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BRAIx|AIがマンモグラフィから乳がんリスクを予測—「異常なし」の先を見通す時代へ

オーストラリアの研究チームが、マンモグラフィ画像をもとに今後4年間の乳がん発症リスクを予測するAIツール「BRAIx」を開発した。本ツールは約40万人分のマンモグラフィ画像を用いて開発され、オーストラリアの約9万6,000人のデータで検証後、スウェーデンの4,500人以上の独立した集団でも結果が確認された。

BRAIxリスクスコアは、乳腺密度・出生国・家族歴といった従来の指標より正確に乳がんリスクを推定できることが判明した。上位2%にスコアリングされた女性の4年以内の乳がん診断確率は9.7%であり、これはBRCA1またはBRCA2遺伝子変異を持つ女性のリスクを上回る水準である。

本研究は2026年3月4日、The Lancet Digital Health誌に掲載された。

From: 文献リンクAI could help predict your risk of breast cancer in the next 4 years|Scimex

【編集部解説】

今回の研究が特に興味深いのは、BRAIxがもともと「乳がんを検出する」ために開発されたAIツールだった点です。それを転用し、「将来の発症リスクを予測する」スコアリングシステムへと進化させたところに、この研究の本質的な価値があります。すでにある技術の応用可能性を、疫学的なアプローチで引き出した発想の転換といえるでしょう。

現在の乳がん検診が抱える構造的な課題も、この研究の背景として理解しておく必要があります。オーストラリアでは1992年以来、50歳から74歳の女性を対象に2年ごとの無料マンモグラフィ検診が行われてきました。しかしがんと診断された女性のうち約25%は、定期検診と検診の「間」に発見される、いわゆる「インターバルがん」です。こうしたケースは進行が速く、致死率も高い傾向があります。つまり、2年に一度という画一的なサイクルそのものが、見落としリスクを内包していたのです。

BRAIxが示した数字の意味についても補足が必要です。上位2%の女性における4年以内の診断確率9.7%は、BRCA1・BRCA2遺伝子変異保有者のリスクと比較されていますが、ここで注意すべき点があります。BRAIxのスコアはあくまで「今後4年間」というウィンドウにおけるリスクであり、遺伝子検査が示す「生涯リスク」とは測定軸が異なります。両者を単純に比較することはできないという専門家の指摘もあり、この数字の解釈には慎重さが求められます。

実用面では、BRAIxはすでにBreastScreen Victoriaプログラムの一環として試験的な運用が始まっています。高リスクと判定された女性にはMRIや造影マンモグラフィといった精密検査への誘導が可能になり、逆に低リスクの女性は検診間隔を延ばすことで医療リソースの最適化にもつながります。コスト増なしに恩恵をもたらす可能性があるという点は、医療経済の観点からも注目に値します。

一方で、現時点での限界も正直に見ておく必要があります。本研究はあくまで観察研究であり、BRAIxを実際の臨床に取り入れることで死亡率や生活の質がどう変わるかを直接測定したものではありません。また、学習データはオーストラリアとスウェーデンの女性に限られており、アジア系を含むより多様な人種・民族集団での検証はこれからです。日本の女性への適用可能性を論じるには、さらなるエビデンスの蓄積が求められます。

医療AIの文脈で見ると、この研究は「検出」から「予防」へのシフトを象徴するものでもあります。スクリーニングを「病気を見つける行為」から「リスクに応じてケアを最適化する仕組み」へと変えていくという方向性は、今後の医療AIが向かう大きな潮流と一致しています。規制面でも、こうしたリスク予測ツールをどのように承認・管理するかという議論が各国で始まっており、日本の薬機法における医療AIの扱いも、今後注目すべき領域といえるでしょう。

【用語解説】

マンモグラフィ
乳房をX線で撮影する検査方法。乳がんの早期発見を目的とした集団検診で広く使われている。日本では40歳以上の女性を対象に定期検診が推奨されている。

乳腺密度(マンモグラフィック・デンシティ)
マンモグラフィ画像における乳腺組織の割合を示す指標。乳腺密度が高いほどがんが見えにくくなるため、従来はリスク評価の重要な指標とされてきた。ただし今回の研究では、BRAIxスコアを用いると乳腺密度単独よりも高精度な予測が可能であることが示された。

BRCA1・BRCA2
乳がんや卵巣がんの発症リスクと強く関連する遺伝子。変異を持つ女性は生涯発症リスクが大幅に高まることが知られており、遺伝性乳がんの指標として広く用いられている。ただし、BRAIxのスコアと遺伝子検査は「4年間リスク」と「生涯リスク」という異なる時間軸を測定するものであり、単純な比較はできない。

インターバルがん
定期検診と次回検診の間の期間に発見されるがん。検診で「異常なし」と判定された後に診断されるため、見落としやすく進行が速い傾向がある。定期検診の限界を示す課題の一つとされている。

造影マンモグラフィ
ヨード系造影剤を静脈注射してから撮影するマンモグラフィ。通常のマンモグラフィでは見えにくいがんの病変を可視化しやすくなる。BRAIxで高リスクと判定された女性への精密検査の選択肢の一つとして挙げられている。

薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)
日本において医療機器やソフトウェアの製造・販売・使用を規制する法律。AIを用いた診断支援ツールも医療機器に該当する場合があり、その承認・規制のあり方は国内外で議論が進んでいる。

観察研究
研究者が対象者に介入せず、実際に起きた事象を観察・記録して分析する研究手法。介入試験(RCTなど)と比較して因果関係の証明には限界があるが、大規模なデータを活用した検証に適している。本研究もこの手法に基づいている。

【参考リンク】

The Lancet Digital Health(外部)
医療・健康分野のデジタル技術研究を専門とする国際的な査読付き学術誌。今回のBRAIx研究の掲載誌である。

BreastScreen Victoria(外部)
国家的乳がん集団検診プログラム「BreastScreen Australia」のビクトリア州拠点。本研究のデータ提供元であり、BRAIxの実証試験も行われている。

St Vincent’s Institute of Medical Research(SVI)(外部)
BRAIxプログラムを牽引するオーストラリアの医学研究機関。メルボルン大学・アデレード大学などと連携し研究・開発を推進している。

【参考記事】

AI-based BRAIx risk score for the intermediate-term prediction of breast cancer(The Lancet Digital Health)(外部)
本研究の原著論文。上位2%の女性の4年以内診断確率9.7%、家族歴予測力の23%をBRAIxが説明することなどが示されている。

AI could help us more accurately screen for breast cancer – new research(The Conversation)(外部)
研究者による解説記事。9万5,823人中1.1%が4年以内に発症、スウェーデン4,430人中6.9%が2年以内に発症など詳細な数値を掲載。

A study shows that an AI-based tool can determine a woman’s risk of developing breast cancer in the next four years(Science Media Centre Spain)(外部)
専門家がBRAIxとBRCA1/2リスク比較における時間軸の違いを指摘。研究方法の厳密さについても詳しく解説されている。

AI-based tool estimates breast cancer risk within next four years(SVI)(外部)
研究機関による公式発表。研究リーダーのヘレン・フレイザー准教授が「乳がん死亡者数をゼロにする」という長期目標を語っている。

New Study Shows BRAIx AI Accurately Predicts Women’s Breast Cancer Risk In The Next Four Years(外部)
研究の方法論と限界を客観的に整理。多様な人種集団での検証の必要性や、死亡率への直接的影響の未検証についても言及している。

【編集部後記】

「異常なし」と言われた検診結果を、あなたはどのくらい信頼していますか? 私たちも、この研究を読んで、検診の「その後」について改めて考えさせられました。

AIがマンモグラフィの画像から未来のリスクを読み取る時代が近づいています。あなたが大切にしている人の健康と、このテクノロジーの進化は、きっと無縁ではないはずです。

投稿者アバター
Ami
テクノロジーは、もっと私たちの感性に寄り添えるはず。デザイナーとしての経験を活かし、テクノロジーが「美」と「暮らし」をどう豊かにデザインしていくのか、未来のシナリオを描きます。 2児の母として、家族の時間を豊かにするスマートホーム技術に注目する傍ら、実家の美容室のDXを考えるのが密かな楽しみ。読者の皆さんの毎日が、お気に入りのガジェットやサービスで、もっと心ときめくものになるような情報を届けたいです。もちろんMac派!

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