の声だけを「照らし出す」ことができます。
興味深いのは、Metaがこれを医療機器ではなく、あくまで「コンシューマー向けの補助機能」として位置づけている点です。世界保健機関（WHO）によれば、現在約4億3000万人が生活に支障をきたす難聴を抱えており、この数字は今世紀半ばまでに大幅に増加すると予測されています。しかし、補聴器は高価で心理的ハードルも高い。Metaのアプローチは、日常的に使うファッションアイテムに聴覚補助機能を統合することで、このギャップを埋めようとしています。
Appleも同様の道を歩んでいます。AirPods ProにはConversation Boost機能があり、Pro 2には2024年9月にFDA承認の臨床グレード補聴器機能が追加されました。研究によると、AirPods ProのConversation Boostは信号対雑音比（SNR）を約5.5〜7 dB改善し、これは従来の補聴器の指向性マイクと同等の性能です。つまり、テック企業が「聴覚補助」という新しい市場を切り開きつつあるのです。
一方、Spotify統合機能は一見すると遊び心のある追加に見えますが、これもマルチモーダルAIの進化を示す重要な事例です。視覚情報（カメラで見た画像）と音楽の嗜好（Spotifyの個人データ）を組み合わせて、その瞬間に最適なプレイリストを生成する。これは、スマートグラスがただの情報表示デバイスではなく、コンテクストを理解し、ユーザーの体験を豊かにする「環境理解型デバイス」へと進化していることを意味します。
生産計画も注目に値します。EssilorLuxotticaのCEO Francesco Milleriは2025年2月、Ray-Ban Metaスマートグラスの年間生産能力を2026年末までに1000万台に引き上げる計画を発表しました。2023年10月のローンチから2025年2月までに200万台を販売しており、Ray-Ban店舗の60%でベストセラー商品となっています。この勢いは、スマートグラスが単なる「ガジェット」から「日常的なウェアラブル」へと移行しつつあることを示しています。
競合も活発に動いています。Samsungは2026年にGoogleのGemini AIを搭載したスマートグラスを投入予定で、Appleも2027年の参入が報じられています。この市場は2030年までに300億ドル規模に成長すると予測されており、テック業界の次なる主戦場となりそうです。
ただし、課題も残されています。バッテリー駆動時間は6〜8時間に延びましたが、完全なAR体験には終日持続する電力が必要とされます。また、プライバシーへの懸念や、公共の場でのカメラ付きグラスの使用に対する社会的受容性も問われるでしょう。それでも、Metaがこの分野で先行者利益を確立しつつあることは間違いありません。
【用語解説】
オープンイヤースピーカー
耳を完全に塞がず、周囲の音も聞こえる状態を保ちながら音声を伝えるスピーカー方式。Meta AIグラスやBose Framesなどのスマートグラスで採用されている。安全性と利便性を両立する設計だが、音漏れしやすい欠点もある。
ビームフォーミング技術
複数のマイクを使って特定方向からの音を選択的に増幅・抑制する信号処理技術。会議システムや補聴器、スマートスピーカーなどで広く使われており、ノイズの多い環境での音声認識精度を向上させる。
信号対雑音比（SNR）
Signal-to-Noise Ratioの略。目的とする信号の強度と背景ノイズの強度の比率を示す指標。dB（デシベル）で表され、数値が高いほど信号がノイズより明瞭に聞き取れることを意味する。
マルチモーダルAI
複数の異なる種類のデータ（画像、音声、テキストなど）を同時に処理・理解できるAI技術。今回のSpotify統合機能では、視覚情報と音楽嗜好データを組み合わせてプレイリストを生成している。
Early Accessプログラム
新機能を一般公開前に限定ユーザーに提供するプログラム。ユーザーからのフィードバックを収集し、バグ修正や改善に活用される。Metaではウェイトリストに登録して承認を受ける必要がある。
【参考リンク】
Meta公式ブログ – Conversation FocusとSpotify統合のアップデート（外部）
MetaによるRay-Ban MetaとOakley Meta HSTNスマートグラスの最新アップデート（v21）の公式発表。
Meta AI Glasses公式サイト（外部）
Ray-Ban MetaとOakley Metaスマートグラスの製品情報、機能、購入オプションを掲載。
EssilorLuxottica公式サイト（外部）
Ray-Banブランドを所有し、Metaとパートナーシップを結ぶ世界最大の眼鏡メーカー。
Apple – AirPods Pro補聴器機能サポートページ（外部）
AirPods Pro 2/3の臨床グレード補聴器機能とConversation Boostの使用方法を解説。
Spotify公式サイト（外部）
世界最大の音楽ストリーミングサービス。Meta AIグラスと連携した視覚認識型音楽再生機能を提供。
【参考記事】
Meta’s AI glasses can now help you hear conversations better | TechCrunch（外部）
Sarah Perezによる詳細なレポート。Conversation Focus機能の技術的背景と、AppleのAirPodsとの比較、展開地域の情報を含む。
Meta AI Glasses Learn To Focus, Listen, And DJ Your Life | Benzinga（外部）
スマートグラスの生産計画（2026年末までに1000万台）とMeta株への影響、競合動向を分析。
Ray-Ban Meta Glasses Have Sold 2 Million Units, Production To Be Vastly Increased | UploadVR（外部）
EssilorLuxottica CEOの発言を引用し、販売実績（200万台）と生産能力拡大計画を詳報。
Meta is rolling out Conversation Focus and AI-powered Spotify features to its smart glasses | Engadget（外部）
v21アップデートの詳細機能、Oakley Meta Vanguardの新機能、音声コマンドによる操作方法を解説。
Smart Glasses Are Ready for a Breakthrough Year | Business of Fashion（外部）
スマートグラス市場の成長予測（2030年までに300億ドル）と、ファッション業界との協業モデルを分析。
Evaluation of Apple AirPods Pro with Conversation Boost | The Hearing Review（外部）
National Acoustic Laboratoriesによる客観的評価。Conversation BoostがSNRを約7 dB改善することを実証。
【編集部後記】
スマートグラスが「見せる」デバイスから「聴かせる」デバイスへと進化している今、私たちの日常はどう変わるのでしょうか。騒がしい居酒屋での会話、満員電車での打ち合わせ、ライブ会場での友人との語らい――これまで「聞こえにくい」と諦めていた瞬間に、新しい可能性が生まれています。MetaやAppleが切り開くこの領域は、補聴器という医療機器と、ファッションアイテムとしてのスマートグラスの境界を曖昧にしていきます。皆さんは、日常的に着用するメガネが聴覚を拡張するツールになる未来を、どう受け止めますか？
