会話の中で欲しいものが見つかったら、そのまま購入ボタンを押す必要すらない時代が来た。Microsoftが小売業界に投入したエージェンティックAIは、AIが自律的に判断して買い物を完結させる、これまでにない購買体験を実現する。
Microsoft Corp.は2026年1月8日、小売業向けのエージェンティックAIソリューションを発表した。Adobeの調査によると、2025年のホリデーシーズンにおけるAI駆動型eコマーストラフィックは2024年と比較して693%増加した。同社は米国のCopilot.comで「Copilot Checkout」を提供開始し、PayPal、Shopify、Stripeがパートナーとして参加する。
Urban Outfitters、Anthropologie、Ashley Furniture、Etsyなどの小売ブランドが利用可能である。Shopifyプラットフォーム向けには「Brand Agents」、Copilot Studioでは「パーソナライズされたショッピングエージェントテンプレート」を提供する。また「カタログエンリッチメントエージェントテンプレート」と「店舗運営エージェントテンプレート」がCopilot Studioでパブリックプレビュー中である。
これらのソリューションはNRF 2026のブース#4503で展示される。
【編集部解説】
Microsoftが小売業界に投入した「エージェンティックAI」という概念は、単なるAIアシスタントの進化形ではありません。これは、人間の指示を待たずに自律的に目標を達成するAIシステムを指します。従来のチャットボットが「一問一答」だったのに対し、エージェンティックAIは複雑なタスクを分解し、状況を判断しながら最終目標まで自走します。
今回の発表で最も注目すべきは「Copilot Checkout」が解決しようとしている課題です。従来の会話型コマースでは、AIが商品を推奨しても、購入時には外部サイトへリダイレクトされる「摩擦」がありました。この数秒の移動で多くのユーザーが離脱していたのです。Microsoftの広告部門によれば、Copilot Checkoutを利用した顧客は、30分以内の購入が53%増加し、購入意向のある顧客が実際に購入する確率は194%も高まったとされています。
Adobeが報告した693%というAI駆動型eコマーストラフィックの増加は、2025年のホリデーシーズンにおける消費者行動の劇的な変化を示しています。しかし、このトラフィック増加が必ずしも売上に直結していなかった点が、業界の課題でした。Microsoftはこのギャップを埋めようとしているのです。
技術的な基盤として、Microsoftは「Model Context Protocol(MCP)」を採用しています。これはDynamics 365 Commerceと統合され、商品カタログ、在庫、価格、プロモーション、注文、フルフィルメントといった小売業務の中核データをAIエージェントが安全に参照・実行できる仕組みです。2026年2月にはプレビュー版がリリースされる予定で、この標準化されたプロトコルにより、異なるベンダーのAIエージェント同士が協調動作できる未来が見えてきます。
一方で、潜在的な懸念も存在します。Shopifyマーチャントは「オプトアウト期間後に自動登録」される仕様となっており、小規模事業者が十分な理解なくシステムに組み込まれるリスクがあります。また、会話の中で購入が完結する体験は、消費者の「比較検討」の機会を減らす可能性も指摘されています。
NRF 2026で展示されるこれらのソリューションは、小売業界における「オペレーティングシステム」の再定義を意味します。SAP、Workdayといった競合も同時期に類似のエージェンティックAIプラットフォームを発表しており、小売業のインフラ競争は新たな局面に入りました。
この変化が消費者体験を豊かにするのか、それとも選択肢を狭めるのか。その答えは、これから数年の市場の反応が示すことになるでしょう。
【用語解説】
エージェンティックAI
人間の指示を待たずに、自律的に目標達成のための計画を立て、実行するAIシステムである。従来のチャットボットが単純な質問応答に留まるのに対し、エージェンティックAIは複雑なタスクを分解し、状況に応じて判断しながら最終目標まで自走する能力を持つ。
会話型コマース(Conversational Commerce)
チャットやメッセージングを通じて、消費者が自然言語で商品を探し、質問し、購入できるeコマースの形態である。AIアシスタントやチャットボットを活用し、対話を通じて購買体験を提供する。
Model Context Protocol(MCP)
AIエージェントが企業の基幹システムやデータベースに安全にアクセスし、情報を取得・実行するための標準化されたプロトコルである。異なるベンダーのAIシステム同士が協調動作できるよう設計されている。
【参考リンク】
Microsoft Copilot Studio(外部)
MicrosoftのAIエージェント構築プラットフォーム。自然言語またはグラフィカルインターフェースでカスタムAIエージェントを作成できる。
Shopify(外部)
世界最大級のeコマースプラットフォーム。オンラインストアの構築から在庫管理、決済処理まで統合したサービスを提供。
NRF 2026: Retail’s Big Show(外部)
全米小売業協会が主催する世界最大の小売業界カンファレンス。2026年は1月11-13日にニューヨークで開催。
Adobe(外部)
デジタルメディアとマーケティングソリューションを提供する米国のソフトウェア企業。Adobe Analyticsでeコマース分析を提供。
PayPal(外部)
世界最大級のオンライン決済サービス。Copilot Checkoutの決済パートナーとしてシームレスな購入体験を実現。
【参考記事】
Conversations that Convert: Copilot Checkout and Brand Agents(外部)
Microsoftの広告部門公式記事。Copilot Checkoutで30分以内の購入が53%増加、購入率が194%向上という具体的データを提示。
Microsoft turns Copilot chats into a checkout lane – Axios(外部)
Axiosによる報道記事。Copilot Checkoutの仕組みと、Shopifyマーチャントの自動登録に関する詳細を伝える。
Adobe: Holiday Shopping Season Drove a Record $257.8 Billion Online(外部)
Adobeが発表した2025年ホリデーシーズンのeコマース統計。AI駆動型eコマーストラフィックの693%増加を含む公式プレスリリース。
What Is Agentic AI? Autonomous AI Agents Explained – Aerospike(外部)
エージェンティックAIの概念を技術的に解説。自律的な意思決定、動的な計画立案、学習能力といった特徴を詳細に説明。
【編集部後記】
会話の中で商品を購入する体験は、もう想像上の未来ではありません。Microsoftが描く「エージェンティックAI」の世界は、私たちの買い物体験を根本から変える可能性を秘めています。一方で、AIが自律的に判断して購入を促す仕組みは、便利さと引き換えに何かを失うのではないかという問いも投げかけています。
あなたは、会話だけで商品を買う未来に魅力を感じますか?それとも、じっくり比較検討する時間を大切にしたいと思いますか?ぜひ、あなたの考えを聞かせてください。
































