advertisements

【良書紹介】野崎まど『タイタン』一度も働いたことのない人間と、一度も休暇んだことのないAIの物語

 - innovaTopia - (イノベトピア)

【一言でどんな本?】

「人間の代わりにAIが働いてくれるようになった世界で、AIと一緒に仕事の意味を探す物語」

【あらすじ】

タイタン/野崎まど

今日も働く、人類へ 至高のAI『タイタン』により、社会が平和に保たれた未来。 人類は≪仕事≫から解放され、自由を謳歌していた。 しかし、心理学を趣味とする内匠成果【ないしょうせいか】のもとを訪れた、 世界でほんの一握りの≪就労者≫ナレインが彼女に告げる。 「貴方に≪仕事≫を頼みたい」 彼女に託された≪仕事≫は、突如として機能不全に陥った タイタンのカウンセリングだった――。 アニメ『バビロン』『HELLO WORLD』で日本を震撼させた 鬼才野﨑まどが令和に放つ、前代未聞の超巨大エンターテイメント。

(講談社HP より引用:https://www.kodansha.co.jp/titles/1000035998

発売日:2023年01月17日

【どんな人にお勧め?】

これから働くけれど、「仕事って何だろう?」で立ち止まっている大学生へ

就職活動が始まると、「働く」という言葉だけが先に巨大化して、怖く感じてしまうことがあります。責任、敬語、評価、失敗といった要素がひとまとめに押し寄せてくるような感覚です。
本作の主人公・内匠成果も25歳にして就労経験がなく、趣味として心理学の研究論文を執筆している程度です。だからこそ彼女は、「成功するかどうかは運の要素も大きいのに、なぜ責任だけが個人に帰ってくるのか」「敬意を抱けない相手にも慣例的に敬語を使わなければならないのはなぜか」「雇用契約が契約というより誓約書のように感じられるのはなぜか」といった、“働くことの前提”を一つずつ疑っていきます。
いままさに悩んでいる方ほど、読み終えたあとに「自分が何に引っかかっていたのか」が言語化され、少し息がしやすくなるはずです。


働いているのに、「自分のしていることは仕事なのだろうか」と迷う社会人へ

この世界では研究も創作もAI(タイタン)のほうが優れた成果を上げてしまいます。人間が担う意味は薄れ、ときに人間そのものが摩擦の原因になりかねません。作中で就労者として珍しい存在であるナレインが「仕事を難しくさせるのはいつも人間だ」と語る一言が、強い実感を伴って響きます。
それでも本作は、そこで結論を急ぎません。「狩猟は仕事なのか」「食べることは仕事なのか」「では仕事とは何なのか」という問いを、さまざまな生き方をする人々との対話のなかで丁寧に積み重ねていきます。
読後には、自分の仕事を肯定するためというよりも、「自分にとって仕事とは何か」を静かに考え直す時間が残ると思います。


子育てをしていて、子どもが自立していく寂しさに触れている人へ

作中には、AI(タイタン)AIと対話するために「人格」を取り出し、その人格が成長に応じて姿や形、外部との関わり方を変えていく場面があります。人格は、関係性の変化に合わせて少しずつ成熟していくのです。
主人公の内匠は、その変化をただの機能として片づけるのではなく、相手を認め、カウンセリングを続けていきます。するとタイタンは徐々に言葉を獲得し、対話の深度が増していきます。
ページをめくるほどに「育っていくこと」の嬉しさと、置いていかれるような寂しさが同時に訪れます。子どもの成長を見送る親の気持ちと重なる部分があるはずです。


一人で抽象的なことに悩んだり、考え続けてしまうのが好きな方へ

本作の中心には「仕事とは何か」という問いがあり、就労者であるナレインを含むさまざまな人々、そして休暇の概念すら持たないAI(タイタン)とともに、その問いを考え続けていきます。物語は終始、対話によって進行ていきます。
「生きるとは何か」「愛とは何か」「他者とは何か」といった、近すぎて見落としてしまいがちな問いに何度でも立ち返ってしまう方には、特に相性が良いと思います。
同じことを繰り返し考えてしまう人ほど、「考え続けてもいいのだ」と、少し励まされる読書体験になるかもしれません。


冒険譚や、スケールの大きいロードムービーが好きな方へ

テーマは哲学的ですが、物語はしっかりと動きます。さまざまな土地へ赴き、さまざまな人に出会い、世界の輪郭を確かめ直しながら進んでいく物語です。
風景も構図も大きく、旅の途中で少しずつ価値観が更新されていくタイプの作品が好きな方には、強く刺さると思います。静かな対話とダイナミックな移動の両方がある点が、本作の魅力です。

【編集部の感想】

反抗するのではなく、前提を疑い「意味」について考えるSF

『新世界より』や『1984』に代表されるSF小説の多くは、ディストピアを描き、そこに反抗する人の存在や、制度の冷徹さから生じる問題を主題として扱います。こうした構図が多いのは、創作経験のある方であれば直感的に理解しやすいかもしれません。敵を設定し、反抗の軸を置けば、ドラマが生まれ、作品の構図を読者に明確に提示できるからです。

また、極端な状況や設定は、作品が伝えたいメッセージに対する“帰無仮説”として機能しやすいという側面もあります。たとえば、ユートピアの語源にもなったトマス・モア『ユートピア』は、(新大陸の)異文化の生活を写し鏡にしながら、当時の西洋社会の悪徳を逆照射しました。つまり、現実をそのまま描くのではなく、極端な舞台装置を置くことで、現実の前提を浮かび上がらせる――SFが得意としてきた手法だと言えるでしょう。

しかし本作は、その定番の構図から少し距離を取ります。AI(タイタン)のおかげで「働かなくてよい社会」が成立している世界を、主人公の内匠成果は、多少の疑問を抱きつつも基本的には良いものとして受け止めています。もちろんこの作品には、「AIに対するカウンセリング」という解決すべき問題があり、物語はそこに向かって進んでいきます。けれど同時に、失業が前提になった社会のあり方に対して、何かを打ち倒す形で反抗するのではなく、内匠が第二知能拠点でカウンセラーとして働く経験や、AI(タイタン)との対話そのものを通して、「仕事とは何か」という問いを考え続けていくのです。

私が本作を読んで強く感じたのは、当たり前のことの「意味」を捉え直し、それを自分のものにしていくことが、人間の成長の一つの形なのだという点でした。たとえば子どもの頃、「髪を染めてはいけない」「授業をサボってはいけない」「店員に横柄な態度をとってはいけない」「初対面の人にタメ口で話してはいけない」「学校では下品な行動は慎むべきだ」といったことを、十分な理由も説明されないまま「ダメなものはダメ」と教えられた経験がある方は多いのではないでしょうか。
そのときは「親が口うるさい」「大人は同じことばかり言ってつまらない」と感じて、納得できなかったかもしれません。それでも大人になった今なら、なぜそれがダメなのかを、ある程度言葉にして説明できるはずです。

それは、私たちが長い時間をかけて社会を知り、経験を重ね、疑問を抱き、ときに反抗しながら、概念の意味を自分の内側で捉え直してきたからだと思います。「そういうものだから」で片づけられていた知識が、ようやく血肉になる瞬間がある。本作の読書体験は、そのプロセスを物語として追体験させてくれるように感じました。反抗ではなく、前提の点検と意味の更新によって世界を見直していくSF――その誠実さが、この作品の大きな魅力だと思います。

【少しだけネタバレになりそうな感想】

「ありきたり」に気付くことの大切さ

それこそ本当にネタバレになってしまうため、結論そのものの詳細は控えますが、本作の中で語られる「仕事とは何か」の答えは、ひどくありきたりなものでもあります。けれど不思議なのは、その“ありきたりさ”が安っぽくならず、むしろ読後に実感として残る点でした。

その理由は、結論へ至る道筋が丁寧に積み上げられているからだと思います。内匠とのカウンセリング、内匠と過ごす休暇や趣味の時間を通して、AI(タイタン)の一つであるコイオスは少しずつ成長していきます。さらにナレインや雷、ベックマン博士といった同僚たちとの接触のなかで学びを重ね、物語が終盤へ向かうにつれて、内匠とコイオスは世界を旅することになります。そこで彼らは、さまざまな生き方を選ぶ人々や、仕事として分類されるもの・されないものの境界に立つ営みを目の当たりにしていきます。誰もが口にしようと思えば言えてしまいそうな言葉が、旅の経験によって輪郭を持ち、体温のある“自分の言葉”へと変わっていく。その過程が、とても印象的でした。

また本作は、対話を中心にしながらも、映像化や舞台化が難しいと思えるほど巨大なスケールのロードムービーでもあります。画面が激しく動くようなダイナミックな描写がある一方で、静かに「仕事の意味」を探す、内匠とコイオスの冒険譚としての顔もあります。さらには、問いを投げ合いながら考え続ける対話篇としても成立しています。場面転換は多彩でありながら、中心には常に「仕事って何?」という問いが立ち続けています。だからこそ、思索としてもエンターテインメントとしても見ごたえが抜群で、読後に問いだけが残るのではなく、問いの置き方そのものが更新されるような感触がありました。

投稿者アバター
野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

読み込み中…

innovaTopia の記事は、紹介・引用・情報収集の一環として自由に活用していただくことを想定しています。

継続的にキャッチアップしたい場合は、以下のいずれかの方法でフォロー・購読をお願いします。