UAEは2026年2月3日、Colossal Biosciencesと提携し、生物多様性保護と科学研究を推進する大規模イニシアチブを発表した。ドバイ皇太子シェイク・ハムダン・ビン・モハメド・ビン・ラシッド・アル・マクトゥームの指示により、ドバイのMuseum of the FutureにColossal BioVaultと研究室が常設施設として設置される。
このプロジェクトは9桁規模の投資で、1万種以上を代表する100万以上の遺伝物質サンプルを収容し、最初は現在バンクされていない最も絶滅危機に瀕している100種に焦点を当てる。施設は自動化ロボティクス、AI駆動モニタリング、凍結保存技術を統合し、ゲノムデータを生成する。
Colossalは起業家ベン・ラムと遺伝学者ジョージ・チャーチ博士が設立し、CRISPR技術を種の再生に初めて適用した企業である。この発表はドバイでの世界政府サミットで行われた。
【編集部解説】
このプロジェクトを理解するには、まずColossal Biosciencesという企業の背景を知る必要があります。同社は2021年に起業家ベン・ラムとハーバード大学の遺伝学者ジョージ・チャーチ博士が設立し、マンモスやタスマニアタイガーなど絶滅種の「復活」を目指してきました。2025年1月のシリーズC調達で企業評価額は102億ドルに達し、いわゆる「デカコーン」(ユニコーンの10倍)企業となっています。
今回UAEから受けた6000万ドルの投資により、同社の総資金調達額は6億1500万ドルに達しました。プロジェクト全体としては9桁規模(1億ドル以上)の投資となり、2027年の完成を目指しています。
このBioVaultが従来のバイオバンクと決定的に異なるのは、その「公開性」です。サンディエゴ動物園のFrozen Zooなど既存施設は研究者向けのクローズドな環境ですが、ドバイの施設では訪問者が科学者の作業をリアルタイムで観察できます。さらに、非独占的なゲノムデータはすべて世界中の研究者に公開される計画です。
技術的には、AIによる自動監視、ロボティクスによる管理、独自の凍結保存技術を統合し、100万以上のサンプルを精密に追跡・保存します。最初は他の施設でバンクされていない最も絶滅危機に瀕した100種に焦点を当て、最終的には1万種以上をカバーする構想です。
このプロジェクトの背景には、2050年までに地球上の種の半数近くが絶滅に直面するという危機感があります。現在のバイオバンキングの取り組みは資金不足で断片的、かつアクセスが困難という課題を抱えており、グローバルな分散ネットワークの構築が急務だとCEOのラム氏は指摘しています。
ただし、注意すべき点もあります。Colossalは2025年に「ダイアウルフの復活」を発表しましたが、IUCN(国際自然保護連合)の専門家グループはこれを公式に否定し、「いかなる定義においてもダイアウルフではない」「保全に貢献しない」と批判しました。遺伝子編集による「代理種」の創出が真に絶滅種の復活と呼べるのか、また生態系の機能回復につながるのかという根本的な疑問が残ります。
さらに、de-extinctionという概念自体が倫理的な論争を呼んでいます。限られた保全リソースを既存の絶滅危惧種ではなく、既に失われた種の「復活」に投じることの妥当性、そして遺伝子操作された生物を野生に放つことの生態学的リスクなどが議論されています。
一方で、このプロジェクトは「現代版ノアの箱舟」として、生物多様性保護に対する社会的関心を高める効果も期待できます。Museum of the Futureという象徴的な場所で、市民が直接科学に触れ、「生物多様性の共同管理者」となる体験は、次世代の環境意識を育む上で重要な意味を持つでしょう。
規制面では、遺伝子編集技術や種の再導入に関する国際的なガイドラインの整備が急務です。特に、国境を越えたバイオバンクネットワークでは、遺伝資源のアクセスと利益配分に関する名古屋議定書などとの整合性も課題となります。
長期的には、この施設がドバイだけでなく世界7〜10カ所に展開される計画であり、生物多様性保護のための新しいグローバルインフラになる可能性があります。科学的妥当性や倫理的課題を慎重に検討しながら、人類が引き起こした生物多様性の危機に対する責任ある対応として、このような取り組みの意義を評価していく必要があるでしょう。
【用語解説】
CRISPR技術
遺伝子を精密に編集できる技術。DNAの特定部分を切断・挿入・置換することが可能で、2020年にノーベル化学賞を受賞した画期的な技術である。Colossalはこれを絶滅種の遺伝子復元に応用している。
デカコーン
企業評価額が100億ドル以上に達したスタートアップ企業を指す。ユニコーン(10億ドル以上)の10倍の規模であることから名付けられた。Colossalは2025年1月に評価額102億ドルでデカコーンとなった。
バイオバンク
生物の細胞、組織、遺伝物質を長期保存する施設。通常は液体窒素による凍結保存(クライオプリザベーション)が用いられる。医療研究や種の保存を目的としている。
de-extinction(種の再生)
既に絶滅した種を遺伝子工学技術により復活させる試み。完全な復活ではなく、近縁種のDNAに絶滅種の遺伝子を組み込んだ「代理種」を作る手法が主流である。
ダイアウルフ
更新世(約1万年前)に絶滅した大型のオオカミ。Colossalは2025年に遺伝子編集したハイイロオオカミを「ダイアウルフの復活」として発表したが、専門家からは「ダイアウルフではない」と批判されている。
IUCN(国際自然保護連合)
絶滅危惧種のレッドリストを作成する国際機関。政府と市民社会の両方で構成され、生物多様性保全の世界的基準を策定している。
名古屋議定書
遺伝資源の取得とその利用から生じる利益の公正な配分を定めた国際条約。2014年発効。バイオバンクのような遺伝資源を扱う施設には重要な規制枠組みとなる。
【参考リンク】
Colossal Biosciences(外部)
CRISPR技術を用いて絶滅種の復活を目指すテキサス拠点のバイオテクノロジー企業。
Museum of the Future(外部)
2022年開館のドバイの未来博物館。今回のBioVault設置場所となる。
World Governments Summit(外部)
ドバイで毎年開催される政府関係者とグローバルリーダーの国際会議。
【参考記事】
Colossal Biosciences gets $60M from UAE, building ‘modern-day Noah’s Ark’ in Dubai(外部)
UAEからの6000万ドル投資、総資金調達額6億1500万ドル、2027年完成予定を報告。
Colossal Biosciences Announces World’s First “BioVault”(外部)
9桁規模のイニシアチブ詳細と2025年のダイアウルフプロジェクトに言及。
Colossal Biosciences Wants to Save the DNA of 10,000 Animals(外部)
シリーズC資金調達詳細と既存バイオバンクとの比較、年間数百種追加計画を解説。
【編集部後記】
生物多様性の危機は、私たちの日常からは見えにくい問題かもしれません。しかし、2050年までに地球上の種の半数が失われるかもしれないという予測は、決して他人事ではないでしょう。
今回のBioVaultプロジェクトは、テクノロジーによる「バックアップ」という発想ですが、皆さんはこのアプローチをどう感じられますか?既に失われた種を「復活」させることと、今絶滅しつつある種を守ることのバランスについても、ぜひ考えてみていただければと思います。







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