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2月19日【今日は何の日?】エジソン蓄音機特許取得の日──MastercardやIntelが数億円投資する「音響ブランディング」とは

エジソンの蓄音機特許から148年、音は「記録するもの」から「戦略的に設計するもの」へ進化した


音の記憶─あなたの脳に刻まれた「企業の声」

目を閉じてください。「タラララン♪」─この5音で、あなたはどの企業を思い浮かべるだろうか?

おそらく多くの人が「Intel」と答えるはずだ。1994年に作曲家Walter Werzowaによって制作されたこの3秒間のサウンドロゴは、30年以上経った今も「イノベーション」「信頼性」の代名詞として機能している。

Netflixの「Ta-Dum」、Mastercardの6音のメロディ、日本国内では

FamilyMartの入店音、JR東日本の発車メロディ──これらは単なる「音」ではなく、数億円から数十億円規模の投資によって戦略的に設計された「企業のアイデンティティ」である。

1878年2月19日、トーマス・エジソンが蓄音機の米国特許No. 200,521を取得した。この発明は「音を記録する」という人類史上初の革命だった。それから148年が経過した2026年現在、音は「記録するもの」から「戦略的に設計し、記憶させるもの」へと進化を遂げている。

視覚情報が溢れる現代において、なぜ企業は「音」に巨額を投じるのか。音響ブランディング──通称「ソニックブランディング」──は、いかにして競争優位の源泉となるのか。本稿では、その科学的根拠、成功事例、そして日本企業が直面する課題と、AI時代における新たな可能性を探る。


科学が証明する「音の記憶力」──なぜ音は脳に刻まれるのか

数字が示す音の優位性

音響ブランディングの効果は、もはや主観的な印象論ではない。複数の研究が、音が視覚を上回る記憶定着力を持つことを実証している。

2019年から2020年にかけてGfKが実施したMastercardの委託調査によれば、音響ブランディングを導入した企業のブランド想起率は大幅に向上した。また、WARCが2021年に発表したレポートでは、「音響ブランディングは視覚ブランディング単独と比較して、ブランド想起を96%向上させる」という調査結果が引用されている。

なぜ音はこれほどまでに記憶に残りやすいのか。

脳科学が明かす音の特権的経路

脳神経科学の知見によれば、視覚情報と聴覚情報では、脳内の処理経路が根本的に異なる。

視覚情報は大脳新皮質──論理的思考を司る領域──を経由して処理される。一方、聴覚情報は大脳辺縁系──感情や記憶を司る領域──に直接アクセスする。特に海馬(記憶)と扁桃体(感情)が同時に活性化されるため、音は「感情」と「記憶」を強固に結びつける。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた神経科学研究では、音楽が脳の複数領域を同時に活性化させることが繰り返し確認されている。MIT McGovern Instituteの研究によれば、音楽は視覚刺激よりも広範な脳領域に影響を与え、特に感情処理と記憶形成において優位性を持つ。

この脳科学的知見が、なぜMastercardやIntelが「たった数秒の音」に数億円を投資する理由を説明している。音は単なる情報伝達手段ではなく、消費者の深層心理に直接働きかける強力なツールなのだ。

「ノスタルジック効果」──音が呼び起こす過去の体験

音楽心理学の研究によれば、特定の音楽や音は過去の体験を瞬時に想起させる「ノスタルジック効果」を持つ。これは視覚情報よりもはるかに強力で、数十年前の記憶すら鮮明に蘇らせる。

Coca-Colaが音響ブランディングで活用しているのは、まさにこの効果だ。瓶の開栓音とシュワシュワという炭酸の音は、1971年の名曲「I’d Like to Buy the World a Coke」から続く同社の音響戦略の核心である。この音を聞くだけで、多くの人が「喉の渇き」や「爽快感」を感じる──これは条件反射に近い、深層心理レベルでのブランド刷り込みである。


世界の成功事例──音が「数億ドル」のブランド価値を生んだ瞬間

Mastercard:2年かけて構築した「音響DNA」

2019年、Mastercardは同社初の包括的音響アイデンティティを発表した。この プロジェクトには、音響ブランディング専門エージェンシーamp sound brandingが協力し、2年の歳月をかけて開発された。

Mastercardが構築したのは、単なるサウンドロゴではない。「Sonic DNA」と呼ばれる多層的な音響アーキテクチャだ。これは6音のコアメロディを基盤に、リズム、和音進行、テンポを数学的に定義し、あらゆるタッチポイントで一貫した音響体験を提供する設計思想である。

同社はこれを「10層戦略」として展開している。サウンドロゴから始まり、ジングル、さらには完全なアルバム制作まで──音楽アーティストとのコラボレーションを通じて、ブランドを「聴く体験」へと昇華させた。

効果は劇的だった。Mastercardの委託によるGfK調査(2019-2020)では、デジタルおよび店舗におけるチャネル横断調査が実施され、音響ブランディング導入後、複数のブランド指標で大幅な改善が確認された。

2024年、amp sound brandingが発表した「Best Audio Brands」レポートでは、Mastercardは測定対象企業の中でトップクラスの音響ブランド評価を獲得している。

Intel Inside:3秒で「イノベーション」を伝えた5音

1994年、Intelは作曲家Walter Werzowaに依頼し、わずか3秒、5音のサウンドロゴを制作した。制作期間は2週間。Werzowaに与えられたミッションは「信頼性」「イノベーション」「トラブルシューティング能力」を音で表現することだった。

この「Intel Bong」と呼ばれる音は、30年以上経った今も、世界中の人々が「Intel = 高性能プロセッサ」という連想を持ち続けているのは、この音の力に負うところが大きい。

Intelはこの音を商標登録(Sound Mark)し、法的にも保護している。音響ブランディングが単なるマーケティング施策ではなく、知的財産として確立された瞬間だった。

Netflix「Ta-Dum」:偶然から生まれた2.6億人の「儀式音」

2015年、Netflixのプロダクト体験責任者Todd Yellinは、同社のブランド音を制作するプロジェクトをリードした。Yellinは元映画製作者で、サウンドデザインに造詣が深かった。

彼が率いるチームは1年をかけて、30以上の候補から最終案を選定した。興味深いのは、最終的に採用された「Ta-Dum」の音源だ。これは、Yellinの同僚であるサウンドデザイナーLon Benderが、自分の結婚指輪を木製キャビネットに叩きつけた音に、逆再生したエレキギターと1990年代のエフェクトペダルを重ねたものである。

2020年には映画音楽の巨匠Hans Zimmerが、映画向けに拡張版を制作。Netflixの音響アイデンティティは、単なる「起動音」から「体験の始まりを告げる儀式音」へと昇華した。

現在、全世界2億人以上のユーザーが、毎日この音を聞いている。

日本の成功事例──音が都市の風景を変えた

① JR東日本 発車メロディ(1989年〜)

1989年、JR東日本はヤマハと作曲家・井出祐昭に依頼し、「発車メロディ」を導入した。それまでの耳障りなブザー音に代わり、7秒程度の短い楽曲が流れるようになった。

この7秒という長さには科学的根拠がある。短すぎるメロディはストレス軽減効果が不十分であり、長すぎると列車の運行に支障をきたす。研究の結果、7秒が最適な長さと判明したのだ。

効果は顕著だった。2008年10月に東京駅で実施された調査では、発車メロディ導入により、駆け込み乗車に起因する乗客負傷が25%減少したことが確認された(Bloomberg, 2018)。

さらに、各駅固有のメロディは「駅のアイデンティティ」となった。恵比寿駅では映画『第三の男』のテーマ曲のアレンジ版、高田馬場駅では『鉄腕アトム』──これらは地域ブランディングの一環として機能している。

② TOTO「音姫」(1988年〜)

1988年、TOTOは女性用トイレ向けに「音姫」を発売した。開発背景には深刻な社会問題があった。当時、多くの女性が用を足す音を消すために、トイレを「二度流し」していたのだ。

TOTOの公式発表によれば、この「二度流し」による水資源の浪費は看過できないレベルに達していた。音姫は、水流音に鳥のさえずりを重ねた音響設計により、マスキング効果(特定の周波数帯の音を別の音で覆い隠す現象)を実現した。

2018年には、競合のLIXILがRolandと共同で、音響信号処理技術を活用したより高度な音消し装置を開発。日本のトイレ音響技術は、世界でも類を見ない進化を遂げている。

FamilyMart 入店音──偶然が生んだ国民的サウンドロゴ

FamilyMartで流れる「タラリ〜ラッタラリラ〜♪」という入店音は、実は同社専用に制作されたものではない。この音は作曲家・稲田康が1978〜1979年頃、松下電器産業(現パナソニック)のドアホン用チャイムとして制作したものだ。

FamilyMartが店舗にパナソニック製ドアホンを採用した結果、このチャイム音が入店音として定着した。意図せぬ形でブランド音となったが、現在は全国約16,000店舗で使用され、日本人の生活に深く浸透している。

この事例は興味深い示唆を含む──優れた音響デザインは、必ずしも「ブランド専用」である必要はない。むしろ、既存の良質な音を戦略的に採用し、継続使用することで、強固なブランド連想を構築できることを示している。


日本企業はなぜ「音」に投資しないのか──3つの構造的課題

世界的な成功事例がある一方で、日本企業の多くは音響ブランディングへの投資に消極的だ。その背景には、3つの構造的課題が存在する。

課題①:視覚優位文化と「静寂の美学」

日本のブランディングは伝統的に視覚デザイン──ロゴ、パッケージ、店舗デザイン──に偏重してきた。これは、「静寂」「間」を重視する日本文化と深く関係している。

禅の美学に代表されるように、日本文化では「音を消すこと」が洗練とされる場面が多い。茶道における「静けさの中の一滴の音」、日本庭園における「計算された無音」──これらは確かに美的価値を持つが、グローバル市場におけるブランド競争では必ずしも有利に働かない。

ソニー、パナソニック、TOTOなど、優れた音響技術を持つ日本企業が、自社のブランド音を戦略的に設計していないのは、この文化的背景が影響している可能性がある。

課題②:経営層の理解不足とROI測定の難しさ

「音に数千万円?」──日本企業の経営会議でこの提案をすると、多くの場合、懐疑的な反応が返ってくる。

視覚ブランディング(ロゴデザイン、パッケージ刷新)は目に見える成果物があり、投資対効果を説明しやすい。一方、音響ブランディングは無形資産であり、その効果は「ブランド想起率」「感情共鳴度」といった指標でしか測定できない。

さらに、音響ブランディングの効果は短期的な売上増加ではなく、長期的なブランド資産の蓄積として現れる。四半期決算に追われる経営層にとって、この「長期投資」の性質は理解されにくい。

課題③:専門エージェンシーの不在

海外には、amp sound branding(米国)、Sixième Son(フランス)、Made Music Studio(英国)など、音響ブランディング専門のエージェンシーが存在する。これらの企業は、ブランド戦略と音楽制作の両方に精通したプロフェッショナル集団だ。

一方、日本では電通、博報堂といった大手広告代理店にも、音響ブランディング専門部署は存在しない。音楽制作会社はCM楽曲の制作には長けているが、ブランド戦略全体を俯瞰した音響設計を行える人材は限られている。

この「専門性の空白」が、日本企業の音響ブランディング後進性を生んでいる。

innovaTopia的解決策──まずは小規模実験から

しかし、状況は変わりつつある。

音響ブランディングの導入コストは、企業規模に応じて柔軟に設定可能だ。フランスの音響ブランディング会社GetaSoundの調査によれば、基本的な音響ブランディングプロジェクトは1,500ユーロ(約27万円)から15,000ユーロ(約270万円)程度で実施可能だ。

※執筆時のレートによる

さらに、AI音楽生成ツール(Suno、Soundraw、Mubert等)の台頭により、プロトタイプ制作のコストは劇的に低下している。

日本企業がすべきは、まず小規模実験から始めることだ。自社Webサイト、店舗、音声UIなど、限定されたタッチポイントで音響ブランディングを試験導入し、効果を測定する。その上で、段階的に展開範囲を拡大すればよい。

音響ブランディングは、もはや一部のグローバル企業だけの特権ではない。


AI時代の音響ブランディング──生成AIが変えるゲームのルール

2024年現在、音響ブランディングの世界は大きな転換点を迎えている。鍵を握るのは、生成AI技術の急速な進化だ。

生成AI音楽ツールの台頭

Suno、Udio、Soundraw、Mubert──これらのAI音楽生成ツールは、テキストプロンプトから30秒で楽曲を生成できる。従来、音響ブランディングには専門作曲家への依頼が必須だったが、AIツールの登場により、初期プロトタイプ制作のハードルは劇的に下がった。

例えば、「明るく親しみやすい、3秒のコーポレートジングル、ピアノとストリングス」というプロンプトを入力すれば、数十秒で複数のバリエーションが生成される。これを叩き台に、人間の作曲家が最終調整を行うハイブリッドアプローチが主流になりつつある。

コスト面でも革命が起きている。従来50万円以上かかっていたサウンドロゴ制作が、AIツール活用により5万円程度で実現可能になった。

パーソナライズ音響ブランディングの可能性

AIのもう一つの革新は、「パーソナライズ」である。

顧客属性(年齢、地域、嗜好)、時間帯、場所に応じて、ブランドの核となる音響DNAを保ちながら、微妙にバリエーションを変える──これがリアルタイムで可能になりつつある。

例えば、カフェチェーンを想定しよう。朝8時の通勤客向けには、テンポの速いアップビートな店内BGMとブランド音を流す。一方、夜8時のくつろぎ客向けには、同じメロディをスローテンポのジャズアレンジで提供する。ブランドの一貫性を保ちながら、状況に最適化された音響体験を提供できる。

音声UIの普及と「企業の声」設計

Alexa、Siri、Google Assistantの普及により、音声UIは日常に浸透した。この文脈で、「企業の声」をどう設計するかが新たな課題となっている。

単なるテキスト読み上げではなく、ブランドパーソナリティを反映した声のトーン、話し方、イントネーション──これらを統合的に設計する必要がある。

さらに、2022年以降、音声ショッピング市場は急速に拡大している。Mastercardが音響ブランディングに注力した背景には、「音声決済時代において、視覚ロゴが見えない状況でもブランドを認識してもらう」という戦略的判断があった。

倫理的課題:AI音楽の著作権と独自性

一方で、AI生成音楽には法的・倫理的課題も存在する。

米国著作権局は2023年、「100%AI生成のコンテンツは著作権保護の対象外」との見解を示した。つまり、完全にAIだけで作られたブランド音は、法的保護を受けられない可能性がある。

また、AIで「誰でも簡単に作れる音」では、ブランドの独自性は担保できない。最終的には人間の創造性──ブランド戦略との整合性、文化的文脈の理解、感情への訴求力──が不可欠である。

AI時代の音響ブランディングは、「AIが素材を生成し、人間が戦略を練る」というハイブリッドモデルに収斂しつつある。


音響ブランディング実践ガイド──7ステップで自社の「音」を創る

では、実際に自社で音響ブランディングを導入するには、何から始めればよいのか。以下、7ステップの実践ガイドを示す。

Step 1:ブランド戦略の言語化(1〜2週間)

まず、自社のブランドパーソナリティを明確に定義する。「革新的」「信頼できる」「親しみやすい」「高級感がある」──どの形容詞が最も適切か?

次に、ターゲット顧客の音楽嗜好を分析する。Z世代向けならヒップホップやエレクトロニカ、高齢者層向けなら クラシックやジャズが適している可能性が高い。

競合他社の音響戦略も調査する。差別化ポイントはどこにあるか?

Step 2:音響アイデンティティ設計(2〜4週間)

専門エージェンシーに依頼するか、AI生成ツールを活用してプロトタイプを制作する。

定義すべき音楽要素は以下の通り:

  • テンポ(BPM):速い(活発)か、遅い(落ち着いた)か
  • 音色(楽器):ピアノ、ストリングス、エレキギター、シンセサイザー
  • 和音進行:明るい(メジャーコード)か、落ち着いた(マイナーコード)か
  • メロディライン:シンプルか、複雑か

グローバル展開を見据える場合、文化適応も重要だ。西洋で「明るい」とされる音階が、アジアでは異なる印象を与える場合がある。

Step 3:プロトタイプ制作とテスト(2〜3週間)

3〜5パターンのプロトタイプを制作し、社内外でテストする。

社内テストでは、「この音を聞いて、どんな感情を抱くか?」「自社ブランドを連想するか?」を測定する。

外部モニター調査では、ターゲット層100名規模で定量調査を実施。ブランド想起率、好感度、感情評価(楽しい、信頼できる、高級感がある等)を数値化する。

Step 4:法的保護(商標登録)(2〜6ヶ月)

最終決定した音は、サウンド商標(Sound Mark)として登録する。

日本では、2015年4月から特許庁が音商標の登録を受け付けている。登録には、音源ファイルと五線譜表記が必要だ。

米国、EUでも音商標制度は確立しており、Intelの「Bong」、Netflixの「Ta-Dum」はすでに登録済みである。

Step 5:統合実装(3〜6ヶ月)

音響ブランディングは、あらゆるタッチポイントで一貫して実装されなければ効果を発揮しない。

主なタッチポイント:

  • テレビCM、Web動画
  • 店舗BGM、入店音
  • Webサイト、アプリの操作音
  • 電話保留音
  • 製品起動音
  • イベント、展示会

各タッチポイント向けに、ガイドラインを策定する。「コアメロディは必ず含める」「テンポは状況に応じて変更可」といったルールを明文化する。

Step 6:効果測定(継続)

音響ブランディングの効果は、継続的にモニタリングする必要がある。

測定指標:

  • ブランド想起率(四半期ごとの定量調査)
  • 感情共鳴度スコア(NPSとの相関分析)
  • メディア露出価値換算(CMやWeb動画の再生回数 × 音響認知率)

Step 7:進化と最適化(年1回)

ブランドは進化する。音響ブランディングも、時代やトレンドに応じて最適化が必要だ。

ただし、コアとなる音響DNAは維持すべきである。Intelの「Bong」は30年間変わっていない──これが一貫性の力だ。

コスト目安:

  • スタートアップ:15万〜100万円(AIツール + フリーランス作曲家)
  • 中堅企業:300万〜1,000万円(専門エージェンシー)
  • グローバル企業:3,000万〜3億円(Mastercard級の包括的プロジェクト)

未来展望──2030年、音響ブランディングはこう変わる

音響ブランディングの進化は、まだ始まったばかりだ。2030年に向けて、以下のトレンドが予測される。

空間オーディオ × メタバース

Dolby Atmos、Sony 360 Reality Audioといった空間オーディオ技術が標準化されつつある。これにより、ブランド音は「平面的な音」から「立体的な音響体験」へと進化する。

メタバース内の仮想店舗では、顧客が近づくと音が大きくなり、遠ざかると小さくなる──リアル店舗と同様の音響体験が可能になる。

Web3とDAO型ブランド音楽

ブロックチェーン技術の発展により、ファンコミュニティがブランド音楽をリミックスし、投票で次のバージョンを決定する──そんな「参加型ブランディング」が現実化しつつある。

音響ブランドがNFT化され、二次流通市場で取引される未来も、決して荒唐無稽ではない。

音響ESG──環境配慮型サウンドデザイン

騒音公害は、都市における深刻な環境問題だ。2030年に向けて、「音響ESG」──環境に配慮した音響設計──が企業評価の一部となる可能性がある。

また、視覚障害者支援としての音響ナビゲーション技術は、インクルーシブデザインの重要要素として注目されている。

BMI(Brain-Machine Interface)と「脳波ブランディング」

Neuralinkなどのブレイン・マシン・インターフェース技術が実用化されれば、特定の音が特定の感情や購買行動を直接誘発する──そんな時代が訪れるかもしれない。

ただし、これには倫理的規制が不可欠である。「無意識の操作」は、ブランディングの域を超え、人権問題に発展しかねない。


音は、もはや「おまけ」ではなく「戦略」である

1878年2月19日、トーマス・エジソンが蓄音機の特許を取得してから148年。音は「記録するもの」から「生成するもの」へ、そして「戦略的に設計するもの」へと進化した。

Mastercardの成功が示すように、音は今や「ブランド資産」として認識されるべき存在だ。視覚ロゴが見えない音声UI時代において、音こそが最強のブランド識別子となる。

日本企業が直面する課題──視覚偏重文化、経営層の理解不足、専門エージェンシーの不在──は、決して克服不可能ではない。AI音楽生成ツールの登場により、音響ブランディングの民主化は既に始まっている。

経営者は、次期中期経営計画に「音響ブランディング予算」を組み込む時期に来ている。CMOは、視覚・音響・触覚を統合した「五感ブランディング」への進化を構想すべきだ。スタートアップにとっては、少額投資で差別化可能な最後のフロンティアである。

あなたの企業が10年後も記憶される保証は、視覚だけでは不十分だ。人間の脳に最も深く刻まれる「音」という武器を、今こそ戦略の中心に据えるべきである。


【編集部後記】なぜ今、音なのか?

視覚情報が洪水のように溢れる現代において、「耳」は希少なリソースとなっています。

スマートスピーカー、カーナビ、ウェアラブルデバイスの普及により、音声UIは日常に浸透しました。人々は「ながら消費」──料理をしながら、運転をしながら、ランニングをしながら──コンテンツを消費します。この文脈で、音響マーケティングは圧倒的優位性を持ちます。

日本企業は、ソニー、パナソニック、TOTOで示してきた卓越した音響技術を、なぜ自社のブランド音に活かせていないのでしょうか?この問いに、本稿が一つの答えを示せたなら幸いです。


Information

【用語解説】

ソニックブランディング(Sonic Branding)
音を用いた体系的なブランド戦略。サウンドロゴ単体ではなく、あらゆる顧客接点(CM、店舗、Webサイト、音声UI等)で一貫した音響体験を提供する統合的アプローチを指す。視覚ロゴと同様、音も企業アイデンティティの核心要素として戦略的に設計される。

サウンドロゴ(Sound Logo / Audio Logo)
企業やブランドを象徴する短い音楽的フレーズ。通常3〜7秒程度で、ブランド認識を促進する聴覚的シンボル。Intelの「Bong」、Netflixの「Ta-Dum」が代表例。単なるジングルと異なり、ブランド戦略全体の中で明確な役割を持つ。

サウンド商標(Sound Mark / Sound Trademark)
音を商標として法的に保護する知的財産制度。日本では2015年4月から特許庁が登録受付を開始。音源ファイルと五線譜表記の提出が必要で、識別力(自他商品・役務の区別が可能か)が審査基準となる。登録により独占的使用権が発生する。

Sonic DNA
Mastercardが提唱する音響ブランディングの設計概念。コアメロディ、リズム、和音進行、テンポ、音色を数学的に定義し、多層的な音響アーキテクチャを構築する手法。amp sound brandingが体系化し、商標登録もされている。

ハッシャメロディ(発車メロディ / Departure Melody)
日本の鉄道駅で列車の発車を知らせる短い楽曲。1989年にJR東日本が導入。耳障りなブザー音に代わり、ストレス軽減と駆け込み乗車防止を目的とする。最適な長さは研究により7秒と判明している。各駅固有のメロディが地域アイデンティティ形成にも寄与。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)
脳の活動状態を可視化する神経科学の測定技術。音楽や音が脳のどの領域を活性化させるかをリアルタイムで観察できる。音響ブランディングの効果測定やニューロマーケティング研究で活用され、音が感情・記憶に与える影響の科学的根拠を提供する。

大脳辺縁系
脳の中で感情、記憶、動機づけを司る領域群(海馬、扁桃体等)。聴覚情報は大脳辺縁系に直接アクセスするため、視覚情報(大脳新皮質経由)より感情的反応が強い。この神経学的特性が、音響ブランディングの記憶定着力の高さを説明する。

ノスタルジック効果
特定の音楽や音が過去の体験を瞬時に想起させる心理現象。音楽心理学で実証されており、視覚刺激より強力な記憶喚起力を持つ。ブランドが長期間一貫した音を使用することで、消費者の深層記憶と結びつき、強固なブランドロイヤルティを形成する。


【参考リンク】

amp sound branding(外部)
Mastercardの音響ブランディングを手がけた世界的リーディングエージェンシー。Best Audio Brandsレポートや事例研究を公開し、業界標準の形成に貢献している。

Mastercard Developer Portal – Sonic Branding(外部)
Mastercardの音響ブランディング技術文書。Sonic DNAの実装方法、API統合ガイド、デジタル決済時の音響フィードバック設計など実務者向け情報を提供。

Intel 音響サインの歴史(公式)(外部)
Intel「Bong」サウンドロゴの制作背景と30年の歴史。作曲家Walter Werzowaへの依頼から商標登録、グローバル展開に至る過程を公式に解説している。

日本特許庁 新しいタイプの商標の保護制度(外部)
2015年施行の音商標制度に関する公式ガイド。出願手続き、審査基準、登録事例を掲載。日本企業が音響ブランディングを法的に保護する際の必読資料である。

TOTO 音姫製品情報(外部)
TOTO公式サイト内で音姫(トイレ用擬音装置)の製品情報を提供。1988年発売以来の節水効果と音響設計の詳細を確認できる(※製品検索で「音姫」を入力)。

Suno – AI Music Generator(外部)
テキストプロンプトから音楽を生成するAIツール。商用利用可能なプランがあり、音響ブランディングのプロトタイプ制作に活用できる。Warner Music Groupと提携している。

SOUNDRAW – AI Music Generator(外部)
日本発のAI音楽生成プラットフォーム。ジャンル、ムード、テンポを指定してロイヤリティフリーの楽曲を生成。商用利用ライセンスが明確で、企業のBGM制作に適している。

Mubert – AI Music Streaming(外部)
リアルタイムでAI音楽を生成するストリーミングプラットフォーム。YouTube、TikTok、ポッドキャスト向けのロイヤリティフリー音楽を瞬時に生成。CanvaやAdidasも採用している。


【参考動画】

https://youtu.be/by8R5YdIeTk

Mastercard Sonic Brand Debut (公式)
Mastercardが2019年に公開した音響ブランディング発表の公式動画。Sonic DNAの構造、開発プロセス、グローバル展開戦略を約2分で解説。音響ブランディングの実例として最適な教材である。

Intel Bong 20周年記念動画
Intel公式による「Bong」サウンドロゴの歴史と制作秘話。作曲家Walter Werzowaのインタビューを含み、3秒5音のメロディがどのようにグローバルブランド資産となったかを振り返る。

Netflix Sound Design公式チャンネル – Sound at Netflix
Netflix公式による音響設計ガイド。「Ta-Dum」サウンドロゴの活用方法、映画・ドラマ制作における音響ミックス仕様、音響体験の品質基準を解説する技術者向けコンテンツ。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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