ドバイで2026年2月1日に開催されたWorld Laureates Summitにおいて、ノーベル賞受賞者らがAIの科学研究における役割と限界について議論した。このサミットはWorld Governments Summit 2026と並行して開催され、150人以上の科学者が参加した。
2021年ノーベル生理学・医学賞受賞者でScripps Research Institute教授のアーデム・パタプーティアン氏は、AlphaFoldによりタンパク質構造の解明が5年から6年かかっていた作業が数分で完了するようになったと述べた。2016年ノーベル物理学賞受賞者でPrinceton University教授のダンカン・ホールデン氏は、現在の大規模言語モデルは既知の情報を提供するだけで、偶発的な発見を再現できるか不明だと指摘した。
2006年ノーベル化学賞受賞者でStanford University教授、World Laureates Association会長のロジャー・コーンバーグ氏は、人間の生物学について知るべきことの1パーセント未満しか理解されていないと述べた。
From:
Nobel laureates in Dubai: AI can speed up science, but can’t replace human discovery
【編集部解説】
ドバイで開催されたこのサミットは、科学と政策の融合を象徴する重要な転換点です。AI技術の急速な発展により、研究現場では劇的な生産性向上が実現している一方、受賞者たちが提起した問いは本質的です。AlphaFoldによるタンパク質構造解明の加速は象徴的な事例といえるでしょう。かつて博士課程の学生が5年から6年を費やしていた作業が、今では数分で完了します。しかし、パタプーティアン氏が指摘するように、これは既存の知識を処理しているに過ぎません。
真の科学的発見は、しばしば予期せぬ偶然から生まれます。ホールデン氏が強調する「最良の発見は偶発的なもの」という指摘は重要です。現在の大規模言語モデルは過去のデータに基づいて学習しているため、本質的に既知の情報の範囲内でしか機能しません。ノーベル賞級の発見の多くは、従来の理論や予測を覆すような画期的な洞察から生まれており、これを機械が再現できるかは未知数です。
教育現場への影響も見過ごせません。学生がAIに宿題を任せてしまえば、思考プロセスそのものが育たなくなります。科学者を育てるのは知識の伝達だけでなく、試行錯誤のプロセスを通じた洞察力の養成です。多くの著名な研究者が、キャリアの起点に感動的な教師との出会いを挙げていることは示唆的です。
コーンバーグ氏が述べた「人間の生物学について知るべきことの1パーセント未満しか理解していない」という発言は、科学の未来への楽観的な視座を示しています。「低く垂れた果実」論、つまり簡単な発見はすでに終わったという見方に対する明確な反論です。未知の領域は膨大に残されており、真の発見はこれからも続きます。
ただし、資金不足という現実的な課題も指摘されました。AIが研究を加速できても、基礎研究への投資がなければ進展は限定的です。World Laureates Associationは187人の科学者を擁し、そのうち78人がノーベル賞受賞者という陣容で、このサミットでは「Vision 2050 for a Scientific Civilisation」という白書も発表されました。
AIは強力なツールですが、科学的発見の主体は人間であり続けるという明確なメッセージが、このサミットから発信されています。技術の進歩と人間の創造性のバランスをどう保つかが、今後の科学コミュニティの課題となるでしょう。
【用語解説】
AlphaFold
Google DeepMindが開発したAIシステムで、アミノ酸配列からタンパク質の3D構造を予測する。2020年のCASP14競技会で圧倒的な精度を実証し、従来5~6年かかっていた作業を数分で完了できるようになった。2024年にノーベル化学賞を受賞。
大規模言語モデル
膨大なテキストデータで訓練されたAIモデルで、過去に出版された情報に基づいて応答を生成する。既知の情報を処理・要約することは得意だが、本質的に新しい発見を創出する能力については議論が分かれている。
タンパク質構造
タンパク質の3次元的な形状のこと。この構造が機能を決定するため、創薬や病気の理解に不可欠。従来はX線結晶構造解析や電子顕微鏡などで解明されていたが、時間とコストがかかっていた。
Vision 2050 for a Scientific Civilisation
World Laureates Associationが今回のサミットで発表した白書。AIが知識創造を再構築し、エネルギーや健康分野の変革を加速する重要な時期に、科学文明の枠組みを提示したもの。
CASP(Critical Assessment of protein Structure Prediction)
タンパク質構造予測の精度を評価する国際的な競技会。1994年から隔年で開催され、AlphaFoldは2020年のCASP14で革命的な成果を示した。
【参考リンク】
World Laureates Association(外部)
ノーベル賞受賞者78人を含む187人の著名な科学者で構成される非営利国際組織。2017年香港設立。
Scripps Research(外部)
パタプーティアン氏が所属する米国カリフォルニア州の研究機関。神経科学などで世界をリードする。
Princeton University Department of Physics(外部)
ホールデン氏が教授を務める物理学部。複数のノーベル賞受賞者を輩出している。
Stanford Medicine(外部)
コーンバーグ氏が所属するスタンフォード大学医学部。構造生物学の分野で世界的に著名。
AlphaFold Protein Structure Database(外部)
Google DeepMindとEMBL-EBIが共同運営。2億以上のタンパク質構造予測に無料アクセス可能。
【参考動画】
AlphaFold: The making of a scientific breakthrough(Google DeepMind公式)
AlphaFoldの開発過程とその科学的意義を、開発チーム自身が解説するドキュメンタリー。タンパク質構造予測問題がどのように解決されたかを視覚的に理解できる(約28分)。
【参考記事】
UAE leaders open World Laureate Summit in Dubai as rise of AI takes centre stage(外部)
150人以上の科学者が参加。AIが2050年までに98パーセントをコントロールする可能性を議論。
World Laureates Summit opens in Dubai(外部)
187人の著名科学者で構成され、25カ国以上の研究機関と連携。Vision 2050白書を発表。
AlphaFold: Five Years of Impact(外部)
5年間の影響をまとめた公式記事。2億以上の構造予測を提供し、2024年にノーベル化学賞受賞。
Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold(外部)
AlphaFold 2の技術論文。50年以上の研究課題を解決し、原子レベルの精度を達成。
Roger Kornberg wins the 2006 Nobel Prize in chemistry(外部)
コーンバーグのノーベル賞受賞を報じる。父も1959年受賞の6組目の父子受賞。
【編集部後記】
AIが研究を加速させる一方で、ノーベル賞受賞者たちが「偶発的な発見」の価値を強調していることに、私たちも深く考えさせられました。みなさんは、ご自身の仕事や学びの中で、予期せぬ発見や思いがけない気づきを得た経験はありませんか?効率化を追求するあまり、そうした「偶然の余白」を失っていないでしょうか。
AlphaFoldのような革新的なツールは確かに素晴らしいものですが、それを使いこなす人間の好奇心や洞察力こそが、未来を切り拓く鍵になるのかもしれません。このバランスについて、みなさんはどうお考えでしょうか。






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