生成AI時代、「信頼」はどこに宿るのか。
生成AIは、知識や創造性へのアクセスを一気に押し広げました。検索、要約、生成。誰もが短時間で「それらしい答え」にたどり着ける時代が到来しています。
しかし、その答えは何を根拠にしているのでしょうか。誰が責任を持つのでしょうか。文章が流暢でも、魅力的な画像でも、それがどこから来たものなのか分からない。生成AIの進化は、情報や創作活動の民主化と引き換えに、信頼の輪郭を曖昧にしつつあります。
こうした状況で問われているのは、モデル性能そのものよりも、どこまでを許容し、どこからを拒むのかという「立場」です。信頼とは誤りが起きないことではなく、誤りを検証できる足場が用意されていることだと捉えるなら、その足場をどう設計するかが焦点になります。
その設計を、ストックフォト最大手であり、生成AIサービスも提供しているGetty Imagesはどのように考えているのでしょうか。今回、Getty Imagesで戦略開発担当の副社長を務めるニック・アンズワース氏にインタビューを実施しました。また、ゲッティイメージズジャパン営業部長の高田倫明氏が同席し、背景説明と補足を行いました。
Getty Images公式サイト(日本語)
「私たちは現実を記録する」Getty Imagesの前提
Getty Imagesはスポーツ、ニュース、エンターテインメントの現場を中心に、世界中で年間約16万件のイベントをカバーしています。FIFAやIOCといった国際的なスポーツ統括組織とも連携し、顧客が世界に向けてストーリーを伝えるための高品質なコンテンツを提供してきました。
同社は複数のブランドを持っています。プロ向けの「Getty Images」に加え、中小企業や小規模事業者に向けた「iStock」、そして予算を意識するクリエイターや個人に向けた「Unsplash」も展開しています。報道領域のビジュアルに加え、広告・マーケティング用途のクリエイティブ素材、顧客の要望に合わせて制作するカスタムコンテンツも扱っています。
加えてアンズワース氏は、Getty Imagesが画像や動画の提供にとどまらず、API連携によってプラットフォームへコンテンツを届けたり、AIモデルのトレーニング用途で高品質データを提供したりしている点にも触れました。
ただし、その提供方法には明確な線引きがあります。これが、同社の信頼設計の核になっています。
「AIには可能性がある。だが限度もある」
Getty Imagesは、2023年9月に自社の画像を学習させた生成AI「Generative AI by Getty Images」を、2024年1月には「Generative AI by iStock」をリリースしています。
生成AIが爆発的に拡大している今、ストックフォトとして、この状況をどう感じていますか?
「生成AIは創造的なツールとして強力であり、発想を刺激し、試作を助け、創作のブロックを外す力がある。しかし、AI生成画像は、決まり文句のような表現やステレオタイプを含み得ます。時に不快で、内容が陳腐になることもあります。人々は新鮮で、個性を感じる表現を求めています。そうしたストーリーは最終的に人間が作るべきです」(アンズワース氏)
アンズワース氏は、AIを推進しつつも「責任ある形で作られる必要がある」と強調しました。
その責任には、知的財産の尊重、クリエイターの保護、そして持続可能なエコシステムが含まれます。関係者が参加できる形でなければならない、という考え方です。
コントリビューターの方々に対して「あなたの作品をAI学習に使う」と説明する難しさはありましたか?
「世界中の多数のコントリビューターと協業しており、AIトレーニングにも補償モデルを設け、参加する貢献者が公平に配分を受けられるようにしています」(アンズワース氏)
「生成が行われるたびにコントリビューターへロイヤリティが支払われる仕組みを早期に整えてきました。現在では、弊社のサービスでユーザーが画像を生成した際に、関与した画像に対して分配が行われる設計になっています」(高田氏)
生成を否定しない。ただし、プロセスには責任が必要だ。この立場は一貫しています。
「しないこと」を決める
Getty Imagesの強みは「高品質な画像」を大量に持つことです。ならば、それを生成AIの学習に使えば、より良い生成ができるのではないでしょうか?
「Getty Imagesは、クリエイティブのコンテンツについてはAI学習用途のライセンスを提供する一方で、エディトリアル(報道向け)のコンテンツはAIトレーニングに使わせないのです。エディトリアルは『現実の出来事』を記録した報道用のものであり、同社の基準として『改変しない』領域だからです」(アンズワース氏)
「学習していないからこそ、Getty Imagesの生成ツールで『大谷翔平』や『ディズニー』と入力してもそれらしい画像は出力されないのです。エディトリアル素材にはインテグリティに関わる規約があり、私たちは報道機関として正しいものを伝える責任があります」(高田氏)
報道写真は事実に即した「本物」でなければなりません。そこを生成に回し、もし事実と異なる表現が生まれれば、報道の信頼そのものが揺らぎます。
また、この区別は生成AIの開発以前から存在しており、その既存の区分を生かしてAI時代の取り組みを組み立てているとも説明しました。
この線引きは、機能の制限ではなく、責任の設計だとGetty Imagesは捉えています。
透明性と持続可能性は、性能競争の「外側」にあるのか
責任や透明性を重視すると学習データが限定され、表現の幅で不利になるのではないでしょうか。ネット上にあるコンテンツを無数に学習したAIの方が、時として非常に魅力的で、便利で、安価です。この差についてはどうお考えでしょうか?
「目的がそもそも違うと考えています。無差別な学習で短期的な出力が良く見えることがあっても、責任と透明性のない仕組みは倫理的・法的な問題を抱えています。また、AIが生成したものが学習データに混ざることで品質が悪化し得るという懸念(モデル崩壊)もあります。生成AIツールやサービスが多様化する中で、Getty Imagesが提供するAIは、真に『商用利用に安全』であることを重視しています」(高田氏)
「学習データが何であるかの開示、知的財産の保護、AI生成か人間制作かの区別を明確にする透明性が重要です。政府機関、権利者、AI企業とも連携し、AI生成コンテンツのラベリングなどの取り組みに関わっています」(アンズワース氏)
Getty Imagesは2022年9月に、人による編集がなされていないAI生成の投稿・販売を禁止にする方針を示しました。素材を購入した顧客に、著作権などの法的なリスクを背負わせてはならないという判断でした。そのため、人の目によるチェックだけでなく、C2PAと協力し、AI生成画像の判別や来歴情報の枠組みを含め、取り組みを進めています。
2024年に公開されたGetty Imagesによる「VisualGPS」の調査でも、76%の消費者が「画像が本物かどうか見分けがつかなくなってきた」と回答し、さらに約90%が「画像がAIを使って作成されたかどうかを知りたがっている」という結果が出ています。AIの性能が上がり、どれだけ違和感のない画像を出力できるようになり、AIを使う側にとって魅力的であっても、それを見る側には疑念が増しているということです。
Perplexity提携が実装したのは「生成」ではなく「検証可能性」
この立場は、対外的なパートナーシップにも表れています。その一例が、2025年10月に締結された、AI検索サービス「Perplexity」との提携です。
この提携は「表示」のための統合であり、「学習」や「生成」ではありません。Perplexityのサイト上で、トピックに関連する画像がAPI経由で表示されるだけです。
なぜ、Perplexity上で画像を表示するという提携を行ったのですか?
「私たちはAI検索やチャットを日常的に使い、それを真実のソースとして頼り始めています。だからこそ、正確であることが重要になります。Getty Imagesはその役割を果たせる。AI体験に、現実の出来事を写した新鮮で歴史的に正確なビジュアルを組み込み、情報を裏付けたり、検証可能になる方向へ寄与したい」(アンズワース氏)
「Getty Imagesには生成ツールをAPI提供する商品もあるが、今回Perplexityが使っているのはそれではなく、エディトリアル写真のAPIです。Perplexity側も、ニュース的な場面でAI生成ではないちゃんとしたものを使うことで信頼を得られます。そこが両社の利害が一致した点です」(高田氏)
重要なのは、その表示がクレジット付きで行われる点です。写真家名とGetty Imagesのクレジットが付与され、さらに画像の出典(販売ページ)へリンクします。通常、ネット上の画像利用ではクレジット表記のみで元ページへのリンクまでは貼られないことが多いですが、今回の提携ではそこまで実装されています。
編集部がその徹底ぶりを指摘すると、高田氏は「そこまでやっていることが大事なんです。法的にきちんとパートナーシップの下で提供していることを示す狙いがあります」と語りました。
ハルシネーションの時代に、何が足場になるのか
AIが誤った情報を出したとき、そこにGetty Imagesの画像が添えられれば、誤情報に権威を与えたように見えてしまうリスクがあります。そうした使われ方への対策はあるのでしょうか?
「Getty Imagesはエディトリアル提供者として高い基準を持ち、現実の出来事を記録し、操作せず、別の物語に作り変えることはしません。テキストのみの結果では誤りが生じることがありますが、正確な視覚情報が添えられれば、そのリスクを和らげ得ると考えています」(アンズワース氏)
例えば、正しい画像があれば、AIが「銀閣寺は金閣寺と同様に銀色に輝いている」とは回答しにくくなるでしょう。仮に、そうした誤りを出力してしまっても、ユーザーはその場で回答内容を検証できるということです。
品質は解像度ではなく「文脈」で決まる
画像が本物であること以上に、品質とはどういうもので評価されるのでしょうか?
「弊社のクリエイティブインサイトチームが業界トレンドを特定し、コントリビューターと密に連携して現在求められているテーマと今後求められるテーマを見極めています。顧客の需要に応えられるものこそが、品質だと考えています」(アンズワース氏)
「独自の分析基盤として『VisualGPS』という仕組みがあります。一般消費者調査、長年にわたる編集知見、そして年間28億回にのぼる検索データをもとに、重要なトレンドを抽出し、ただ素材を増やすのではなく、トレンドに沿った素材をクリエイティブライブラリーへ投入しています」(高田氏)
顧客や消費者の要望に応え続けると、時に望ましくないバイアスが生まれ得ます。たとえば「女性が事務職、男性がエンジニア」といった固定観念が画像素材の中で再生産されるのではないでしょうか?
Getty ImagesはD&I(多様性と包摂性)をリーダーシップ・プリンシプルの一つに位置づけています。トレンド自体も変化しており、過去の偏ったイメージが現在は修正されつつあります。実際、女性像のトレンドはサポートから柔軟性へ、さらに多様なリーダーシップへ移りつつあるということです。こうした遷移を確認しながら、素材の方向性を調整しています」(高田氏)
品質とは、見た目の良さだけではありません。社会や文化の文脈とズレていないか、偏りを補正できているかを含んだ概念として設計されています。
「Move the world」という意思
インタビュー終盤、高田氏はGetty Imagesのパーパスとして「Move the world」を挙げました。ここで言う「世界を動かす」とは、より多くのコンテンツを生み出すことでも、より強力なAIを作ることでもありません。報道機関として責任をもって事実を伝えること、そして消費者の行動を喚起する、高度に磨き上げられたクリエイティブビジュアルをお客様に提供することを意味しますと答えました。
生成AI時代に問われるのは、結局のところ立場です。どこまでを許容し、どこからを拒むのか。その立場を品質と運用の両面で一貫して示せるかどうかが、信頼の条件になります。
Getty Imagesが示しているのは、生成の派手さではありません。報道は学習させないという線引き、来歴とクレジットを通じた検証可能性、クリエイターへの還元、そして透明性を業界の共通基盤へ広げる姿勢です。信頼が成立する方向へ世界が動いていくための前提を整えること。それが、同社が語る「Move the world」の実装なのです。
【用語解説】
コントリビューター
写真・動画・イラストなどのコンテンツを、プラットフォームやメディア、素材ライブラリーへ継続的に提供する制作者を指す。
モデル崩壊
AIが生成したコンテンツが大量に流通し、それが次の学習データに混ざり続けることで、モデルの出力が自己模倣に寄っていき、品質や多様性が劣化し得るという問題提起である。
インテグリティ
誠実さ、一貫性、正直さといった意味を持つ概念。単なる「ルール遵守」ではなく、信頼が成立する前提を守る姿勢や運用全体を指す言葉として機能する。
D&I(Diversity & Inclusion)
多様性(Diversity)と包摂性(Inclusion)を重視し、組織運営や表現・プロダクトの設計で、偏りや排除を減らすための考え方。
リーダーシップ・プリンシプル
組織が意思決定や行動の判断基準として掲げる原則群。採用・評価・育成・日常の判断にまで落とし込まれることが多く、外部に対しては企業文化やガバナンスの説明にもなる。
パーパス
企業や組織が「なぜ存在するのか」を示す存在意義の言語化である。事業目標(売上や成長)やビジョン(将来像)とは異なり、社会に対してどのような価値を提供するために活動するのかを軸として示す。
【参考リンク】
Getty Images(外部)
世界最大級のフォトストックサービス、Getty Imagesの日本向け公式サイト。
VisualGPS(外部)
VisualGPSの概要ページ。調査やデータに基づくインサイトを、マーケターやクリエイター向けに整理している。
Creative Insightsのチーム紹介(外部)
VisualGPSの執筆者一覧ページ。VisualGPSを支えるクリエイティブインサイトチームの位置づけも説明している。
C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)(外部)
デジタルコンテンツの来歴や真正性を示すための、オープンな技術仕様を策定・推進する連合(業界団体)の公式サイト。
Perplexity(外部)
AIが質問に回答する“アンサーエンジン”Perplexityの公式サイト。
【参考記事】
モデル崩壊とは|IBM
生成AIが「AI生成データ」で学習を重ねることで性能が劣化する現象(モデル崩壊)の概要、起こり方、影響、対策を整理した解説。
AI時代の信頼構築|Getty Images
AI生成コンテンツの活用が進む中で、透明性や「本物(真正性)」が信頼に与える影響を、消費者調査の結果とともにまとめたレポート。
「生成AI by Getty Images」を最大限活用する方法に関するご質問|Getty Images
Getty Imagesが提供する画像生成AIの機能に関してや、学習データ、生成画像の取り扱い、生成の仕組みについての回答がまとめられている。
【編集部後記】
テクノロジーの進歩は目まぐるしく、法律、倫理、価値観、そして知識といった社会のアップデートが追いついていない場面が増えています。
2022年にMidjourneyやStable Diffusion、ChatGPTなどが登場して以降、生成AIは一気に普及しました。一方で、その使い方や責任の置きどころをめぐる議論は、4年目にあたる現在も続いています。
各地で訴訟が起こり、法整備が進められ、SNSでは日々さまざまな意見が交わされています。それでも、国や地域によって規制の度合いも方向性も異なり、社会としての合意はまだ揃っていません。
私たちがAIをどう扱うべきか。明確な答えが出ない状況のなかで、世界最大級のストックフォト企業であるGetty Imagesは、一つの方向性を示そうとしています。
AIは、必ずしもクリエイターの「敵」としてだけ語られるべきものではありません。設計する企業が権利や来歴に配慮し、使う側が安心して利用できる形を整える余地はある——今回のインタビューは、その可能性を感じさせる内容でした。
Stability AIがGetty Imagesの素材を無断で学習したとGetty Imagesが主張する件で提訴したことも、同社がこうした立場を掲げるうえでの動きの一つとして捉えられます。
Getty Imagesの取り組みは唯一の正解ではありません。生成AIをめぐる議論が繰り返されるうちに、よりよい仕組みが生まれるかもしれません。それでも、答えが揃うのを待つだけで状況が整うとは限りません。企業も個人も、いまの判断が社会を形づくり得ることを意識しながら、選択を重ねていく必要がありそうです。
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